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63: 少年と魔王とお見舞いの話 10
しおりを挟む「すみません、おまたせ……」
ひょっこりと顔を出したノイギーアが、ツァイトの姿を視界に入れた途端、驚いた顔をした。
「え? ツァイト!?」
「ノイくん、久しぶり」
「え? おまっ、どうしてここに!? なんで?」
あまりのノイギーアの驚きように、つられてツァイトも驚く。
「え、なんでって、ノイくんのお見舞いに……」
「見舞い? って、もしかしてこの腕の怪我の?」
「あ、うん。あれから全然会ってないし、大丈夫かなって思って……あ、これ、お見舞いの花束」
淡い桃色や黄色、そして橙色の、色とりどりの小ぶりの花で作られた花束を、ツァイトはノイギーアに手渡す。
まさかそんな贈り物をもらえるとは思っていなかったノイギーアは、またもや驚かされてしまった。
「え、これいいのか?」
「うん、受け取って」
「あ、ありがとな!」
意外な贈り物に、ノイギーアが照れくさそうな、だが満面の笑みを浮かべる。
今までにこんな大怪我で休んだこともなかったし、見舞ってもらえるような状況にもなった事がなかったから、花束をもらったのは初めてだ。
なんだかひどく照れてしまう。
ノイギーアの感覚ではこういう場合、大抵は食べ物か酒だ。
一緒に暮らしている兄が、彼の同僚によく持って行っていたからだ。
「ノイくんが元気そうでよかった。怪我の具合はどう?」
「ああ、うん。傷はもうほとんど塞がってるんだ。あと数日したら仕事に行けるよ」
魔族の傷の治りは人間よりも早い。
まだ若干の皮膚の違和感はあるし、傷も完全に消えてはいないものの、痛みはないし、動かしても問題はない。
本当なら今すぐにでも仕事に戻りたいのだが、料理長から医者が完治したというまで来るなと言われているため、まだ仕事に戻れないのだ。
「そっかーよかったー」
ノイギーアの様子を聞いて少年が嬉しそうに笑った。
「とりあえず、入れ違いにならなくてよかった」
「全然連絡してなくて悪い」
いくら友だちだとしても、場所が場所だけに、魔王城にいる相手に自分から連絡するのは、少し気おくれしてしまっていた。
魔王の命令なのか、それともツァイトの関係者だからなのか、定期的に魔王城の医師に診てもらっていたから、その時にでも連絡すればよかった。
普段ツァイトと会う時間と大幅にずれていたから、失念していた。
「ううん、大丈夫だよ。気にしてない。オレも急に来てごめんね」
「いや、それは全然大丈夫! あ、そうだ。立ち話もなんだし、中に入れよ」
「入っていいの?」
「もちろん! 遠慮すんなって。前にも来た事あるだろ」
「うん、でもさっきの……」
家にノイギーアが一人なら、素直にその言葉に甘えられたが、今回の場合は迷惑ではないのだろうか。
上がっていいのかな。
ツァイトはどうしたらいいのかわからず戸惑う。
「あ、ああ! そう言えば紹介してなかったっけ」
なんだか遠慮しているツァイトに気づき、その理由に思い当たったノイギーアは笑顔を見せた。
「さっきのあれ。おれの兄ちゃんのカッツェ。前に話したことあるだろ」
「え、お兄さん? ノイくんの?」
「そうそう。最近仕事であんまり家に帰ってこなかったんだけど、今日は非番なんだって。ま、兄ちゃんいるけど、気にしないで入ってよ」
そう言えば、話だけは聞いた事がある。
この家に兄と二人で住んでいると、以前訪れた時にそう話していた。
なるほど、思い返してみれば、体格は別として、どことなく顔の造りがノイギーアと似ていた。
「それにしてもツァイト。おまえ、よくここまで来れたなぁ。もしかしてここまで一人で来たのか?」
ツァイトは以前ノイギーアの家に来た事はある。
だがそれはノイギーアの空間移動で、瞬時に移動して連れてきてもらったのだ。
ノイギーアの家から城下町の大通りへも行った事はあるので、その逆を辿ればたどり着けない事はないが、よく迷子になるというツァイトがよく来れたなと本当に感心してしまった。
しかしノイギーアの思惑に反して、ツァイトは首を横に振ってみせた。
「え? ううん。一人じゃないよ? ノイくんの先輩さんに家の地図書いてもらったけど、レスターも一緒だよ」
「へ?」
「ほら、あそこ」
一瞬、聞き間違いかとノイギーアは思った。
ツァイトの口から、ありえない名前が出てきたのは気のせいかと思った。
けれど、後ろを振り返ったツァイトが指を差した先にいる人物を見て、ノイギーアはぎょっと目を見開いた。
玄関先からそう遠くない位置にある、こぢんまりとした門の柱の一方に、もたれかかるようにして腕を組んで立ってこちらを見ている紅い瞳の美丈夫がいた。
その姿はまさしく。
「ま、魔王様ー!?」
驚きのあまり思わず出た大きな声に、慌てて手で口を塞いで押しとどめる。
その拍子に、手に持っていた花束が、パサリと音を立てて地面に落ちた。
ツァイトに気を取られすぎて、まったく気付かなかった。
気配が感じられなかった。
一度視界に入れてしまうと、こんなにも存在感があるのに、だ。
「ノイくん、花落ちたよ?」
ノイギーアの驚きを理解できないツァイトが、呑気な声で落ちた花束を拾いあげる。
慌てて悪いと謝ってから、花束を受け取た。
「と、とにかく外寒いだろ? とりあえず、中に入って。ま、魔王様も……」
こんな荒ら屋でよろしければ、と最後までさすがに口に出来なかった。
そもそもこの魔界の中央に君臨するあの魔王を、こんな庶民も庶民、城下町の片隅に存在する小さな家の中に招いていいものか、正直ノイギーアには分からない。
きっとノイギーアの兄は吃驚するだろう。
だがこの寒空の中、かの魔王をこのまま外で待たせておくようなことは出来ない。
むしろ早く中に入ってもらわなければ。
けれど直接魔王と話す勇気はノイギーアにはないので、目の前にいるツァイトにこそっと伝える。
「えっと、じゃあ言葉に甘えて。レスター、ノイくんが上がっていいってー」
前半はノイギーアに、後半は少し離れた場所に立つ美貌の魔王へ振り返りながら、ツァイトが声をかける。
柱にもたれかかっていた身体を起こし、静かにこちらへと魔王が近づいてくる。
無表情に見えるのは、怒っていて不機嫌なのか、それとも何も考えてなくてその表情なのか。
ノイギーアにはまったく見当がつかない。
一歩、一歩と近づいてくるたびに、ノイギーアの心臓がバクバクと鳴る。
「お邪魔しまーす」
「……邪魔をする」
玄関の扉を押さえて立っているノイギーアのすぐ目の前を通るだけでも緊張ものなのに、言葉までかけられて、嬉しいやら畏れ多いやらで、ノイギーアは危うく立ったまま気を失いそうになった。
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