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64: 少年と魔王とお見舞いの話 11
しおりを挟む玄関からそう長くはない距離を、ノイギーアは最後尾にいる魔王の存在をひしひしと背中に感じながら、リビングへと二人を案内した。
リビングの扉を開け足を踏み入れると、先ほどノイギーアを呼ぶだけ呼んでさっさと家の中に入ってしまった兄のカッツェの姿は、そこにはなかった。
上着をリビングのソファーに置いていたから、てっきりこの部屋にいると思っていたのに。
なぜいない。
ツァイトだけならともかく、魔王の相手を自分一人でするには荷が勝ってしまう。
助けてほしかったのに、肝心の相手はどこにもいない。
先ほどまで置いてあった服がなくなってはいるので、他の部屋にでも行ってしまったのだろうか。
「あれ? お兄さん、いないんだ……」
ノイギーアと同じようにリビングを見まわしたツァイトが、そこにカッツェがいないと気づき、残念そうな声を出した。
兄とは初対面のはずのツァイトが、まさかそんな事をいうとは思っていなかったノイギーアは、驚きのあまり後ろを振り返った。
「え、えっ? な、なんで!? 兄ちゃんになんの用!? っていうか、兄ちゃんなんかした?!」
もしかしてノイギーアが来るまでのカッツェの対応になにか不満があったとか?
なんて事をしてくれたんだと、訳が分からないままノイギーアは怒りをいまここにいない兄に向けた。
しかしどうやらそれはノイギーアの勘違いだったようで、ツァイトは不思議そうにノイギーアを見ながら首を傾げた。
「え? だって、さっきちゃんと挨拶できなかったし……」
「あ、あいさつ?」
「うん。さっきはノイくん以外の人が出てくるなんて思ってなかったから、驚いちゃって挨拶し忘れちゃったんだよね」
家にお邪魔するならご挨拶しないと、と言うツァイトは、あんがい律儀な性格らしい。
身分的に考えれば、魔王の恋人であるツァイトの方が、挨拶をされる側だろうに。
そんなことは、まったく考えていないようだった。
「た、多分二階に居ると思うから、あ、あとで兄ちゃん呼んでくるよ」
カッツェにただ挨拶がしたいというだけのツァイトにほっと一安心したところで、急にそのツァイトの背後にいる魔王のことを思い出したノイギーアは、慌てふためく。
こんなにも強烈な存在感があるのに、どうしてこの魔王はこんなにも気配を消すのが上手いのか。
ツァイトと話して緊張がほぐれ油断したところに、きつい一発を毎回喰らわさせられている気分だ。
どちらにしろこのままではまずい。
「て、適当に寛いでいてください。なにか飲み物をご用意してきます!」
案内したリビングのソファーへと二人を促す。
普段からいらないものは出しっぱなしにせず、きちんと片づけているため汚くはないが、朝から掃除しておいて本当に良かった。
緊張のあまり裏返る声を気にする余裕もなく、しかし極力魔王の姿を視界に入れないように気をつけながら、ノイギーアは脱兎のごとく台所へと向かった。
「あ、ノイくん!」
あまりの早さに、ノイギーアを呼びとめようとしたツァイトの声が行き場をなくす。
腕の具合がだいぶ良いとはいえ、ノイギーアの腕はまだ完治には至っていない。
客人がくればお茶の一つでも出すのが普通のなだろうが、茶器一つでも、怪我をしていればその重さが傷にはひびく。
無理はしてほしくないから断ろうと思っていたのに、あっという間にいなくなってしまった。
「……ノイくん、腕けがしてるんだから……別にいいのに、ね」
ツァイトの問いかけに、レステラーは軽く肩をすくめた。
ツァイトとレステラーのいるリビングから逃げるように台所へ駆け込んだノイギーアは、しかし、そこではたと頭を悩ませることになる。
人数分の茶器を食器棚から出そうとして、その手が止まる。
魔王相手に、一体何を出せばいいのか。
慌てて戸棚や、貯蔵庫を開け、客人に振る舞うに相応しいものをいくつか取り出し、机の上に並べる。
家にあったのは、風味の違う二種類の茶葉の缶、深入り仕立ての焙煎豆、それに酒の瓶が数種類。
新鮮な果実は、搾ればジュースに出来る。
ツァイトが見舞いに来てくれたのは本当にうれしかったのだが、まさか魔王まで連れてくるとは夢にも思わなかったノイギーアだ。
この家にあるどの飲み物を出しても失礼にあたる気がしてならない。
まさに途方に暮れるとはこのことだ。
「ノイくん」
「わっ!」
どれを出そうか、考えに没頭していたノイギーアは、急に声をかけられ驚きの声を上げる。
声をした方を振り返れば、リビングに続いている方の出入り口から、ツァイトが顔を出していた。
「ツ、ツァイトかよ……驚いた……」
「あっ、ごめんね。ビックリさせちゃった?」
「いや、いいけど……なんか用……?」
もしや飲み物の種類の指定かとドキドキしながらノイギーアは問いかける。
「あ、うん。あのさ、ノイくん……」
「な、なに……?」
「ノイくん腕けがしてるんだからさ、別に飲み物とか用意してくれなくてもいいよ? せっかく治りかけてるのに、悪化したら困るし」
ノイギーアの緊張とは裏腹に、ノイギーアの考えとは全く別の言葉がツァイトから返ってきた。
「いやいやいやいや! そう言う訳にはいかないって!」
まさか飲み物がいらないと来るとは思っていなかったノイギーアは、盛大に驚いた。
そもそも客人に飲み物を出さないという選択肢はノイギーアの中にはない。
しかも今回の客人は魔王だ。
どんな事があっても出さないわけにはいかない。
「さっき……っていっても花とか買う前だけど、オレとレスターお茶してきたし」
「ほんと、大丈夫だから! ツァイトは気にしないで魔王様とリビングで寛いでて!」
「でも……」
「マジで大丈夫だから! っていうか、多分ツァイトが思ってるよりもずっと早く、魔族の傷の治りは早いから!」
「う~ん……じゃあ、用意出来たら呼んで! オレ運ぶの手伝うから」
笑顔で手伝いを申し出てくれるが、それこそあり得ない。
腕のけがの具合を心配してくれるツァイトの心遣いは非常に嬉しい。
だが、ツァイトの提案を素直にのめば、自分の首を絞めかねない。
なんとか説得して、ツァイトをレステラーのいるリビングへと戻らせた。
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