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3【発情期】

3-5 嫌がらせ

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 処方してもらった薬と栄養剤のおかげで日曜の夜には食べ物がのどを通るくらい体調は回復し、幾らかマシな気分で週の始まりを迎えていた。
 
 
「おはようつかさくん」
「おはようございます」
 
 
 迎えの車に乗り込む楓珠さんの最近の習慣は僕の顔色をチェックすること。
 思うことがあっても何も言わないでいてくださる楓珠さんが今日は珍しく、おや、と口を開いた。
 
 
「大崎くんのところに行った甲斐があったかな?それとも楓真くんが活躍したかな?顔色良くなってるね」
「ふふ…両方です。栄養剤を処方していただいたのと、楓真くんと…ちゃんと話す事が出来て、だいぶ楽になりました」
 
 
 ご心配をおかけしてすみません、と頭を下げるとその頭をぽんぽんと撫でられる。
 
 
「一人で抱えちゃダメだよ。私も、楓真くんも、つかさくんに頼ってもらえるのが嬉しいから」
「……はい」
 
 
 温かい思いやりがじわりと胸に響く。
 楓珠さんにも、楓真くんにも、本当にお世話になりっぱなしで、この人たちに支えられ今の僕が存在すると実感する。
 楓珠さんの優しい微笑みを受けながら、自ら運転する車で出社する為朝は別行動の楓真くんをも思い浮かべ、必ずこの人たちの役に立って恩返しがしたい。その一心で今日も業務をスタートさせるのだった。
 
 
 
 スケジュールの確認を滞りなく終え会社に到着しいつものように楓珠さんの後ろに続いて正面玄関から社内へ入ると何故だか異様に視線を感じる。
 常日頃楓珠さんや楓真くんと行動を共にする時に感じる視線とはあきらかに違う、僕だけに向けられた無遠慮な視線。
 そんな視線にさらされる理由がわからず、自然と顔は俯き早足で楓珠さんの後を追った。
 
 
 エレベーターに乗り込み楓珠さんと二人きりになった途端、視線の数々から解放されほっと胸を撫で下ろす。特に何も変わった様子のない楓珠さんをチラッと確認し、僕の勘違いだったのかもしれないと深く気にしないよう上がる階数表示をじっと見つめた。
 
 15階で停まったエレベーターから楓珠さんと共に降りるといつも通り一旦共に社長室へ向かうべく、先に現れる秘書室を通り過ぎ、その奥の社長室へ続く廊下を進もうとした――丁度その時、勢いよく開いた秘書室の扉から飛び出してくる慌てた様子の花野井くんとバッタリ遭遇した。
 
 
「っ!?」
「っ、せんぱい――」
 
 
 僕の顔をとらえた瞬間、その大きな瞳をうるっと潤ませそのまま胸へダイブしてくる花野井くんをあわてて受け止める。その時一瞬感じた不快感が、先程からの嫌な感じを呼び起こす。
 
 普段仕事に対する泣き言の多い花野井くんだがここまで慌てた様子は初めてみた。
 一体どうしたのかと困惑していると、少し先を歩いていた楓珠さんも騒ぎに気づき戻ってくる。
 
 
「花野井くん?どうしたの」
「おはよう花野井くん。何かあったかい?」
「!社長…っ!ぁ、おはようございます…すみませ……でも…あの、とりあえず、先輩は入っちゃダメです」
 
 
 楓珠さんの前でも様子は変わらず、ぎゅっと握られたスーツの裾は何故か僕を秘書室から遠ざけようとする。
 何か中で異常が起こっていると察し、とにかく花野井くんを安心させるべく小柄な背中を優しく摩る。
 
 
「今朝から社内のSNSがなんだか騒がしくて、その内容がちょっと酷かったからいつもより早めに会社に来たんです……社内の方は先に来てた楓真くんが各所対処したみたいなんですけど、こっちが……」
 
 
 今はここに居ない楓真くんの名前が出ると、彼は既に出勤し何か行動を起こしている事を知る。
 
 今朝の不自然な視線といい、おそらく、僕絡みで何かが起きている……
 
 
「早くこっちに来るよう連絡済みです。だから、先輩は楓真くんが来るまで――先輩?」
 
 
 
 僕ひとり、何も知らず守られるだけなんてもうイヤなんだ。
 
 
 花野井くんの言葉を途中で遮りその扉へ手を伸ばす。
 
 
「っ!つかささん待っ―――」
 
 
 視界の端で廊下を曲がって現れた楓真くんをとらえるのと、秘書室の扉を開けるのがほぼ同時だった。
 
 
「……ぇ、」
 
 
 ぶわっと襲う、濃い、精の匂い。
 
 
「ぅ、っぐ、」
「つかささん!」
 
 
 瞬時に駆けつけた楓真くんの腕に視界を遮られるが、既に見てしまっていた。
 
 僕のデスクに撒き散らされた写真の数々。いつ撮られたのかわからないが全てに僕が写り、どれも視線は外れていた。そんな写真達に付着する白い液体や、その周りに落ちているコンドーム。それらが濃い匂いを放ち、感じることの出来ないアルファのフェロモンが不快感として一気に押し寄せ自力で立つことすらできなかった。
 
 
「つかささんっ」
「っぅ、あ……ふう、まく……」

「花野井くん!医務室に連絡して!水嶋くん!こっち!守衛呼んで!楓真くんこっちはいいから、つかさくんを医務室連れて行って」

 
 
 支えてくれる楓真くんの腕にぎゅっとすがり、押し寄せる吐き気を必死に耐える。

 朦朧とする意識の中で、慌ただしく交わされる言葉の数々をぼぅっと聞いていた。
 
 
 
 
 
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