16 / 34
⑯
しおりを挟む
「あんたは俺に嘘ついたんだね…」
「嘘??いいや、私は何も嘘は言っていないよ。もちろん、野鳥観察が趣味というのもね。…だが、この村を訪れ、偶然、君を見かけた時は驚いたよ…なにしろ資料として配布されてる赤ん坊の成長予想図と瓜2つだったからね」
君達がこの村を選んだ奇跡と、ここに生息する希少な野鳥たちに感謝したいよ。そう言ってセオドアは、堪えきれずに喉を鳴らしてくくくっと笑った。
「セオドア…あんた、賞金目当てで俺に…?」
「ああ…そう、確かに最初はそうだったよ。でも今は少し違うかな。君と接している間に、欲が出た」
微笑んだセオドアは蓮の身体を軽々と持ち上げると、そのまま小さな唇に口付た。驚きに見開かれる蓮の青い目。そんな彼の驚愕を面白そうな目で見つめながら、セオドアは彼の口の中に舌で何かを押し込んだ。
「んん…んっ、なに…ッ!?」
「金も欲しいが、私は君も欲しい…蓮…うッ!?」
口に押し込まれた物を反射的に嚥下してしまった蓮は、反動の様にセオドアの唇を加減無しで噛み切った。端正な彼の唇から血が噴き出し、瞬間緩んだ腕の中から小さな体が転げるように逃げ出す。
「………っっ」
そのまま狭い庭を一息に突っ切り、縁側から家の中へと逃げ込んだ蓮は、リアムとの連絡用に置いてある携帯を手に取った。
「リアム…リアム……っ」
その間にも、切れた唇を袖口で拭い、セオドアは蓮を追って、ずかずかと土足で上がり込んでくる。伸びてくる彼の長い腕から逃れるように、蓮は携帯を手に持ったまま、様様なものを蹴倒しつつ家の奥へと逃げ込んだ。
早く。早くリアムに連絡しないと。電話して、リアムに助けを求めないと。
気ばかり焦ってなかなか携帯を操作できず、迫ってくるセオドアを目の端に捕えながら、蓮はなんとかリアムに連絡しようと奮闘する。だが、次第に手足が言う事を利かなくなり、そればかりか意識までもが朦朧とし始めた。
「う…う、あ…っ」
さっき飲まされた何かのせいだと解ってはいたが、うっかり飲み込んでしまった以上、蓮にはもはやどうする事も出来ない。
足がもつれ、まともに走れず、何度も何度も転んだ。その度に必死で起き上がり、再び走ろうとするが、もはや膝すらも立たなくなってしまっていた。
「や…来るな…俺に、触る…な…っ」
ついに立てなくなった蓮は、それでも必死に身を隠そうと足掻いた。だが、自分で自分が何をしているかさえ解らない状態では、明らかに彼を捕えようと動くセオドアの手から逃れるなど不可能な話だった。
「触るな……や、だ…」
「やれやれ…手間を掛けさせてくれる……」
庭から一番離れた台所の奥にまで逃げ込んで、そこで動けなくなり蹲ってしまった蓮の小さな体を、セオドアは両腕でいとも易々と抱え上げる。
「や…いや……いや…だ…」
「心配しなくていい。私は君に乱暴したりしないよ…可愛い蓮」
暗い闇に意識を呑まれそうになりながら蓮は、出せなくなった声の代わりに必死に心で訴えていた。
いや。行かない。行きたくない。ここに居る。ここから離れたくない。リアムと居たい。リアムの側に居たい。嫌だ。俺をリアムから離さないで。連れて行かないで。リアム……リアム、助けて──と。
「…………っ」
抱きかかえられたまま運ばれているのか、次第に遠ざかっていく2人の家を、ぼやけた視界で見詰めながら蓮は、ままならない腕を必死に伸ばした。まるでその手の伸ばされた先に、愛するリアムが待っているかのように。
「…………っっ」
けれどついに腕を支える最後の力も萎え、意識は暗い闇の淵に落ちていった。大きな青い目が眠りに落ちるよう閉ざされ、完全にふさがれる一瞬、ぽろりと、小さな水滴が零れて頬を伝って落ちた。
「蓮……蓮…っっ!?」
夕方遅くに帰って来たリアムを待っていたのは、電気も付けていない、人気もない、蓮の消えた2人の家。窓や玄関、庭からの門も開けっ放しで、さらに家の中は色々な物が散乱しており、ここで何かが起こった事は一目瞭然だった。
暗闇に沈む家の中には、朝まではなかった人間の残り香。そして、庭先にポツンと片方だけ残された、蓮の靴。
「…………蓮!!」
蓮が攫われた。恐らくは無理矢理に。恐れていた最悪の事態に、リアムは全身から血の気が引くのが解った。
犯人が誰かなど、聞くまでもない。微かに家に残る人間の匂いが、人狼たる彼の嗅覚にソレを特定させていた。
あの男を怪しいと疑っていた。内心では常に警戒し続けていた。それなのに自分は蓮を1人にした。1人にさせてしまった。
「蓮…蓮……っ!!」
ああ、どんなに、どんなにか、辛かっただろう。恐ろしかっただろう。どれほど自分に助けを求めていた事だろう。家の中の惨状が、蓮の心境と、その場の状況を、ありありとリアムに伝えてきていた。
「…………」
台所に落ちていた蓮の携帯は、液晶画面がひび割れていた。
表示されたリアムの電話番号は、通話ボタンを押されないままで。
「セオドア……ッ!!!」
怒りに燃えるリアムの金色の目の中で、緑がかった薄青い目が笑っていた。
