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しばらくして車に乗った幸子が迎えに来た。
今からT都の事件現場に行けば、帰りは夜になる。和人の母、未歩が心配そうな顔をした。さすがに幸子と和人の間に何かが起こりえるとは思っていないようだが、次の日はまた学校がある。母親としては当然の心配だろう。
だが幸子が譲らなかった。
「事件の解決に、私一人では難しいものがあります。和人くんをお貸しいただけると、とても助かるのですが」
「でもね、幸子さん。あの子はまだ中学生なんですよ。学校の勉強をおろそかにするのはまずいでしょう」
至極もっともな意見だった。
「私が学校に通っていたころも、特に男子生徒はそう教えられていました。その結果が、あの二つの原子爆弾と敗戦でした。学校は大事、学校は何があってもサボるななどと戦前のような固定概念は捨てて、どうか彼の望んだほうを」
これもまた、正論だった。
最終的には、幸子の意見が通った。和人の母は、年の功の説得力で負けたといった。
「それじゃあ行くかな。高速を使えば、一時間ちょっとで着くだろう」
幸子の声はいつもどおりだった。
震えることもなく、もちろん虚勢を張ったり卑屈になることもない、いつもどおりのハスキーで、それでいて凛と響く声だった。
「事件はまだ公になっていないんですよね。それなのによく分かりましたね」
「この事件の調査をしている刑事が、個人的に島津家の家宅侵入を調査した警察官と懇意にしていたらしい。そのつながりで、良子さんのお祖父さんにも連絡が来たんだ」
「個人的にって、警察署同士、連携を取ってないんですか?」
「取ってないでしょうね」
そういって、幸子は苦笑した。
「ただでさえプライドが高く横のつながりを取りたがらないうえに、IT化の遅れから情報の共有もできていない。今回、私がこの情報を知れたのはあくまでもたまたまよ」
「でも幸子さん、現場に行っても警察官に話を聞くわけにはいかないでしょ? あ、それとも、幸子さんの美貌で落としますか? たぶん、何でも答えてくれますよ?」
和人は、自分でも驚くほど饒舌だった。
幸子が不審げに和人のほうを見た。
「この私に色仕掛けをしろと?」
「今までも、幸子さんの美しさにほだされた人は大勢いるでしょ? 前にゆきが、どこかのお金持ちのものすごく高価なオートバイを倒しちゃったときのこと、覚えてます? 最初は怒ってたのに、幸子さんが出てきて仲裁したら、ゆきや僕を後ろに乗せてタンデムしてくれたんですよ」
「相手が勝手に張った、惚れたをどうすることもできないが、自分から容色を売りにする気はないな」
「でも負傷兵のお見舞いに行ったのだって、美人にお見舞いに来てくれたら元気になるっていう目論見があったわけでしょ?」
「私が決めたことではない」
幸子はそれだけいうと、黙って運転に集中し始めた。
和人は自分でも気分が高揚してくるのが分かった。
隣には秦野幸子という空前の美女がいる。
なぜか和人は、まったく、何の根拠もないにもかかわらず、その隣にいるのは自分が一番合っていると思い始めていた。
幸子がちらりと和人の横顔を見た。
それは今まで、幸子が和人には決して向けたことのない視線だったが、和人は視線を向けられたことに気づいてもいなかった。
今からT都の事件現場に行けば、帰りは夜になる。和人の母、未歩が心配そうな顔をした。さすがに幸子と和人の間に何かが起こりえるとは思っていないようだが、次の日はまた学校がある。母親としては当然の心配だろう。
だが幸子が譲らなかった。
「事件の解決に、私一人では難しいものがあります。和人くんをお貸しいただけると、とても助かるのですが」
「でもね、幸子さん。あの子はまだ中学生なんですよ。学校の勉強をおろそかにするのはまずいでしょう」
至極もっともな意見だった。
「私が学校に通っていたころも、特に男子生徒はそう教えられていました。その結果が、あの二つの原子爆弾と敗戦でした。学校は大事、学校は何があってもサボるななどと戦前のような固定概念は捨てて、どうか彼の望んだほうを」
これもまた、正論だった。
最終的には、幸子の意見が通った。和人の母は、年の功の説得力で負けたといった。
「それじゃあ行くかな。高速を使えば、一時間ちょっとで着くだろう」
幸子の声はいつもどおりだった。
震えることもなく、もちろん虚勢を張ったり卑屈になることもない、いつもどおりのハスキーで、それでいて凛と響く声だった。
「事件はまだ公になっていないんですよね。それなのによく分かりましたね」
「この事件の調査をしている刑事が、個人的に島津家の家宅侵入を調査した警察官と懇意にしていたらしい。そのつながりで、良子さんのお祖父さんにも連絡が来たんだ」
「個人的にって、警察署同士、連携を取ってないんですか?」
「取ってないでしょうね」
そういって、幸子は苦笑した。
「ただでさえプライドが高く横のつながりを取りたがらないうえに、IT化の遅れから情報の共有もできていない。今回、私がこの情報を知れたのはあくまでもたまたまよ」
「でも幸子さん、現場に行っても警察官に話を聞くわけにはいかないでしょ? あ、それとも、幸子さんの美貌で落としますか? たぶん、何でも答えてくれますよ?」
和人は、自分でも驚くほど饒舌だった。
幸子が不審げに和人のほうを見た。
「この私に色仕掛けをしろと?」
「今までも、幸子さんの美しさにほだされた人は大勢いるでしょ? 前にゆきが、どこかのお金持ちのものすごく高価なオートバイを倒しちゃったときのこと、覚えてます? 最初は怒ってたのに、幸子さんが出てきて仲裁したら、ゆきや僕を後ろに乗せてタンデムしてくれたんですよ」
「相手が勝手に張った、惚れたをどうすることもできないが、自分から容色を売りにする気はないな」
「でも負傷兵のお見舞いに行ったのだって、美人にお見舞いに来てくれたら元気になるっていう目論見があったわけでしょ?」
「私が決めたことではない」
幸子はそれだけいうと、黙って運転に集中し始めた。
和人は自分でも気分が高揚してくるのが分かった。
隣には秦野幸子という空前の美女がいる。
なぜか和人は、まったく、何の根拠もないにもかかわらず、その隣にいるのは自分が一番合っていると思い始めていた。
幸子がちらりと和人の横顔を見た。
それは今まで、幸子が和人には決して向けたことのない視線だったが、和人は視線を向けられたことに気づいてもいなかった。
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