【完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

31 誰よりも弱い  半助

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 静かやな……。
 ぼんやりとした頭。全身が怠い。掛けられた布団が暑くて身じろぎすると、額を濡らしていた手ぬぐいが持ち上げられた。
 俺が気配に気付かへんなんて……。
 重い瞼を上げると、成人なるひとさまがベッド横の机に置いた桶に手ぬぐいを浸してから、片手で一生懸命絞っている。
 半分の左腕と、開かない左目の上にうっすらと走る傷跡。あきらかに戦場で負った傷。戦争があったのはもう、二年以上前だ。この小さな子どもは、幾つで戦場に居たんやろう。ただ、戦争に巻き込まれただけやとは思えない身のこなし。気配を消して動くことができる。本当に小さな頃から訓練されたもの。
 西国で一番強い、と言われた俺が、この化け物屋敷の中では生き残れる自信がない。もしも敵対するようなことになれば、今度こそおみを守れはせんやろう……。味方なら、おみを預けるのに、こんなに安心な場所は無い。
 上には上がおるんやと、知ってたつもりやった。知ってただけやった。右腕を失う前ならどうやったか、少しは勝負になったんやろか、と思う。今の方が速い。怪我をして落ちた筋肉を、ほどほどに戻した今の方が、動きやすい。ひたすら鍛えて付けた筋肉も、重石になることがあるんやな……。
 成人なるひとさまの細い体には、筋肉どころか肉が付いてるとは思えへん。鈍いおみよりもっと動けないはずやのに、いざという時には、決して戦闘の邪魔にならない位置取りをする。誰より早くに気配を察知しているようにも見える。
 おみは、誰より疎い。弱い。俺が守ってやらなあかん……。そのはずやったのに。
 やのに、さっきは守られた。心配をかけてしもうた。
 ああ、あつい。
 喉が渇いた……。
 
「水飲む?」

 は……と熱い息を吐くと、成人なるひとさまが立ち上がって水差しを差し出してくれていた。左手で体を支えて何とか起き上がる。繋がれた点滴が引っ張られて痛んだ。
 いつの間に。

「あれ……。俺……?」

 部屋へ戻って休むことは納得した。荘重むらしげさまの威圧にふらついたんやから、当然や。けど、その後どうなった?何故、点滴が繋がっている?
 おみに軍服を脱がされ、あきらめて部屋着を着ている時に、診療かばんを持って入ってきた生松いくまつ先生。流れるように注射をされた?その後からの記憶が曖昧だ……。
 差し出された吸い口から水を飲んで、ため息を吐く。生松いくまつ先生にすら敵わない。点滴や注射に混ぜ物をしたら、あっという間にやられてしまう。こみ上げてきた何かを堪えようと口を閉じる。ひくっと喉が鳴った。高い熱の所為で潤んでいた目から水が零れる。
 情けない。情けない。情けない。
 成人なるひとさまの手が頬をそっと撫でて、零れた水を拭う。あきらめて、また体に布団を沈めた。
 俺は、何て弱い……。

 
 
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