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泣いて泣いて、泣き疲れてぐったりした後の記憶が、一太にはない。気付いたら松島のベッドを占領して寝ていて、瞼が腫れて開きにくかった。
寝ていたのに、まだ頭が重くて戸惑う。
部屋には人の気配がなくて、エアコンと冷蔵庫の作動音だけが聞こえた。カレーの良い匂いが漂っている。
「ただいま」
しばらくベッドから起き上がれずにぼんやりしていると、松島が玄関を開ける音と小さな声が聞こえた。ただいま、は一太がこの一ヶ月で覚えた言葉の一つだ。息を殺して家の出入りをする生活の後で一人暮らしになったので、一太にそういった挨拶の習慣はなかった。松島は、家に誰もいないと分かっていても、ただいまと言いながら家に入るし、おかえり、も自分で言う。一太はそれを不思議な気持ちで見ていたが、最近では松島の真似をして、ただいまと言うようになった。一緒に帰ってきたのに、おかえりと松島が答えてくれるのが嬉しい。
「おかえり」
反射的に言葉を返せたのも、日々の積み重ねがあってこそだろう。
「あ、いっちゃん。起きてたの?ただいま」
「おかえり」
松島がもう一度言ってくれたので、一太ももう一度言葉を返す。
「大丈夫?」
優しい声が嬉しい。
一太はどう返事をしたらいいのか分からず、ただ笑った。
「母さん、カレーだけ作って帰ったよ。いっちゃんと一緒に作れなくて残念がってた」
「え?」
お客さんが来ていたのに、泣きわめいた挙げ句、寝てしまったのだと状況に気付いて、慌てて体を起こした。頭が重くて痛い。
一太の表情に気付いた松島が、ベッドの横に座って心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ご、ごめん。俺、とんでもない失礼を」
「え? 失礼って?」
「子どもみたいに、な、泣いて、さ。それで、その、泣いたまま寝ちゃうなんて、いい大人が……。陽子さん、呆れてなかった? こんなのと晃くんが一緒に住むなんて、やっぱり駄目だーってなってないかな……」
「なるわけないじゃん」
松島が、またうつ向く一太を下から覗いてくる。
「ちゃんとご飯食べてるから、僕の体調がすごく良い。いっちゃんに合わせて早寝早起きだし。バイトを始めたことをすごく心配してたみたいなんだけど、何ともないから驚いてた。全部いっちゃんのお陰だって」
普通に生活していただけだ。一太の普通で。
一太はうつ向いたまま首を横に振る。自分に付き合ってくれる晃くんは優しい。きっと普通じゃない、この生活に。
松島の手が、一太の頬を両手で挟んで持ち上げた。
「こう見えて、病気持ちだったからね。心配されてるんだよ、鬱陶しいくらいに」
そうだった。生まれつきの病気を持っていたと、松島は言っていた。
「一人になったから、少し羽目は外してたんだよね。夜更かししたり、好きなものをずっと食べ続けたり」
晃くんが?
いつもちゃんとしてそうなのに。
「週末に母さんが来るときだけちゃんとしてても、何故かバレるんだよなあ。でも、折角の大学生活だから楽しもうと思ってた。けど、いっちゃんと暮らして分かったんだ」
「何を?」
「自分が、体調を崩してたこと」
一太が倒れた日、一緒に点滴を受ける羽目になったのは、一人暮らしで羽目を外してたツケがきたのだと、からりと笑って松島は言った。
「それがもう、この一ヶ月で絶好調。ありがとう、いっちゃん」
「あ、うん……」
俺も、と一太は思った。
「俺も、絶好調……」
「やっぱり僕たち、一緒にいるのが正解じゃない?」
松島の笑顔を見ていると、本当に正解のような気がしてくるから不思議だ。
寝ていたのに、まだ頭が重くて戸惑う。
部屋には人の気配がなくて、エアコンと冷蔵庫の作動音だけが聞こえた。カレーの良い匂いが漂っている。
「ただいま」
しばらくベッドから起き上がれずにぼんやりしていると、松島が玄関を開ける音と小さな声が聞こえた。ただいま、は一太がこの一ヶ月で覚えた言葉の一つだ。息を殺して家の出入りをする生活の後で一人暮らしになったので、一太にそういった挨拶の習慣はなかった。松島は、家に誰もいないと分かっていても、ただいまと言いながら家に入るし、おかえり、も自分で言う。一太はそれを不思議な気持ちで見ていたが、最近では松島の真似をして、ただいまと言うようになった。一緒に帰ってきたのに、おかえりと松島が答えてくれるのが嬉しい。
「おかえり」
反射的に言葉を返せたのも、日々の積み重ねがあってこそだろう。
「あ、いっちゃん。起きてたの?ただいま」
「おかえり」
松島がもう一度言ってくれたので、一太ももう一度言葉を返す。
「大丈夫?」
優しい声が嬉しい。
一太はどう返事をしたらいいのか分からず、ただ笑った。
「母さん、カレーだけ作って帰ったよ。いっちゃんと一緒に作れなくて残念がってた」
「え?」
お客さんが来ていたのに、泣きわめいた挙げ句、寝てしまったのだと状況に気付いて、慌てて体を起こした。頭が重くて痛い。
一太の表情に気付いた松島が、ベッドの横に座って心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ご、ごめん。俺、とんでもない失礼を」
「え? 失礼って?」
「子どもみたいに、な、泣いて、さ。それで、その、泣いたまま寝ちゃうなんて、いい大人が……。陽子さん、呆れてなかった? こんなのと晃くんが一緒に住むなんて、やっぱり駄目だーってなってないかな……」
「なるわけないじゃん」
松島が、またうつ向く一太を下から覗いてくる。
「ちゃんとご飯食べてるから、僕の体調がすごく良い。いっちゃんに合わせて早寝早起きだし。バイトを始めたことをすごく心配してたみたいなんだけど、何ともないから驚いてた。全部いっちゃんのお陰だって」
普通に生活していただけだ。一太の普通で。
一太はうつ向いたまま首を横に振る。自分に付き合ってくれる晃くんは優しい。きっと普通じゃない、この生活に。
松島の手が、一太の頬を両手で挟んで持ち上げた。
「こう見えて、病気持ちだったからね。心配されてるんだよ、鬱陶しいくらいに」
そうだった。生まれつきの病気を持っていたと、松島は言っていた。
「一人になったから、少し羽目は外してたんだよね。夜更かししたり、好きなものをずっと食べ続けたり」
晃くんが?
いつもちゃんとしてそうなのに。
「週末に母さんが来るときだけちゃんとしてても、何故かバレるんだよなあ。でも、折角の大学生活だから楽しもうと思ってた。けど、いっちゃんと暮らして分かったんだ」
「何を?」
「自分が、体調を崩してたこと」
一太が倒れた日、一緒に点滴を受ける羽目になったのは、一人暮らしで羽目を外してたツケがきたのだと、からりと笑って松島は言った。
「それがもう、この一ヶ月で絶好調。ありがとう、いっちゃん」
「あ、うん……」
俺も、と一太は思った。
「俺も、絶好調……」
「やっぱり僕たち、一緒にいるのが正解じゃない?」
松島の笑顔を見ていると、本当に正解のような気がしてくるから不思議だ。
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