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4 できる精一杯のお礼がしたい
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「ま、松島くん。食堂でご飯食べる?」
ピアノのテストが無事に終わり、次の授業も仲良く隣同士で受けた後、一太は意を決して松島に声をかけた。
いつもは食堂に誘われても断り、一人バイト先でもらってきた賞味期限切れの弁当やおにぎりを食べている一太だが、ここまで世話になった松島へのお礼をしなくてはいけない、と考えに考えて出した答えが、大学の食堂で何か奢ることだった。
外食の値段など幾らかかるか知らなかったが、町の食事屋の看板にあるメニューをちらりと見て調べたところ、一太の考えていた値段の軽く三倍ほどかかりそうだった。
一太は、大学に入学してから、食事はほとんどバイト先の廃棄弁当をもらっていて、食事代というものを計上していない。バイトが休みの時は、近所のスーパーで割り引きシールの貼られたおにぎりを買うこともあるが、一日くらいなら食べずに済ますことも度々だった。
松島を食事に誘った場合、一緒に食べに行って、自分は食べずに見ている訳にもいかないだろう。そうなると、予算の六倍かかることになる。
そんなことになれば家賃が払えなくなって、冗談抜きでホームレス生活を考えなくてはならない。せっかく楽しくなってきた大学生活だ。今、払い込みが済んでいる学費分の授業は何としても受けたい。いや、できれば卒業して資格を手に入れたい。
何かを買って渡すにしても、松島が必要としている物が分からず、ペンなどの文房具もあまり安物ではお礼の意味が無いだろう。
一太にできるぎりぎりの提案が、学校の食堂で食事を奢ることだった。学校の食堂は、町の食事屋よりだいぶ値段が安いようだ。今回の件で調べて分かったことだったけれど、少しお金に余裕がある時には自分も食べてもいいんじゃないか、と思えるくらいに安い品もあった。
今日、持ってきたお金で足りそうなら、自分も初めての外食をしてみてもいいかもしれない、と一大決心して声をかけた。
「うん。食堂に行くよ。村瀬くんも行く? 今日は一緒に行ける?」
松島が嬉しそうに笑って返事をしてくれたことに、ほっと息を吐き出した。
人を誘うのはこんなに大変なことなのか、と一太は思った。松島はいつも誘ってくれているのに、毎回断ってて悪かったな、と少し罪悪感も湧いてくる。次に誘われたら、弁当を持ってでも食堂へ付き合おう。
「あの。お礼。ピアノのお礼に、食事をその、奢ろうかと思って……」
「え? そんな、いいよ」
「いや。そんなわけには。俺、迷惑かけてばかりだし」
思えば、教室の場所などを覚えるのが苦手な一太が、遅刻せずにあちらこちらの教室にたどり着けているのは松島がいつも一緒に連れていってくれるからだ。グループで作業、などの時にも必ず誘ってくれている。ここまで順調に学生生活を送れているのは、松島のお陰と言っても過言ではない。
一太は、いつも中身の乏しい二つ折りマジックテープの財布を握りしめて、宣言した。
「好きなもの頼んでいいから」
ピアノのテストが無事に終わり、次の授業も仲良く隣同士で受けた後、一太は意を決して松島に声をかけた。
いつもは食堂に誘われても断り、一人バイト先でもらってきた賞味期限切れの弁当やおにぎりを食べている一太だが、ここまで世話になった松島へのお礼をしなくてはいけない、と考えに考えて出した答えが、大学の食堂で何か奢ることだった。
外食の値段など幾らかかるか知らなかったが、町の食事屋の看板にあるメニューをちらりと見て調べたところ、一太の考えていた値段の軽く三倍ほどかかりそうだった。
一太は、大学に入学してから、食事はほとんどバイト先の廃棄弁当をもらっていて、食事代というものを計上していない。バイトが休みの時は、近所のスーパーで割り引きシールの貼られたおにぎりを買うこともあるが、一日くらいなら食べずに済ますことも度々だった。
松島を食事に誘った場合、一緒に食べに行って、自分は食べずに見ている訳にもいかないだろう。そうなると、予算の六倍かかることになる。
そんなことになれば家賃が払えなくなって、冗談抜きでホームレス生活を考えなくてはならない。せっかく楽しくなってきた大学生活だ。今、払い込みが済んでいる学費分の授業は何としても受けたい。いや、できれば卒業して資格を手に入れたい。
何かを買って渡すにしても、松島が必要としている物が分からず、ペンなどの文房具もあまり安物ではお礼の意味が無いだろう。
一太にできるぎりぎりの提案が、学校の食堂で食事を奢ることだった。学校の食堂は、町の食事屋よりだいぶ値段が安いようだ。今回の件で調べて分かったことだったけれど、少しお金に余裕がある時には自分も食べてもいいんじゃないか、と思えるくらいに安い品もあった。
今日、持ってきたお金で足りそうなら、自分も初めての外食をしてみてもいいかもしれない、と一大決心して声をかけた。
「うん。食堂に行くよ。村瀬くんも行く? 今日は一緒に行ける?」
松島が嬉しそうに笑って返事をしてくれたことに、ほっと息を吐き出した。
人を誘うのはこんなに大変なことなのか、と一太は思った。松島はいつも誘ってくれているのに、毎回断ってて悪かったな、と少し罪悪感も湧いてくる。次に誘われたら、弁当を持ってでも食堂へ付き合おう。
「あの。お礼。ピアノのお礼に、食事をその、奢ろうかと思って……」
「え? そんな、いいよ」
「いや。そんなわけには。俺、迷惑かけてばかりだし」
思えば、教室の場所などを覚えるのが苦手な一太が、遅刻せずにあちらこちらの教室にたどり着けているのは松島がいつも一緒に連れていってくれるからだ。グループで作業、などの時にも必ず誘ってくれている。ここまで順調に学生生活を送れているのは、松島のお陰と言っても過言ではない。
一太は、いつも中身の乏しい二つ折りマジックテープの財布を握りしめて、宣言した。
「好きなもの頼んでいいから」
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