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二章
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しおりを挟むマグリットは『ガノングルフ辺境伯』に会えるのを待つ間、何も準備しなかったわけではない。
マグリットは街で食材を探して、使えそうなものをしっかりと吟味していた。
どの調味料を使えば日本食に近い味が作れるのかシミュレーションしながら毎晩考えることが楽しみになっていた。
腐敗魔法がどこまで影響をもたらしてくれるのかはわからないが妄想は捗り続けた。
そして作った調味料を入れる容器も準備万端である。
ガノングルフ辺境伯に断られてもイザックに許可をもらい仕事の合間に研究しようと思っていたが、本人に手伝ってもらえるのならありがたい。
「ま、まずは材料が近い二種類の調味料を作ろうと思っているんですけどっ!味噌と醤油と言って色んな料理に使えますしコクがあって美味しいのです……!お味噌があればお味噌汁に炒め物でしょう?和え物や魚の味噌煮もそれは最高ですし、もし醤油も作れたらお刺身や煮物も作れるようになりますし卵焼きに肉じゃが、納豆なんかも……それからそれからっ」
「お、落ち着け……マグリット」
「味噌や醤油のことを考えるとよだれが止まりませんっ!」
それはマグリットになる前の前世の記憶。
幼い頃は祖父母に山奥にある小さな集落で育てられた。
種や食べ物を物々交換したりして助け合って生きていたのだが、調味料は全部祖母が手作りしていた。
今でこそ思うが調味料を手作りするとなると手間暇がかかる。
幼い頃は当たり前だったのだが、都会に来てから安い金額で味噌や醤油がすぐに手に入ることを知った時の衝撃は今でもよく覚えていた。
いつも祖母のあとをついて周り、毎年手伝っているうちに作り方を覚えたのだ。
手作りならではの懐かしく特別な味を今でも思い出すことができる。
「ミソ、ショウユ……聞いたことのない調味料だが」
「私も聞いたことないですね」
イザックは顎に手を当てて、シシーもマイケルも首を横に振っている。
マグリットは十六年間、この世界で暮らしているが似た味の調味料も見たことはない。
「マグリットはどうやって作り方を知ったんだ?」
イザックの鋭い質問にピタリとマグリットの動きが止まる。
日本に住んでいた前世の記憶があると言っても信じてもらえないだろうし、ましてや味噌と醤油の作り方を何故知っているかといわれても困ってしまう。
「ネ、ネファーシャル子爵家に異国から来たという商人に食べさせてもらって、それから作り方を聞いてメモしていたんです!」
「そうか。興味深いな」
困った時の異国の話をすればいい。
マグリットは幼い頃はよく日本で暮らしていた時に使っていた言葉や前世の話をしてしまい、疑われた時はこうやって誤魔化していた。
「小さな頃だったのでよくは覚えていないのですが、その味が忘れられなくて」
「マグリット様はそんな頃から働いていたのですか!?」
「はい。魔法が使えないとわかってからは使用人として働いておりました」
「まぁ……」
シシーが眉を顰めて悲しそうにしている。
アデルを王子の婚約者にするために金を使っていたので、ネファーシャル子爵邸では常に人手不足だった。
暗い空気を切り替えるようにマグリットは材料をテーブルの上に並べて置いていく。
マグリットが言うのもなんだが、イザックはとてもいい雇い主である。
買い物をしたことがなくその辺りは疎いイザックだが、上司としては最高だ。
マグリットが使用人として働くにあたり、キチンと働きに応じて賃金をもらっていた。
働いた分だけちゃんとお金が返ってくる。
ネファーシャル子爵家で死ぬほどこき使われて、タダ働きだった劣悪な環境とは大違いだ。
イザックが領民にあれだけ慕われる理由もわかるような気がした。
イザックもシシーもマイケルも興味深そうにマグリットの手元にある材料を見ている。
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