「嘘??いいや、私は何も嘘は言っていないよ。もちろん、野鳥観察が趣味というのもね。…だが、この村を訪れ、偶然、君を見かけた時は驚いたよ…なにしろ資料として配布されてる赤ん坊の成長予想図と瓜2つだったからね」
君達がこの村を選んだ奇跡と、ここに生息する希少な野鳥たちに感謝したいよ。そう言ってセオドアは、堪えきれずに喉を鳴らしてくくくっと笑った。
「セオドア…あんた、賞金目当てで俺に…?」
「ああ…そう、確かに最初はそうだったよ。でも今は少し違うかな。君と接している間に、欲が出た」
微笑んだセオドアは蓮の身体を軽々と持ち上げると、そのまま小さな唇に口付た。驚きに見開かれる蓮の青い目。そんな彼の驚愕を面白そうな目で見つめながら、セオドアは彼の口の中に舌で何かを押し込んだ。
「んん…んっ、なに…ッ!?」
「金も欲しいが、私は君も欲しい…蓮…うッ!?」
口に押し込まれた物を反射的に嚥下してしまった蓮は、反動の様にセオドアの唇を加減無しで噛み切った。端正な彼の唇から血が噴き出し、瞬間緩んだ腕の中から小さな体が転げるように逃げ出す。
「………っっ」
そのまま狭い庭を一息に突っ切り、縁側から家の中へと逃げ込んだ蓮は、リアムとの連絡用に置いてある携帯を手に取った。
「リアム…リアム……っ」
その間にも、切れた唇を袖口で拭い、セオドアは蓮を追って、ずかずかと土足で上がり込んでくる。伸びてくる彼の長い腕から逃れるように、蓮は携帯を手に持ったまま、様様なものを蹴倒しつつ家の奥へと逃げ込んだ。
早く。早くリアムに連絡しないと。電話して、リアムに助けを求めないと。
気ばかり焦ってなかなか携帯を操作できず、迫ってくるセオドアを目の端に捕えながら、蓮はなんとかリアムに連絡しようと奮闘する。だが、次第に手足が言う事を利かなくなり、そればかりか意識までもが朦朧とし始めた。
「う…う、あ…っ」
さっき飲まされた何かのせいだと解ってはいたが、うっかり飲み込んでしまった以上、蓮にはもはやどうする事も出来ない。
足がもつれ、まともに走れず、何度も何度も転んだ。その度に必死で起き上がり、再び走ろうとするが、もはや膝すらも立たなくなってしまっていた。
「や…来るな…俺に、触る…な…っ」
ついに立てなくなった蓮は、それでも必死に身を隠そうと足掻いた。だが、自分で自分が何をしているかさえ解らない状態では、明らかに彼を捕えようと動くセオドアの手から逃れるなど不可能な話だった。
「触るな……や、だ…」
「やれやれ…手間を掛けさせてくれる……」
庭から一番離れた台所の奥にまで逃げ込んで、そこで動けなくなり蹲ってしまった蓮の小さな体を、セオドアは両腕でいとも易々と抱え上げる。
「や…いや……いや…だ…」
「心配しなくていい。私は君に乱暴したりしないよ…可愛い蓮」
暗い闇に意識を呑まれそうになりながら蓮は、出せなくなった声の代わりに必死に心で訴えていた。
いや。行かない。行きたくない。ここに居る。ここから離れたくない。リアムと居たい。リアムの側に居たい。嫌だ。俺をリアムから離さないで。連れて行かないで。リアム……リアム、助けて──と。
「…………っ」
抱きかかえられたまま運ばれているのか、次第に遠ざかっていく2人の家を、ぼやけた視界で見詰めながら蓮は、ままならない腕を必死に伸ばした。まるでその手の伸ばされた先に、愛するリアムが待っているかのように。
「…………っっ」
けれどついに腕を支える最後の力も萎え、意識は暗い闇の淵に落ちていった。大きな青い目が眠りに落ちるよう閉ざされ、完全にふさがれる一瞬、ぽろりと、小さな水滴が零れて頬を伝って落ちた。
「蓮……蓮…っっ!?」
夕方遅くに帰って来たリアムを待っていたのは、電気も付けていない、人気もない、蓮の消えた2人の家。窓や玄関、庭からの門も開けっ放しで、さらに家の中は色々な物が散乱しており、ここで何かが起こった事は一目瞭然だった。
暗闇に沈む家の中には、朝まではなかった人間の残り香。そして、庭先にポツンと片方だけ残された、蓮の靴。
「…………蓮!!」
蓮が攫われた。恐らくは無理矢理に。恐れていた最悪の事態に、リアムは全身から血の気が引くのが解った。
犯人が誰かなど、聞くまでもない。微かに家に残る人間の匂いが、人狼たる彼の嗅覚にソレを特定させていた。
あの男を怪しいと疑っていた。内心では常に警戒し続けていた。それなのに自分は蓮を1人にした。1人にさせてしまった。
「蓮…蓮……っ!!」
ああ、どんなに、どんなにか、辛かっただろう。恐ろしかっただろう。どれほど自分に助けを求めていた事だろう。家の中の惨状が、蓮の心境と、その場の状況を、ありありとリアムに伝えてきていた。
「…………」
台所に落ちていた蓮の携帯は、液晶画面がひび割れていた。
表示されたリアムの電話番号は、通話ボタンを押されないままで。
「セオドア……ッ!!!」
怒りに燃えるリアムの金色の目の中で、緑がかった薄青い目が笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。
オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる