5 / 78
事件のはじまり
3.
しおりを挟む
良子は少しもたじろかなかった。
「実は知り合いが言っていたの。なぜか幸子さんは古い昔話や伝承を好むって」
それは正しかった。
本人曰く、そういう話を聞いているだけで、昔を思い出してノスタルジーに浸れる助けになる、とのことだった。
「実は私の田舎にも、その手の話があるの。幸子さん、きっと興味を持つと思うわ」
結局、良子はその伝承については話さなかった。実際に現場に来てくれれば、話すとだけ言って。
和人が次に緑亭館に行った時、幸子は居間で和人の妹のゆきとテレビゲームをしていた。二人とも大きめのソファに並んで座り、大画面から目を離さない。画面のなかでは、二台のマシーンが高速でデッドヒートを繰り広げていた。
ゆきは中学一年生にしては小柄で、良子のように線が細かった。ただ誰に対しても丁寧に接し、快活で、気持ちのいい笑い方をするので、兄である和人から見ても、クラスメイトから好かれるだろうなというのは想像に難しくなかった。
和人が良子の話をすると、幸子は眉をひそめた。
「伝承? 本当なのか? 君のようなお人好しはすぐに人を信じるからな」
「幸子さん、お兄ちゃんはお人好しだけど馬鹿じゃありません。ちゃんと今日まで、問題なく学生生活を送ってるし」
画面の中では、幸子の操るマシンが、ゆきの操るマシンに抜き去られるところだった。
ゆきがふふんと笑い、幸子はおもしろそうに目をくるりと回した。
「嘘をついてる感じじゃなかったですよ。それに、行ってみて嘘ならすぐに帰ってくればいいじゃないですか?」
「車を出すのが面倒くさい」
「あの車、たまには動かさないとオイルやタイヤが駄目になるってお父さんが……」
「じゃあ君が運転するか?」
「ねえ、幸子さん。その良子さんの知り合いの家庭内の問題って、どんなのだったんですか?」
見事一位でゴールしたゆきが、コントローラを置いて幸子に聞いてきた。
「その良子という人物の知り合いかは分からないが、確かに十二、三年ほど前に、ある家の揉め事を解いたことがある。その家は私の母親の遠縁に当たるので、そのよしみだった。もっとも向こうは私の年齢のことも知らない。あの時は、ただ秦野家の関係者という出で立ちで赴いたんだった」
幸子は懐かしむような、少し遠くを見る目になった。最近、幸子はこうやって以前の出来事を懐かしがることがたびたびあった。
「じゃあ、その良子さんだって、間接的には幸子さんの知り合いでしょ?」
「知り合いの知り合い…… 友達の友達…… ほとんど赤の他人だと思うけどなぁ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
幸子は少し考え込んでから、顔を上げた。
「その良子の田舎というのは、どこにあるのかな?」
「F県のI市にある山奥です。M村というそうです。一度、良子さんをここに呼んで、直接話してみますか?」
「いや、いい。場所は東北か。あの辺りは美味しいイワナの料理があるんだ。それを頂くついでに、謎解きもしてくるか」
こうして、次の週の三連休を使って、幸子は良子の田舎を訪れることになった。
最初はゆきも、和人と一緒について来たがったのだが、「嫁入り前の娘が変なことに巻き込まれたら大変」という母親の意見により、和人一人が同行することになった。
「失礼。私も嫁入り前の身なのですが」
幸子がニヤリとしながら和人の母親、未歩に面と向かってそう言うと、母親は大きく目を見開いたが、何も言い返さなかった。
幸子は気分を害するどころか、そんな和人の母親を見て、楽しそうに肩を震わせていた。
「実は知り合いが言っていたの。なぜか幸子さんは古い昔話や伝承を好むって」
それは正しかった。
本人曰く、そういう話を聞いているだけで、昔を思い出してノスタルジーに浸れる助けになる、とのことだった。
「実は私の田舎にも、その手の話があるの。幸子さん、きっと興味を持つと思うわ」
結局、良子はその伝承については話さなかった。実際に現場に来てくれれば、話すとだけ言って。
和人が次に緑亭館に行った時、幸子は居間で和人の妹のゆきとテレビゲームをしていた。二人とも大きめのソファに並んで座り、大画面から目を離さない。画面のなかでは、二台のマシーンが高速でデッドヒートを繰り広げていた。
ゆきは中学一年生にしては小柄で、良子のように線が細かった。ただ誰に対しても丁寧に接し、快活で、気持ちのいい笑い方をするので、兄である和人から見ても、クラスメイトから好かれるだろうなというのは想像に難しくなかった。
和人が良子の話をすると、幸子は眉をひそめた。
「伝承? 本当なのか? 君のようなお人好しはすぐに人を信じるからな」
「幸子さん、お兄ちゃんはお人好しだけど馬鹿じゃありません。ちゃんと今日まで、問題なく学生生活を送ってるし」
画面の中では、幸子の操るマシンが、ゆきの操るマシンに抜き去られるところだった。
ゆきがふふんと笑い、幸子はおもしろそうに目をくるりと回した。
「嘘をついてる感じじゃなかったですよ。それに、行ってみて嘘ならすぐに帰ってくればいいじゃないですか?」
「車を出すのが面倒くさい」
「あの車、たまには動かさないとオイルやタイヤが駄目になるってお父さんが……」
「じゃあ君が運転するか?」
「ねえ、幸子さん。その良子さんの知り合いの家庭内の問題って、どんなのだったんですか?」
見事一位でゴールしたゆきが、コントローラを置いて幸子に聞いてきた。
「その良子という人物の知り合いかは分からないが、確かに十二、三年ほど前に、ある家の揉め事を解いたことがある。その家は私の母親の遠縁に当たるので、そのよしみだった。もっとも向こうは私の年齢のことも知らない。あの時は、ただ秦野家の関係者という出で立ちで赴いたんだった」
幸子は懐かしむような、少し遠くを見る目になった。最近、幸子はこうやって以前の出来事を懐かしがることがたびたびあった。
「じゃあ、その良子さんだって、間接的には幸子さんの知り合いでしょ?」
「知り合いの知り合い…… 友達の友達…… ほとんど赤の他人だと思うけどなぁ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
幸子は少し考え込んでから、顔を上げた。
「その良子の田舎というのは、どこにあるのかな?」
「F県のI市にある山奥です。M村というそうです。一度、良子さんをここに呼んで、直接話してみますか?」
「いや、いい。場所は東北か。あの辺りは美味しいイワナの料理があるんだ。それを頂くついでに、謎解きもしてくるか」
こうして、次の週の三連休を使って、幸子は良子の田舎を訪れることになった。
最初はゆきも、和人と一緒について来たがったのだが、「嫁入り前の娘が変なことに巻き込まれたら大変」という母親の意見により、和人一人が同行することになった。
「失礼。私も嫁入り前の身なのですが」
幸子がニヤリとしながら和人の母親、未歩に面と向かってそう言うと、母親は大きく目を見開いたが、何も言い返さなかった。
幸子は気分を害するどころか、そんな和人の母親を見て、楽しそうに肩を震わせていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる