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3.胃袋をつかむ

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 「須藤さん、今日はお弁当を作ってみたんですけどよかったら食べてみてくれませんか?」

 次の作戦。
 それは胃袋を掴む、である。
 人間食べなければ生きていけない。
 食事の全てを掌握することは難しいが、昼食だけであれば手の出しようがある。

 玲奈の昼食はほとんど売店かコンビニである。
 これら市販の品は、言ってしまえば僕が買いにいかなくても、自分で買って食べるということができてしまう。

 そこで手作り弁当だ。
 僕の料理の味を刷り込むことで、この味の料理を食べたい、僕に作らせるしかないと少しでも思わせることができれば成功だ。

 「奴隷のくせに料理なんてできるのかよ」

 「うち両親が共働きで、小さい頃から一人でいることが多かったので多少の料理ならできますよ」

 多少料理ができるというのは嘘ではない。
 しかし、所詮は男子高校生の一人飯。
 レパートリーはたかがしれていたので、実際は料理動画を参考にしている。
 だがそんなことまで正直に言う必要もない。

 「ふーん」

 玲奈がお弁当を開ける。
 そこにはカツサンドをメインにレタス、プチトマト、サラダチキン、茹でたブロッコリーなどが敷き詰められており、別添えでスティックタイプのマヨネーズと個包装のゼリーがあった。

 もちろんテキトーに作ったお弁当ではない。
 日々パシリにされるなかで玲奈の好物に当たりをつけて作ったものだ。
 玲奈は不良だが、やはり女子高生であり、サラダパスタなどヘルシーなものを言いつけることが多かった。なかでもプチトマトは美味しそうに食べていたように思う。
 しかし、時々ホットスナックの唐揚げを欲しがることもあったので肉が食べたくないというわけでもないだろう。
 そして、おにぎりを買ってこいと言われたことはなく、基本的にサンドイッチがほとんどだった。

 そこから作ったのがこのカツサンドをメインとしたお弁当である。

 「……見た目は悪くないじゃん」

 「ありがとうございます」

 折角早起きして作ったのだ。
 見た目が悪くて食べてもらえなくては話にならない。

 玲奈が弁当箱へと手を伸ばそうとしたときだった。

 「なにそれ、奴隷が作ったの?」

 響が玲奈のとなりに座った。
 タイミングの悪い。
 わざわざ玲奈と二人きりになれるよう手を打ったのだが、そううまくいかないか。

 まあ、来てしまったものは仕方ない。

 「はい、僕が作りました」

 「はははっ、なにそれキモっ!
 覗き見してたやつの手料理とか変なもの入ってそうで食えねぇし。
 そうだよね、玲奈」

 「え……、ああ、うん」

 カツサンドへと伸びていた玲奈の手がスッと戻った。

 (……今日は厳しいか)

 食べてくれそうな雰囲気の玲奈だったが、響に賛同した手前また手を伸ばすことはないだろう。
 胃袋を掴むのはマインドコントロールにおいて有用な手段だが仕方ない。
 他にもまだできることはある。

 「そうですよね、すみません調子に乗ってました。
 すぐに購買に行ってきますね」

 「あっ……」

 僕は手早くお弁当箱を片付けると購買へと向かった。

 ◇

 「次はどうするかな……」

 胃袋を掴む作戦は響の妨害により一時保留となってしまった。
 予定ではこれから毎日お弁当を使って少しずつ餌付けしていくつもりだったが仕方ない。
 玲奈が食べようとする素振りを見せていたことを確認できただけでもよしとするべきだろう。

 それにしても、玲奈をマインドコントロールの標的にするに当たって、響の存在はやはり無視できない。
 嫉妬心を煽る目的で響に話しかけることもあるが、今回のように響の一言で玲奈の行動を妨げられてしまってはたまらない。

 毎日玲奈といるようになって気がついたことだが、校内で玲奈の友達と呼べるような存在はおそらく響だけだろう。
 それが不良だから避けられているのか、それとも玲奈が人付き合いを得意としていないのかはわからない。
 ただ、それによって玲奈は唯一の友達である響に対して依存している面があり、強く出ることができない。
 どうにかして玲奈の中の依存の対象を響ではなく僕に上書きしなければ、マインドコントロールの達成は難しいだろう。

 そこで僕は玲奈から響を離すために策を講じた。
 難しいことではない。
 響の友達の下駄箱に匿名の手紙をいれたのだ。
 内容は「響が玲奈から嫌がらせをされている。二人の姿を見ているのは忍びないので、昼休みや放課後に響に声をかけて玲奈の傍から引き離して欲しい」というものである。
 もちろんそんな事実はないが、玲奈が不良であることを同学年で知らぬ者はいない。
 もしかしたらと思わせることは十分可能だろう。
 響の友達としても、玲奈に意見することはできなくても、響を誘うくらいならそう難しいことではない。

 事実最近は玲菜が響と共に過ごす時間が目に見えて減っている。
 今日も響を誘い出してもらえたと思ったのだが、さすがに毎日というわけにもいかなかったのだろう。

 靴を履き替え、生徒玄関を出ると、そこには玲奈が立っていた。

 「おい奴隷、ちょっとこい」

 「えっ……」

 引きずられるようにして僕は校舎裏へと運ばれていく。
 すれ違う生徒たちは見て見ぬふりだ。
 誰だって不良には関わりたくないだろう。
 僕が逆の立場でも見なかったことにするに違いない。

 「どうしたんですか、須藤さん」

 最近は減ったが、またサンドバックにでもするのだろうか。
 いくら女子とはいえ、殴られれば痛いし痣もできる。
 勘弁してほしいというのが正直なところだ。

 校舎裏に来た玲奈は人目がないことを確認すると僕と向かい合った。

 「昼の弁当はどうした?」

 「……お弁当ですか? さすがに捨てるのはもったいないので帰ってから夕食の代わりに食べようかと思ってたんですけど……」

 「よかった……」

 (よかった?)

 聞き間違いではないだろう。
 今確かに玲奈はよかったと言った。

 「私が食べるから弁当を出せよ」

 「いや、そんな無理しないでください。
 須藤さんに手作り弁当を食べてもらおうなんて自分でも調子に乗ってたなって思ってるんで」

 「いいから出せよ。それはお前が私に作ったものでしょ」

 「確かに須藤さんのために作ったものですけど……」

 「ならその弁当は私のものじゃん。
 奴隷なら主人のものを勝手に食べちゃいけないことくらいわかるでしょ」

 いやいや、まさか。
 これは想定以上かもしれない。

 「わかりました……」

 僕が渋々といった様子で差し出した弁当箱の入った巾着を、玲奈は大切そうに受け取った。

 「弁当箱は明日返すから」

 「須藤さん、ありがとうございます」

 僕は笑顔を浮かべつつ、さも本心から玲奈にお弁当を食べてもらえることを喜んでいるように礼を述べる。

 「はっ、なに? キモいんだけど」

 それだけ吐き捨てると玲奈は足早に去っていった。

 「本当にありがとう」

 まさかもうそこまで玲奈が僕に気を許しているとは思わなかった。
 思っていたよりも僕が奴隷でなくなる日は近いかもしれない。
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