聖女の如く、永遠に囚われて

white love it

文字の大きさ
48 / 78
帆に吹く風

1.

しおりを挟む
「おう、和人。用は済んだのか?」

 健が読んでいた小説から、顔を上げた。

「うん」

 妹のゆきが不審そうな顔をしているのが視界の端に入ったが、和人は声をかけなかった。
 
「和人?」

 健が小説を置いた。

「なんかあったのか?」

 和人はゆっくりと、健のほうを向いた。

「なんかさ、良子さんの様子がおかしいんだ」

 視界の端で、ゆきが眉をひそめた。
 健は小さくこくこくと頷いた。
 その仕草はなぜか、和人を安心させた。

「そうか。分かった。とにかく最初っから話せ。どんなに時間がかかってもいいから。ゆっくり、丁寧にな」

 これまで聞いたことがないほどに落ち着いた健の声に、和人は肩の力がゆっくり抜けていく気がした。

「分かった」

 和人は椅子に座ると、早速、良子の実家であった事件の調査に幸子と携わっていることから話し始めた。江戸時代からの言い伝えも。T都で起きた強盗事件についても。そして、幸子の美しさに目が眩んだ挙句、勝手に惚れて、調子に乗って、幸子に叱られたことも。
 ゆきと幸子について、もっと知ろうと決めたことも。
 話せば話すほど、和人の心は軽くなっていった。
 健は話を聞いている間、けっして急かしたりはしなかった。バカにしたり、茶化すこともなかった。目を閉じて、眉間にしわをよせた健のしかめっ面が、和人には心地よかった。

「それで、幸子さんについて、良子さんの知り合いが知ってることがあったら教えてもらおうと思ったんだ。そしたら、良子さん、すごい怒り出してさ。今はそんなこと調べてる場合じゃないって」

「まあ、それはそうよね。良子さんの立場からしたら」

「それが、良子さんがいうには、もっとドッペルゲンガーについて真剣に調べろっていうことなんだ」

「え? ドッペルゲンガーについて?」

「うん。彼女がドッペルゲンガー説を推しているのは知ってたけど、なんか熱の入れ方が普通じゃない気がするんだ。あんまり大声だったから、クラスの人もしんとしちゃってさ。とりあえず、謝って出てきたんだけど」

 和人が話し終えると、健はしばらく黙っていた。表情が変わらないので、話を聞いていなかったのかと、和人は本気で心配になったほどだった。
 やがて健は、真剣な顔で口を開いた。

「和人。お前、俺が新作にドッペルゲンガーをネタにしようとしてたの、知ってるか?」

「え? いや、初耳だけど。健もドッペルゲンガーのファンなの?」

 健はその質問には答えず、和人とゆきに聞いてきた。

「二人ともSNSのアカウントは持ってたよな?」

「うん、見る専門だけど」

「私も、あんまり投稿とかはしないですね」

「この十日あまり、ネット上でドッペルゲンガーがブームになってるんだ。ドッペルゲンガーを題材にしたフリーゲームがやたら宣伝されていたり、何年も前のドッペルゲンガーを扱った漫画が今さら取り上げられたりな。まだ二人は目にしてないみたいだけど、たぶんいずれ目にする。少しずつだがバズリ出しているし、今後大手メディアがこの流れに注目して、アニメやらマンガやらを作る可能性は高いだろうな」

「じゃあ、健はその流行の先端をいってるわけだ」

「俺が書こうとしていたのは、まさにこの、今起こっているドッペルゲンガーのブームと絡めたものなんだ。いや、単純にドッペルゲンガーそのものだけじゃない。このブームの背後にあるものも含めてだ」

「ブームの背後? 誰か仕掛け人でもいるってこと?」

 健は少し身を乗り出した。

「お前、インターネットっていうものが、いつから世界に広まったか知っているか?」

「え? いつから?」

 和人にとって、インターネットは物心ついたときから存在するものだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

処理中です...