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2【1泊2日の慰安旅行】

2-11 誤解(1)

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 視界がゆらゆら揺れる気持ち悪さはあっても、意識は案外しっかり保っていた。
 おそらく極度の緊張状態から酔うに酔えなかったのだろう。
 
 毎年楓珠さんと訪れる見慣れた中庭で横になり休憩させていただいている状況も理解していた。
 本当だったら楓珠さんをいつまでも付き合わせているのはいけないことで、今すぐにでも部屋に引き上げるべきなんだと、わかってはいる。
 
 だけど、無性に誰かに寄りかかっていたかった。
 
 
 吐き出した弱音も、今は何も言わず受け止めてくれる。
 まるで幼子を寝かしつけるかのように頭をさすり続けるその手の優しさも心地いい。
 
 
 いつまでもこの穏やかな時間が続けばいいのに……なんて、そんな思いもすぐさま現実へと引き戻される事になるのだった。
 
 
 
「―――っ!」
 
 
 鼻をすする小さな音以外何も聞こえない空間は僕と楓珠さんの2人だけ。そう思っていた所に突如聞こえた怒鳴り声とガサゴソ草木が揺れる音。
 少し離れた場所から聞こえてきたそれらにビクッと肩が揺れてしまった。
 
 それに、この声には聞き覚えがあった。
 
 
「ふう、ま…くん……?」
「みたいだね、着いてきてたかぁ」
 
 
 大丈夫、大丈夫と宥めるように頭をポンポン撫でられる。そして、ここに呼んでもいい?と優しく尋ねられた。
 はい、と頷いてから今の自分の体勢を思い出し慌てて身体を起こすと、途端くらっと揺れる視界。
 つい楓珠さんの胸に寄りかかってしまうのと、楓真くんが姿を現したのはほぼ同時だった。
 
 
「つかささんっ」
 
 
 頭を押さえている僕のもとへ駆け付け、膝が汚れてしまう事などお構い無しに地面へ膝まづき僕を心配そうに見上げてくる。
 
 
「楓真くん…」
「すみません、つかささん…俺がちゃんと部屋まで送り届けなかったからこんな事に…」
 
 
 あまりにも悲壮な顔をして全て自分が悪いと俯き思い詰めた様子にこちらが慌ててしまう。
 
 
「楓真くんが謝ることなんて何も無いです、僕が不甲斐ないせいで上手く対処できなかったんだ」
 
 
 だから顔を上げて、と言ってもなかなか聞き入れて貰えない。
 どうすればいいのか困り果てオロオロしてしまうと隣からはぁとため息が聞こえてきた。
 
 
「楓真くん、今ごろ後悔してても遅いから。その時間がもったいないよ」
「父さん……」
「次に同じ失敗をしないよう心に刻むのと、つかさくんの信頼回復に努めなさい」
 
 
 わかった?と聞く楓珠さんは普段あまり見せることの無い父親の顔をしていた。厳しくもあり、優しさもある、楓真くんのお父様。
 楓真くんも今度は素直にわかったと頷いていた。
 
 なんとか収まりそうな雰囲気に安心したのもつかの間――
 
 ヤレヤレとおどけたため息を吐き出した楓珠さんは唐突に僕の肩に腕を回してくる。え、と反応する暇もなかった。
 
 
「そんな余裕のない様子を見せてたらモテないよ?ねぇ、つかさくん」
「や、僕に聞かれましても……」
「私だったら勘弁だね、今も嫉妬剥き出しでダサいダサい」
「~~っ、」
 
 
 何故そんなに煽る様な事を言うのだろうか……いまだ膝を着く楓真くんを自然と見下ろす形の僕ら。下手に口出しできずただ黙って見守るしかできなかった。
 
 
「何か言いたいことでもあるんじゃない?この際だから言ってしまいなさい」
 
 
 そこではっと気がついた。
 楓真くんが抱える何か言いづらいモヤモヤとした悩みの存在に。
 
 
「……」
 
 
 なかなか口を開こうとしない楓真くん。
 見かねた楓珠さんが再びはぁとため息を吐きよいしょ、と腰をあげ立ち上がった。
 
 
「言わないならいいよ、つかさくん今夜は私の部屋へおいで。意識はハッキリしていてもまだ心配だからね一晩中付き添って見守らないと」

 
 腕枕してあげる、とウィンク付きで言われてしまいついクスクス笑っていると、とうとう楓真くんの重い口が動きを見せた。
 
 
「……っ、父さんとつかささんは、」
「ん?」
「……本当に、何も無いんだよね?」
 
 
 立ち上がった楓珠さんとベンチに座る僕、2人揃って目をぱちくりしてしまう。
 何も、とは、何だ。
 
 
「つかささんは父さんの愛人関係とか……」
「……楓真くん、キミはおバカなの?」
 
 
 
 それから、楓真くんが悩んでいた椿姫秘書に吹き込まれたアレコレをすべて吐き出させるとひと通り笑い飛ばした楓珠さんはもうおじさんは付き合ってられません。と説明を僕に丸投げしてこの場を去ろうとする。
 
 
「ここまで私の息子が恋に盲目でおバカだとは思わなかったよ…あとの説明はつかさくんしてあげて」
「そんな、楓珠さんっ」
「しっかり誤解を解くんだよ。明日の朝食にも遅れずに来るように、それじゃあね」
 
 
 おやすみ、と本当に去っていってしまう。
 
 
「父さん……引っ掻き回すだけ引っ掻き回して丸投げって……」
「本当に」
 
「……」
 
 
 しん、と沈黙が生まれる。
 バツが悪そうに立ち上がった楓真くんは、あー、その、とらしくもなく言葉を濁すと、そっと手を差し伸べてくる。
 
 
「とりあえず、俺の部屋、来ませんか…」
 
 
 目の前の手から楓真くんへ視線を移し、そっと自分の手を重ねると、ホッと安堵の息が漏れたのを聞き逃さなかった。
 
 
「行きましょう」
 
 
 優しく微笑む楓真くんに促され、ふらつかないようゆっくり中庭を後にした。
 
 
 

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