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2【1泊2日の慰安旅行】
2-10 宴会の罠(3)
しおりを挟む「橘さん、随分多くのお酒を飲んでいたようですが大丈夫でしょうか…」
「……」
わざとらしい声が近くから聞こえる。
視線だけを向ければ予想通り、椿姫秘書が隣に並ぶように立っていた。
父さんがつかささんを連れ出す瞬間も、じっと俺の方を見ていた事には気付いていた。
話す気にもなれず、父さん達が出ていった後を追いかける。
案の定、後をついてくる足音が後ろから聞こえるが無視して歩み続けた。一歩一歩の歩幅の違いは大きく、ぱたぱた小走りの音が必死に俺を呼ぶ。
「待ってください、楓真さんっ」
「――名前、呼ぶなっていいましたよね」
立ちどまり、ため息と共に後方へ向かってイラついた視線を送ればビクッと揺れる肩。このまま引っ込んでくれればいいものを、怯んだのは一瞬のこと、すぐさま気丈に持ち直した。
「……すみません、でも、伝えたい事があります」
「なんですか、急いでいるので手短にお願いします」
そう言うと再び2人の後を追う。
大勢のいろんな匂いが充満していた大広間よりは見つけやすいつかささんの匂いを頼りに進む先は、父さんの部屋でも、つかささんの部屋でもない。
本館と南館を繋ぐ渡り廊下から庭へ降りしばらくした先にこんな所があったのかと普通なら足を踏み入れない場所に中庭が現れた。
綺麗に整備されたそこは南館に合わせた洋風の雰囲気で草木に隠れるよう存在し、軽く休憩ができるガゼボが建っていた。
あまりにも突如現れた異空間に一瞬言葉を失ってしまう。
「……」
「綺麗ですよね、ここは毎年社長が橘さんを連れて利用しているので社員たちは暗黙で近付かないようになっています」
その言葉の通り、こちらから見える位置に腰掛ける父さんと、父さんの膝の上に頭を乗せ横になるつかささんの雰囲気はとてもこの場所に馴染んでいた。
風に乗って、微かにふたりの会話が漏れ聞こえてくる。
「大丈夫?つかさくん」
「ふーじゅさん…」
「なぁに?」
「ぼく、きょうすごくたのしかったんです」
「それはよかったねぇ」
舌足らずな話し方と、それに応える緩い返答が、ふたりの過ごしてきた月日の長さを改めて感じさせる。
「ずっととなりに、ふーまくんが、いて、どきどきしたけど、たのしくて」
「いい事だ」
「だけど……」
「ん?」
「ふーまくんの、となりにいるのは、ぼくでいいのかな、ってやっぱり、おもっちゃって」
「つかさくん、何を言われたか知らないけどそんな事考えなくていい。楓真くんはつかさくんの事が大好きだから」
「でも、ぼくは、なにもほこれるものがないから……」
「つかさくん……」
父さんの腹に顔を埋めくぐもる声がすすり泣きのように聞こえてくる。
今すぐにでも飛び出していきたい気持ちを必死に抑え、拳を強く握りしめているとふたりに集中しすぎて無防備だった背中に何かがトンっと触れる衝撃を受けた。腹を見下ろせば両の手が腰に回り、後ろから抱き着かれている事を知る。
忘れていた存在をイヤでも思い出させた。
「……離れてください」
「社長と橘さんって独特な雰囲気ですよね」
腕を外そうにも、小柄な体格からは想像できない強い力で抱き着かれビクともしない。
「知ってますか?橘さん、社長の愛人なんじゃないかって言われてますよ」
「離れて」
「橘さんが発情期で休む時、必ず社長も数日休むんです。おふたりで一体、何をしているんでしょうね?」
「離れろ!」
「ひっ、」
自制などしてやるつもりもなかった。
腰に回る手を勢いよく振りほどき、倒れる椿姫秘書に容赦なく威圧的なフェロモンをぶつける。
「不快です今すぐ消えてください」
「ですが……」
「二度も同じことを言わせるな!」
青ざめた表情でそそくさと去っていく姿を一秒すら見ている気にもなれず、荒れたフェロモンを深く呼吸する事で沈め、再びガゼボの方へと視線を戻す。
今もなお親密な距離の2人。
そんなはずはないと頭ではわかっていても先程の言葉が毒のようにジワジワ心を侵食する。
『橘さんが発情期で休む時、必ず社長も数日休むんです』
『おふたりで一体、何をしているんでしょうね?』
何もない。
何も、してない。
そうですよね、つかささん―――
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