手足を鎖で縛られる

和泉奏

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吐き気と、暴力と、

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会える…?
蒼に、…会える…?


(…蒼に、)


期待に胸が膨らんでいく。


「ほん…とう…ですか…?」


「あぁ。会わせてやるさ。優秀な家畜にはそれ相応のお返しをしてやるのが俺だからな。」


「…っ、あ、ありがとうございます…」


地面に額を付けてお礼を言えば、よしよしと髪を撫でられて、ほっと気が緩む。
嬉しい。褒められた。嬉しい。


「…まぁ、お前が自分のことを思い出して、一之瀬蒼についても全部知って、それでもまだアイツに会いたいと思うなら…な」

「…どう…いう…ことですか?」


かさかさになって割れて血で汚れた唇の隙間から戸惑いの音が零れる。

(全部、知って…って、何が言いたいんだろう)

俺のこと…?
蒼のこと…?
俺が知らないこと…?

言葉の意味を理解できない。

…なんとなく不穏な響きを含んでいるように聞こえる声に、反射的に耳を塞ぎたくなった。

ククと楽しげな笑い声に、身を強張らせる。


「アイツも、過去に一度自分をなくしたお前を手なずけるのは楽だっただろうなぁ」

「…っ、何、を…」

「柊 真冬。お前の過去は全部ここに書いてあるんだ。教えてほしいか?」

「…かこ…?」


パンパンと紙を手ではたく音。
その単語に、喉が渇いて引きつったような空気が漏れる。
資料を持っているのか、パラリと紙をめくる音が聞こえた。

良く分からないことをご主人様は話した。


「柊真冬。16歳。一人息子。父親は大企業の社長、母親は専業主婦。傍目には良くできた夫婦のよう見えるが、内側は違う。父親は母親とは別に愛人がいて、肉体関係もアリ。会社での成績は良く、自分より下の人間は特に嫌いで、見下して嫌悪するタイプ」


また紙をめくる音。
頭がついていけない俺を置いて、ご主人様は読み進めていく。

俺の父親がたまに帰ってきたかと思えば、母親には子どもの教育についての叱咤、かつ性的暴行をしていたこと。
しかし、それでも夫を心から愛していた母親は、そんな父親への色々な想いを持て余して、息子に虐待を繰り返していたということ。

母親は息子に最初のうちはネグレクト、…小学2年に上がるころには身体的虐待に加え、性的悪戯を主にするようになったということ。

身体に傷はつけるものの、顔には一切暴行しないせいで周囲には気づかれにくかったということ。

母親は息子を「まるでお人形さんみたいに綺麗な顔をしているでしょう。お友達には美人だってよく言われるんですよ」と病院でよくそう自慢していたということ。

外では良い母親面をして、しかし中では虐待を繰り返していたということ。

紙にはそう書いてあるらしく、そう言った内容を淡々とした声が読み上げた。

声は、歪に笑う。


「はは…っ、最初は育児放棄だったのになんでコイツはいきなり面倒な息子に関わろうと思ったんだろうなぁ。そのまま放置しとけばよかったのに」

「……」

「まぁ、どうせ成長した息子が段々良い感じに育ったもんだから、放っておくのが惜しくなったか」


言葉が右耳から左耳に流れていく。

何を、言ってるんだろう…。

目を瞬く。

…それは、俺の過去じゃない。

違う。違う。違う。
全部間違ってる。嘘だ。

俺の記憶の中の母さんと父さんはそんな人じゃない。
母さんは優しくて、俺に毎日料理を作ってくれてて、父さんは愛想はないけど、でも普通の父親で浮気なんかしそうにない人だった。

しかしそんな俺の疑問は口から出ていくことはなく、声は淡々と続けていく。

機械的に、無感情に、続けていく。


「病院で確かめたところ、子どもの身体には数えきれないほどの痣があったらしい。その理由について聞けば、毎回母親は”だってこの子が悪いことをするから”という言い訳をした」

「…っ」


”だってこの子が悪いことをするから”

その言葉を聞いた途端、頭を殴られた時のような、どうしようもないほどの気持ち悪さが身体を襲ってきて、思わず口を手でおさえた。

…なんだ、今の…。


「ああ、お前、今の言葉は覚えてるのか」

「…わかり、…ません」


何故かわからないけど、言葉を聞いただけで眩暈がした。


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