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一章 悪の皇女はもう誰も殺さない

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(どんだけ広いのよ……この宮殿は)

舌打ちしそうになりながらも豪華な扉が開く。
部屋の端から端まである長いテーブルはいつもよりも大きく圧迫感があるものに感じた。
当たり前のように思っていた現実も、記憶が残っているからか感覚がおかしくなってしまいそうだ。

キャンディスがいつもの席に座るが、アルチュールはどうするべきか戸惑っている。
ジャンヌに視線を送るアルチュールに、キャンディスは隣に座るように声をかけると、慌てて待機していた給仕の男性が訳がわからないままアルチュールの椅子を引いた。

恐る恐る椅子に腰掛けたアルチュールだったが、緊張からか体を縮こませて更に小さくなっている。
後ろにいるジャンヌは唇が千切れてしまいそうなほどに噛んで怒りを滲ませているではないか。

(わたくしが親切にしているというのに、ジャンヌは何が気にいらないというのかしら)

アルチュールも今にも泣いてしまいそうになりながらお腹がギュルギュルと鳴っている。
キャンディスはいつものように「早くしてちょうだい」と声を掛けるとザワザワと辺りが騒がしくなっていく。

部屋には肉が焼けるいい香りが漂い、キャンディスの前には食べきれないほどの料理が並べられていく。
キャンディスは牢の中でカビだらけのパンとわずかな水だけの生活を思い出して、この豪華な料理の数々に感動して涙が出そうになっていた。

(な、なんて素晴らしいの……!こんなに豪華な料理を食べられるなんて)

じゅるりと涎が垂れそうになる。
そして改めて二度とあのような目に遭いたくないと思うのだ。
キャンディスはこの環境にいられることや皇女としての生活に生まれて初めて感謝したのだった。

(エヴァが行ったのはついさっきだったのに、アルチュールがいるとわかってこんなに出してくれたのかしら。なかなか使えるシェフじゃない)

そう思っていたが、アルチュールの前には皿もグラスも置かれることはない。
キャンディスは食事に手をつけることなく待っているとシェフが怯えながら出てくる。


「今日の料理はお気に召しませんか?」

「……え?」

「そ、それともデザートを先にお出ししましょうか?」


キャンディスが疑問に思い顔を上げるとパチンと指を鳴らした料理人は「次を持ってこい」と、声を荒げた。
キャンディスは驚いて料理人を引き止めるが、好き嫌いが多く偏食し放題だったキャンディスは気分によって食べるものが変わるため、気に入る料理だけ食べて残すというのが当たり前だったことを思い出す。

(そうだったわ……!わたくしはいつも好き放題していたから)

スッと血の気が引いていく感覚がした。
しかし牢の中の生活を思い出せば、これがどれだけありがたいことだとわかる。

(こんな贅沢をわたくしがしていいのかしら)

それにこのままだと空腹のアルチュールの前で食べるという嫌がらせをすることになり悪の皇女まっしぐらではないか。
キャンディスは首を押さえてから出来立ての美味しそうな料理をさげようとする給仕を急いで引き止める。


「料理はこのままでいいわ。それよりもアルチュールの食器を用意してちょうだい」

「な、なんですと?」

「何度も言わせないで!いいから早く用意なさいっ!」

「…………!?」


黙り込んだままこちらを見ている給仕やシェフを見て、キャンディスの眉がヒクリと動く。


「ちょっとあなたたち、聞いてるのかしら!?」


キャンディスの言葉に訳がわからないと言った様子で顔を見合わせているではないか。
キャンディスが腕を組んで怒りを露わにすると恐る恐る口を開く。


「アルチュール殿下の前で、料理を召し上がるのではないのですか?」
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