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第二章【記憶】

2-2 それぞれの朝(2)

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 何度も何度も振り返り一生懸命手を振るラウルに、転ばないように前を見て、と苦笑しながらジェスチャーを送り見届ける。その姿が曲がり角で見えなくなった途端、リカルドの心はスっと冷えていった。
 部屋へ戻り、さっきまでラウルが居た形跡が虚しく残る室内を見回すと、不意にベッドへ腰掛ける人影が視界に入り込む。
 
 
「!びっくりした…」
 
 
 そこには何を考えているのかわからない無の表情で乱れたベッドを眺めるアルフレッドがリカルドの部屋へ不法侵入していた。
 一瞬はねた心臓を速やかに落ち着かせ、すぐさま苦情を吐き出していた。
 
 
「突然現れるのはやめてといつも言ってるでしょ」
「もう良くなったから魔法解いたんだろ?ずっと結界魔法張り巡らせやがって」
「こうやって押し入られたら困るからね」
 
 
 物理的にモノを浮かせて動かし空を飛ぶ事にするのとは全く違う、瞬間移動という高度な魔法。誰もができることではない。
 それをアルフレッドは簡単にやってしまう。
 
 とはいえ、もう慣れたアルフレッドの神出鬼没さにため息で応えると、「なぁ…」と声をかけられる。
 
 
「お前、あのチビとヤってんの?」
「……」
 
 
 几帳面で神経質なリカルドが起きて一番、ベッドを整える事をアルフレッドは知っていた。それが、今は乱れたシーツに脱ぎ散らかしたロングシャツ。なにかの事後を物語るには十分な光景にアルフレッドは楽しそうにニヤニヤリカルドを眺めている。
 
 
「だったら何?アルフレッドには関係ない事でしょ変な想像しないでセクハラで訴えるよ」
「おーおー高貴なリカルドおぼっちゃまもやっぱただの年頃の男子だったな」
「うるさい」
 
 
 ラウルが着ていたロングシャツを適当に持ち上げ眺めているアルフレッドの手からそれを奪い取り終始冷めた視線を送り続ける。実際はアルフレッドが想像することなど何もしていないが、わざわざ否定するのも癪で、直接的な答えはあえて避けた。そしてついでとばかりに言いたかった事をぶつける。
 
 
「守るつもりもないくせに興味本位でラウルに絡むのはやめて」
「それは俺の自由だろ」
 
 
 カッと頭に血が上りそうになるのを必死に抑えつけ、静かに深呼吸を繰り返す。アルフレッドのペースに持っていかれては冷静な判断を誤る。
 
 
「なぁ、リカルド……」
「なに――ぅっ!?」
 
 
 急に腕を引っ張られ、さっきまでラウルが寝ていた場所へと押し倒される。きっとアルフレッドはわかってやっている。リカルドに対する嫌がらせ。
 
 
「久々の大好きな義弟のナカはどうだった?」
「っ、どいて」
「俺にも教えろよ」
「っ」
 
 
 グルンっと視界が反転しうつ伏せの格好にされると、アルフレッドの手が問答無用でズボンの中へと入ってくる。
 
 キスや慣らしなどの甘い行為は一切無し、決して愛など存在しない、ただの一方的な欲のはけ口。
 揃いも揃って180越えの男二人。若干アルフレッドより華奢な体格ではあるリカルドだったが、抱いて楽しい柔らかさなど微塵もない。
 
 
「っ、やめ、ろ、そんな気分じゃない」
「お前の気分とか聞いてねぇ」
 
 
 まだアルフレッドが王宮で生活していた頃からの長い付き合いの二人は、良いことも悪いこともたくさんの事を共に過ごしてきた。
 普段、自由奔放俺様を地で生きるアルフレッドが不意に漏らした亡き弟に対する想い。全ての事情を知っているリカルドはアルフレッドの話を静かに聞きながら同情はするが、さらに強く、ラウルの事を隠さなくてはと決意を固めたきっかけの日。その日を境に亡き弟に対する行き場のない想いをリカルドに八つ当たりしてくるようになった。思い返せば無意識に義弟が可愛いと話してしまっていたのかもしれない
 
 
「あのチビはまさかご主人様が俺なんかに組み敷かれてるなんて思いもしないんだろうな」
「っく、……」
「知ったらどうなるだろうか…あの心酔ぶりからすると自分が身代わりに~とかきゃんきゃん言い出しそうだな」
「っ!絶対にやめろ」
 
 
 リカルドの顔が一気に青ざめるのに対し、アルフレッドは楽しそうにニヤッと嫌な笑みを浮かべる。
 
 
「お前が必死になると、より興味がそそられるって事自覚しろよ」
「くっ、」
 
 
 いくらリカルドが自己犠牲を払って気を逸らそうが、いつか必ずこの欲望がラウルに向く時が来てしまう。
 7歳の時と何も変わらない無力な自分。
 アルフレッドに組み敷かれる度、リカルドの尊厳はズタズタにされながら歯を食いしばり必死に耐えるのだった。
 
 これも全てラウルの笑顔を守るため―――。
 
 
 
 
 
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