上 下
7 / 11

白い手の女

しおりを挟む
 あの日から3日──だが、あれから竜には、再び会えていない。

「…そんな事を、竜くんが…?」

 乾一さんには竜が話してくれたことの一部始終を話した。もちろん、竜が俺の事を『恭平ではない』と断言した件については言っていない。なぜなら今それを告げたとしても、熱に浮かされた竜が勘違いしたのだろう、と軽くあしらわれて終わりになるのは目に見えていたからだ。

 だが、それでもどうしても俺は、竜が言い残した『あること』が気になって、これだけは他の兄弟達にも知っておいて欲しかった。

 あの時、突然、容体が悪化した竜は、苦しい息の下、それでも切れ切れの言葉で俺に忠告してくれたのだ。

「白い…手の、女…気を付けて…」

 危険だ、と、言外に込められた竜の言葉に、俺は、言い様の無い恐怖と衝撃を覚えた。

「なんでそれを…?」

 夢の中の女。縋りついてくるような白い手。
 嫌悪と恐怖をしか覚えない、夢の中の顔のない女。

 俺は、あの夢のことを兄妹の誰にも話していない。
 正直『ただの夢だ』と思うから黙っていただけだが、それをなぜ初めて出会ったはずの竜が知っていたのか。そして『気を付けろ』とはいったいどういう意味での警告なのか。

「夢の女が危険…?」
「なんでしょう…気になりますね」
 食卓に竜を除く全員が集まった時を狙って、俺は、竜が口にした言葉を皆に切り出した。ついでに、俺が恭平として目覚めて以来、ずっと悩まされていた白い手の女の夢についても。
「女のお化けかな?」
「ストーカーとかじゃないの?」
 弟達は呑気な調子で冗談っぽく話していたが、乾一さんは相談した俺が少し引いてしまうくらい真剣な顔で、最後まで夢の話を聞いてくれた。それからしばし何ごとか考え込んでいたが、結局、申し訳なさげな顔で今は竜に会わせてやれないと首を振る。
「竜くんに聞いてあげたいですけど…あれからずっと眠ったままなんです」
「………そう、なんですか」
 会えても話を聞けないのでは意味がなかった。
 残念ではあるけどそれより何より、眠ったままという竜の様子が気にかかる。病院へ連れて行った方がイイのではないか?それが無理だと言うなら、せめて医者に往診を頼んでみるとか。
「竜くんのことは心配しなくても大丈夫。けど、それよりも恭平君こそ気を付けてください」
「え…………?」
「あの子が危険だと言うなら、本当にその『白い手の女』は危険なんです。ひょっとすると恭平君に害をなす存在かも知れません」

 まさか。そんなことある訳が。
 ただの夢なのに。現実で会った覚えもない女なのに。

「……はは、そんな……」
 『単なる夢なんだから、マジに脅かさないでよ』と明るく茶化しかけた俺だったが、乾一さんや他の兄弟達の真剣な表情や気配を察すると、そんなふざけた軽い言葉は口から出て来なくなってしまった。
「もし、変な女に絡まれたら、俺らに言うんだ。良いな、恭平?」
「あ……う、うん」
 ちょっと苦手に感じていた強面の真也さんが、ひどく心配げに俺の肩を両手で掴み、さらには俺の身を案じる言葉をかけてくれたのには少なからず驚いた。なにしろ大変申し訳ないが、俺、彼のこと『夢の話なんか、まともに取り合ってくれない人』だと、勝手にそう思い込んでいたからだ。
「……………」
 ひょっとしてこの人は、その強面の顔と体格の良さとで、損をしている人なのかもしれない。などと、初見の印象を脳内でほんの少しだけ改める。
「この商店街の周辺なら、顔見知りも多いことですし、そう心配することはないかも知れませんが…学校の行き帰りと、遠出する時は気を付けてください」
「あ……はい」
 邦彦さんは『念には念を』と食器棚の引き出しを開けると、そこからテレフォンカードを数枚取り出し、俺の手に押し付けるようにして手渡してくれた。万一の場合はこれで、公衆電話から連絡しろと言うことだろう。それを見ていたカオルくんが、ふいに何か思い出した顔で、
「こういう時さ~100年前まであったケータイ?スマホ?だっけ?あれがあったら良かったのにね」
 と、残念そうに言いながら、目には見えない何かを耳に当てる仕草をした。
 
 カオルくんの言う通り、100年前、G.Gが起こる前までは、持ち歩き出来るほど小さな電話機があった。

 だが、前にも言ったように、大災害後の混乱で失われた技術や知識は数多く、そのため、過去にあって未だ再現できぬ商品もまた、数え切れぬほどたくさん存在していたのである。
「ロスト・テクノロジーか……」
 携帯電話機──スマートフォンとか言ったか?それも、その失われた技術の内のひとつで、わずかに残された資料や遺物などを基に再現しようと、各国の研究機関で開発が続けられているようだが、成功したというニュースはどこからもまだ聞けていない。
 少し前にG.Gの特番で有識者とやらが言っていたが、100年前、電子機器のほぼすべてがオシャカになり、また、奇病で科学者や知識人も多く亡くなったこと──そしてさらに、災害後の混乱を収束するのに20年もの月日を要したことが、ロスト・アイテムを多く出すことになった要因なのだとか。

 ちなみに100年かかって復興した科学技術は、せいぜい日本で言うところの『昭和』時代まで。
 G.G前までの水準に戻すには、あと10数年はかかる見通しらしい。

「まあ確かに、ケータイあれば、なんかあってもすぐ伝えられるよな~」
「あれひとつで色々調べられるんだってね!凄いよね!」
「そんな便利なのあったら俺も欲しいな~」
「ええ。確かに。あと、カオルくんと空くんにはGPS?あれも必要ですね。どこで道草喰ってるか、何を食べ歩きしてるか、すぐわかりますから」
 無い物ねだりの空想をして楽しんでいた空くんとカオルくんは、乾一さんにやんわりとくぎを刺されると、2人揃ってばつが悪そうに『うへえ』と首をすくめたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

処理中です...