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第二章【記憶】

2-1 それぞれの朝(1)

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「ラウ、起きて」
「……んぅ」
「ラァウ、起きなさい。制服ここに無いでしょ遅刻しちゃうよ」
 
 
 遅刻――
 
 
 その単語に身体が強く反応し、わぁっと飛び起きると、そこは朝日が差し込むまったくの見慣れない部屋。
 上半身を起こしたままキョロキョロ辺りを見回していると、斜め下から「おはよう」と優しい声がかけられた。その声は、ラウルが世界で一番大好きな人の声。
 
 
「!リカ様っあれ、なんで……」
 
 
 どうしてリカルドが隣で横になって居るのか、これは夢か!?だったらもう一度寝る、とひとり混乱し再びベッドへ潜り込もうとするラウルをリカルドが笑って制した。
 
 
「ふふ、お寝ぼけさんだね。昨日が学院の入学式で、その後寮で歓迎会をしてそのまま僕の部屋に泊まったでしょ」
「……そういえば?」
 
 
 薄ぼんやりと昨日の記憶が蘇り、リカルドと過ごしたお風呂までは思い出せる。……が、
 
 
「寝た記憶がありません!一晩中抱いて眠って貰える幸せヘブンを俺体験してません!」
「一晩中抱いてたよ」
「ぐえぇぇぇっ」
 
 
 絶望、その二文字を顔面に貼り付け背中からベッドへ倒れ込むラウルを笑いながら頭を撫で、引っ張り起こす。
 リカルドにされるがまま再び身体を起こすも、メソメソモードに突入したポメラウは自ら動く気配が全く見えない。そんなラウルをみかねたリカルドは久しぶりに無理させた自分の責任でもあると内心悪く思いながら「ラウル」と優しく名を呼ぶ。
 いくら悲しくても大好きな人に名前を呼ばれれば反応してしまうのが本能。涙目で見上げた瞬間、ちゅっ、と柔らかい感触が唇を覆った。
 
 
「!!」
「――機嫌直った?」
「ヘブン!!」
 
 
 一瞬触れてすぐに離れていった赤く妖艶なリカルドの色気たっぷりな唇を眺め、朝から元気なラウルの声がこだました。
 
 
 
 
「ただいまでぇす……」
 
 
 ガチャ…と、どうしてもなってしまう扉の開閉音を最小限抑えながら薄暗い部屋へと忍び込む。そこは、荷物を置いたまま放置してしまったラウルとレオンハルトの部屋。送ると言ってくれたリカルドの申し出を丁重に断り、早朝の誰もいない寮の廊下を5階から2階まで一人で爆走し、誰にも見られることなくたどり着くことに成功した。
 あとは同室者をなんて誤魔化すかのみ。
 まだレオンハルトは起きていないだろうとふみ、サッと自分のベッドに潜り込んであたかも一晩中ずっと居ましたが?を装うラウルのガバガバ計画は窓際側のベッドへたどり着く前に早々に失敗に終わった。
 
 
「おかえり」
「ひょあっ!?」
 
 
 不意に声をかけられ肩がビクッと跳ね上がる。いや、実際に飛び跳ねていた。ギギギ、と錆び付いたブリキのおもちゃのように声のする方へ首を回すと、隣合ったベッド側のベッドサイドへ足を下ろして座るレオンハルトが静かな表情で朝帰りのラウルを見つめていた。
 
 
「レ、レオくん…おはよう…ございます…とても早起きさんなんだね」
「誰かさんが一晩中帰ってこないから気になって眠れなかった、なんてことは無いから安心しろ」
「う……ごめんなさい」
 
 
 座っているレオンハルトの前まで慌てて行くと素直にぺこりと頭を下げる。怒らないで嫌わないで、とおろおろ伺いの目を向けてくるこの小動物に、はぁ、とため息が漏れて止まらなかった。

 あの後の食堂がどうなったのか、ラウルは知らない。ただ言えることは、これからどこへ行ってもおそらく学院中から注目の的だろう。

 アルフレッドに絡まれ、リカルドに守られ共に消えていった新入生。
 リカルドの方はまだいい。リカルド親衛隊が統制をとってくれるだろうし、存在を知られてないとはいえ同じ姓を持つことから自然とラウルはリカルドの身内だと察しがつくだろう。
 問題はアルフレッドの方だった。
 当事者のアルフレッドが何かしらのアクションを起こさない限り、その周りは野放しで暴走し放題らしい。アルフレッドの親衛隊……敵に回すと厄介でしかないと昨日ひとり残されたレオンハルトはテーブルでの先輩方の愚痴を永遠と黙って聞いていた。
 正直、アルフレッドがラウルに絡む熱量がどの程度のものなのかレオンハルトには予測不可能だった。
 ただの暇つぶし、だったら……一番最悪のパターンを想像すると慌ててその思考を消し去るように首を振る。
 未だ捨てられた子犬のような目で見つめてくるラウルが将来泣くような事にならないようそばで見守ろう……そう心の中で決心すると、怒ってないからという意味を込め頭をポンッとひと撫でした。
 
 
 
 
 
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