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2【1泊2日の慰安旅行】

2-18 拒絶反応(2)

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「……ん、」
 
 
 次に目を覚ました時も状況はかわらず病院のベッドの上。さっきの出来事は夢じゃなかった、と一人絶望する。
 
 そして、もしかしたら楓真くんは既にいなくなってしまっているかもしれない、そんな不安からも目を開けるのが怖かった。だけど、今回も一番に視界に飛び込んできたのは心配と安堵が入り交じった表情の楓真くんだった。
 
 
「つかささん、よかった…」
「ぁ、僕、どれくらい…」
「ほんの十分くらいです。俺が急にたくさん伝えすぎました…すみません…。だけど、これだけは誤解して欲しくない」
 
 
 気を失っている間もずっと握られていたのだろうか、繋がる右手にギュッと力を込められ反射的にビクッと肩が揺れてしまう。
 
 先程の拒絶が頭をよぎる。
 
 
 一度知ってしまった優しい温もりに捨てられたら、僕はこの先どうやって生きていくんだろう
 
 置いていかれるのも、裏切られるのも、もう耐えられない
 
 もう、生きていたくない――
 
 
 まるで宣告を待つ罪人のように強く目を瞑り、その言葉を待った。
 
 
「つかささんが俺から離れる事はあっても、俺の方から離れる事は決してありえません。絶対に」
 
「……え、」
 
 
 想像と全く違う言葉に、すぐに反応ができなかった。
 
 
「っ、でも、僕、楓真くんを」
「つかささんは何も悪くないし、むしろ俺のフェロモンがつかささんに負担を課してしまう……つかささんの身体を思えば離れるべきは俺ってわかっているんです……だけど、俺はつかささんから離れたくない」
 
 
 ごめんなさい、辛い思いをさせて、ごめんなさい……握った手に額を当て弱々しく謝る楓真くん。手の甲にじわりと広がる温かな水気に、楓真くんの気持ちがひしひしと伝わってくる。
 
 次第に僕の視界も水の膜でゆらゆら揺れていく。
 
 
「……ふうまくんのフェロモンすら、っ、わからなくて……拒絶反応まで引き起こす、こんな欠陥だらけのΩで、本当にいいの…?」
「いい。つかささんがいい」
 
「っ、赤ちゃん、できないかも、しれないのに……っぅ、それでも、いいの…?」
「つかささんがいれば、それでいい」
 
「っ――ふうまく」
 
 
 お互い両目からボロボロ涙を流しぎゅっと抱きしめ合う。
 
 
 
 捨てられなかった。
 
 裏切られなかった。
 
 
 
 ぎゅっと抱きしめてくれる楓真くんの広い背中に腕を回し、肩口に顔を埋める。
 すんっと深く息を吸っても、やはり何も感じない。
 だけど確かに、今まではなかったほんのわずかな違和感がじわじわと胸の奥底に存在した。
 
 
 大丈夫、我慢できる…大丈夫。
 
 
 こんな些細な接触でも影響を受けている事実を楓真くんに察知されないようぐっと押し殺し、このポンコツな身体が早く楓真くんに適応すればいい。その一心で強く身を寄せあった――
 
 
 
 
 楓真くんとはいくつかの約束を交わした。
 
『我慢しないこと』
『一人で悩まないこと』
『定期検診は一緒に行くこと』
 
 正直、最後以外素直に頷くのは難しかったけれど、楓真くんを少しでも安心させるため、約束、と小指を結んだ。
 楓真くんが僕を心配してくれるように、僕も楓真くんが心配だった。優しい彼は必要以上に僕に気を遣いそうで……。
 
 だから、少しでもその心配がやわらぐよう、点滴の待ち時間あえて他愛もない話題でくすくすと穏やかに時間を過ごした。
 
 
 
 昼過ぎになると楓珠さんが病室まで迎えに来てくださった。
 
 身一つで来た僕の代わりにお会計は水嶋さんが済ませてくださり、宿に置いてきてしまった荷物も全て車に積み込まれていた。
 そしてその車にも驚いたのが、行きで木村さんが運転していたいつもの社用車とは違い、4人がゆったり座れる後部座席2列の大きな車に変わっていたという事。
 聞けばわざわざ水嶋さんの実家の車を借りてくださったそうで……何もかも迷惑をかけっぱなしで楓珠さん、水嶋さん、木村さんに何度も頭を下げた。
 
 
「つかさくん、少しでも不便なことがあったらすぐに言うんだよ。道中長いから絶対に無理はしないこと」
「わかりました、ありがとうございます」
 
 
 1番後ろに座る僕と楓真くんを前の席から振り返り気遣ってくださる楓珠さんに微笑み答える。
 
 しかも明日は月曜だというのに強制的に休みを言い渡され、長年通うΩ専門精神科の検診に行くよう念を押された。
 そろそろ定期検診の予定もあったため、ありがたく行かせていただくことで同意した。
 
 
 穏やかな車内でじわじわと込み上げる気持ちの悪さにぎゅっと目を瞑り、気のせい気のせいと自分に言い聞かせる。
 昨晩の嘔吐出血は本当に記憶になかった。
 だけど密閉状態の狭い車内。木村さんと水嶋さんはβで、楓珠さんはαだけど番以外にそのフェロモンは効かないから、感じることの出来ない楓真くんのフェロモンで車酔いのような状態に陥っているのだと薄々実感する。
 
 
「つかささん……気分悪くないですか」
「……大丈夫だよ」
 
 
 心配させたくないから、無理やりにでも笑って返す。
 そして、楓真くんのフェロモンに弱っている自分の身体にも負けたくなくて、右側の大きな肩にそっと頭を寄せる。
 
 
「ちょっと、くっついててもいいかな…」
「フェロモン、大丈夫ですか…なるべく抑えてはいるんですけど……」
「ん、大丈夫……楓真くんの体温落ち着く」
 
 
 本当に僕らは運命の番なんだ。
 抑えていると言う楓真くんのフェロモンを匂いではわからないくせに身体は敏感にマイナスな方へと感じ取っている。けれど、それに相反するように触れ合ったそこからじわりと広がる安心感。
 
 嘔吐感を必死に押し殺し安心感だけを求め、ぎゅっと楓真くんの腕を抱きしめる。

 目を瞑り、夢の世界へ行ってしまえば安心だけの優しい空間へいけるだろうか……
 
 
 
 いつもだったら繋いでくれるその手が、頑なに握り拳を作っている事を、見て見ぬふりをした。
 
 
 


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