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2【子育て日記】
2-21 社交界の花(2)
しおりを挟む年の瀬はあっという間に過ぎ去っていく。
「ふぅくん、つぅくん、そこ今からお掃除する所だからゴロゴロしないでくださぁい」
「めーなの??」
「ここ、ゴロゴロめーー」
忙しなく動き回る子供たちの様子をみながら毎日少しずつ家の中の大掃除をおこなう日々。
今年最後のイベント――お呼ばれしたパーティはもう再来週に迫っていた。
新しいものを仕立てると意気込んだパーティ用のスーツは楓真くんの休みの日にタイミングを合わせ、長年御門家御用達の老舗テーラーへ仕立てに行き、今はもう完成を待つばかり。
楓真くんと店のオーナーが張り切ってあぁでもないこうでもないと作り上げた僕のスーツは、着る本人が気後れしてしまうほど細部までこだわり抜いたものになっていた。
というのもそのテーラーは、生地からデザイン、袖のカフスまで、すべてをこだわった逸品ものを作ることができ、僕も一度楓珠さんに成人のお祝いとしてスーツを贈って頂いた際利用したことがあった。
その事を不意に楓真くんに話した時の、彼のなんとも悔しそうな表情―――
父さんには負けてられない、と変な闘争心に火をつけ俄然燃える楓真くんに「ほどほどにしてね」と苦笑する反面、普段は完璧なアルファとして常に僕を気遣ってくれる番としての楓真くんが、唯一7つ下の年下の男の子だという事を実感できる一面だった。
僕と番になって数年が経った今も尚、実の父である楓珠さんに対抗意識を燃やす楓真くんのそんな表情が、僕はかわいくて仕方がない。
けれど、そんな事を言ったらきっと彼は拗ねてしまうから…口には出さずかわいいなぁと心の中にそっと秘める年上の役目を静かに担っていた。
すっかり掃除の手は止まり、丁度いい時間となっていた事から双子のおやつの準備をしながら自分も休憩する事にする。
コーヒーを煎れながらぼーっと再び今度はスーツを仕立てに行った時の事も思い出す。
その日は、楓真くんと二人で出向く旨を事前に知らせていたおかげか、今ではあまり現場には立たないらしいその店のオーナー自ら対応してくださるというから驚きだった。
「楓真ぼっちゃま、お久しゅうございます」と懐かしそうに楓真くんに挨拶する還暦をとうに過ぎた年配のオーナーは、昔、楓珠さんと今は亡き楓珠さんの奥さん、そして小さな楓真くんが三人でスーツを仕立てに来てくれていた頃をそれはもう懐かしそうに語っては、何度も楓真くんの手を握り「お父様そっくりにお育ちになられた」と感涙の言葉をもらしていた。
楓真くんもまた「オーナーも変わらずお元気そうで何よりです」と大人な対応を見せ、さらにオーナーの感激を誘発する。
そんな光景を一歩後ろで穏やかな気持ちで眺めていると、不意にオーナーの視線が僕の方へと寄越され慌てて小さく会釈を送る。
「つかさ様も、この度は誠に、おめでとうございました。楓珠様といらっしゃった時から随分久しいですが……纏う雰囲気が変わりましたね、とても心にゆとりがあるように感じます」
「ぁ―――…はい、ありがとうございます」
目を潤ませながら心から喜んでくれるオーナーの表情にじわりと広がる胸の温かさ。
楓真くんや楓真くんの家族を昔から知る人にこうして受け入れてもらえることが心の底から嬉しかった。
「オーナー、今度はうちの元気な子供たちの七五三のスーツも仕立ててくださいね、連れてきます」
「是非…是非、わたくしめに作らせてください。それまで現役で頑張らないとですね」
未来を約束する穏やかな会話。
そこに居合わせ、当然のように自分も含まれる会話を昔だったら簡単には受け入れられなかった。
だけど、今は違う。
楓真くんがそれを当たり前に変えてくれた。
「僕も楽しみにしています、オーナー」
「はい、お任せ下さい。それではまずは、お二人のスーツから始めましょうか」
「お願いします」と楓真くんにエスコートされオーナーの後に従い店の奥へと進んでいく。そこから始まった長時間にも及ぶ楓真くんとオーナーによる熱い作品作りは、今後忘れることのない僕の記憶に深く刻まれた。
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