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3【発情期】

3-4 変化(4)

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 大崎さんから検査結果を簡単に説明してもらうと、現在の症状に対する問診を受けた。
 一通り答え終えるとパソコンにデータを打ち込み考える仕草を見せた大崎さんは結論が出たのかこちらに向き直るとお待たせ、と微笑みを向けられる。
 
 
「二人の高い相性値を踏まえて、今のつかさくんの症状を僕なりに考えてみたんだけどね、解決策は番になる事かなって思うんだ」
 
 
 大崎さんの提案に僕ら二人とも黙って話を聞く。
 
 
「つかさくんの現状はハッキリ言って結構危険な状態だね。この人間社会に生きる限り一切フェロモンのない空間なんてありえない。それにつかさくんはフェロモンを感知できないから、事前に回避する事も難しい。つかさくん、今楓真くんのそばにいて気持ち悪さはある?」
 
「……少し、あります」
 
 
 この一週間ずっとまとわりついていた気持ち悪さは今もなお健在で、そこには気にしないよう必死に気を紛らわせていた。

 僕の返事を受け、一瞬揺れた楓真くんの肩はそっと距離を取ろうと後ろに引く。そんな楓真くんの手をぎゅっと握り、視線で制した。

 もうすれ違いはしたくない。

 大丈夫だから、という気持ちを込め小さく頷くとやっと身体の位置を戻してくれる。だけど、大崎さんの本当の指摘のメインは、僕ではなく楓真くんだった。
 
 
「楓真くん、キミ相当強い抑制剤使ってるでしょ。僕はキミから全くフェロモンは感じ取れない」
「え……」
 
 
 そんな事知らない。
 
 握った手はそのまま、一度大崎さんへ戻した視線を今度は顔ごと楓真くんに向けると、バツの悪そうな表情で答えあぐねていた。
 
 
「楓真くん、ホント……なの?」
 
「……旅行から帰ったその日に…変えました」
 
 
 念押しで聞いて、じっとその目を見つめれば、観念したのかやっと開いた口でボソボソと答えた返しは、イエス。
 
 
「……っ、身体、影響ない?」
「それは全然!大丈夫ですよ」
「な、わけないよね。普通常備薬として使うモノじゃない。今すぐその薬はやめなさい。医者からの忠告」
 
 
 大崎さんの言葉に、びっくりするくらいショックを受けている自分がいた。黙って目を見開く僕に焦って声をかけてくる楓真くん。
 
 
「あの、ホント俺身体だけは丈夫なんで、確かに強い薬かもしれないけど、マジで何ともなくて――」
 
「楓真くん」
 
「……はい」
 
 
 両手をしっかり握り直し、真正面からその目を見つめる。真剣な雰囲気に楓真くんも口を閉じ不安そうに見つめ返してくる。
 これだけは有耶無耶にする事は出来なかった。
 
 
「楓真くん言ったよね?隠さずなんでも話して欲しいって。それは僕もだよ。僕も楓真くんに一人で無理して欲しくない」
 
「……」
 
「僕のために楓真くんが犠牲になるのは嫌だ……」
 
「……ごめんなさい」
 
 
 しゅん…とする様子が大きな体をひと回り小さく見せていた。
 そんな楓真くんが健気で可哀想で、もうこんな無茶はしないで、とその頭をそっと撫でれば、こくりと小さく頷いてくれた。
 
 安心からほっと息を吐いたところで、僕たちの様子を頬杖をつきながらじっと見つめていた大崎さんが、微笑ましそうにしながらもういいかな?と伺ってくる。
 
 
「キミたち本当にいい関係性だね。お互い大切に思ってることが伝わってくるよ」
 
 
 嬉しい言葉をくれた大崎さんは、代わりとなる抑制剤を専門医にすぐに処方してもらうよう念を押し、それに楓真くんも素直に同意してくれていた。
 
 
「って事で話はそれたけど、僕にはまったく感じ取れないほど抑えた楓真くんのフェロモンに反応してしまうのはつかさくんが楓真くんの運命の番で、無意識にそのフェロモンを求め探しに行っているからだと僕は思う」
 
 
 僕が楓真くんのフェロモンを求めて……
 
 
「今は拒絶反応の方が強く出てしまっているけれど本来であればつかさくんにとって楓真くんのフェロモンは安らぎを与えてくれる特別なもの。
 どれだけかかるかそれは僕にはわからないけれど、楓真くんのフェロモン限定でいつか必ず拒絶反応が出なくなる日は来る。そして、番になってしまえば相手のフェロモンしか感じなくなるのだから、楓真くんのフェロモンさえ克服してしまえばあとは不特定多数のフェロモンに悩まされることも無くなる。これが、僕が思い付く限りの解決策かな」
 
 
 大崎さんの話を聞き終え、なるほど…と咄嗟に言葉が出なかった。そんな僕と違い、楓真くんは引っかかる部分があったようで、あの、と控えめに発言権を求めていた。
 
 
「先生、でも、番になる為にはオメガの発情期中にお互いの感性を高め合った状態でうなじを噛む事でそれは成立しますよね……その行為をする事をつかささんは耐える事ができますか……」
「っ、」
 
 
 おそらく楓真くんの頭には、嘔吐し下から血を流す僕の記憶にない僕の姿がずっとこびりついて離れないのだろう。
 その顔はとても真剣な眼差しで大崎さんを見つめている。
 
 
「……そうだね、それは僕からはなんとも言えない。つかさくんの身体次第」
 
「そんなっ、」
 
「だけど、発情期は必ずくるよ。ねぇ、つかさくん。キミのヒート、もうすぐじゃない?」
「……週明けあたりから、そろそろかと」


 主治医はしっかり僕のヒートサイクルを把握している。大崎さんの言う通り数ヶ月ぶりの発情期はもう目前まで迫ってきていた。
 初めての発情期で強制的に院長の精を身に受けて以来、その期間を誰とも過ごすことなく一人で部屋にこもり楓珠さんが用意してくれた抑制剤だけで耐えてきた。

 出しても出しても治まらない欲を、必死に耐えてきた。


「今のつかさくんの身体で、抑制剤だけで発情期を耐えるのはとてもじゃないけどオススメできない…だったらアルファの精を受け早めに抑えてしまった方が僕はいいと、判断する」
 
 
 それにね、と言葉を切る大崎さんはただ微笑んでいるだけなのに、何故かそれがとても妖艶に見えてしまった。
 
 
「運命の番は、何が起きるかわからない神秘的な関係性。もしかしたら、奇跡が起こるかもしれないよ」
 

 
 そんな甘さを含む魅惑的な言葉を楓真くんと二人強く手を握りあいしっかり受け止め、その日の検診は終了した。




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