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恥ずかしいから見ないで

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「……はぁ」
「うん、なんか疲れたね」

 深い深いため息をつくチャーリーの背中を撫でながら、私は思いっきり同調する。いや、さっきのバカは疲れた。
 なんでアレで騎士団長やれてるんだ。

 って思ったら、思いっきりトメの縁故だったよ。

 もはや悲しみしかない。
 あの後、副団長に会った時、彼の悲しそうな顔が忘れられない。うん。絶対左遷しよう、あのオッサン。叩けばいくらでもホコリ落ちてくるだろ。
 ちなみに魔物討伐軍は副団長に一任した。
 あのオッサンには何も任せられない。絶対に、だ。

「とりあえず、これでひと段落かな。明日に備えて準備しないと」
「討伐軍は明日、私も出陣するね」
「いいの?」

 目を大きくさせて、チャーリーは私の方を向く。

「そりゃ国難ですから? 正直、あのオッサンの元で騎士団がどれだけ鈍くなったか分からないからね……」
「ああ、うん」

 チャーリーの表情も少し悪くなった。
 シフトやら何やら細かく見れてないけれど、大分たるんでる気がする。
 その状態で魔物討伐なんて出したら、最悪犠牲者が出るかもしれない。

 あと、まぁ、それに? こう、ストレス発散もあるし。

 ああ。お姉ちゃんだったらとっくにどつき回してるんだろうなぁ。
 密かに遠い目になりつつ、私は気合を入れなおす。

「いや、ごめんね、本当に」
「気にしないでってば。それに、さっきはちゃんと守ってくれたし」

 ちょっと男を感じてきゅんきゅんしてしまったのは内緒だ。

「いや、咄嗟に身体が動いてね。大事な人だから」
「――っ」
「あれ、メイ。顔が赤くなってない?」
「恥ずかしいから見ないで」

 私はたまらず両手で顔を覆った。ちくしょう。
 馬車の中でよかった。
 いきなり大事な人とか呼ばれたら照れるでしょう、普通っ!

 なんとか顔が落ち着きを取り戻した頃、馬車は自宅に着いた。

 早速準備をしなければならない。
 私は全力ダッシュで(ウトとトメに遭遇しないよう)自室に戻り、準備を整えていく。嫁入り道具の一つとして持ってきた鎧と斧を持ち出すためだ。
 本当は袖を通すつもりなかったんだけどなぁ。

 でも言ってられない。

 今は王国を守るのが最優先である。
 じっと鎧を前にしていると、チャーリーが部屋に訪れた。作戦会議だ。

「明日のプランを練ろう。情報が手に入ったから」
「分かった」

 私はすぐに頷いて、テーブルに地図を広げる。
 魔物は大きく三つの集落に分かれているようだ。それぞれゴブリン、コボルト、ウェアウルフの集団だ。

 一番厄介なのはウェアウルフだろう。

 狼人間とも言われていて、獣人に限りなく近い怪物だ。ただ、獣人と違って野生的。というか粗暴。筋力も人間を軽く凌駕してくるし、連携も取ってくる。一応言葉は話せるし通じるんだけど、話し合いでなんとかなる確率は限りなく低い。
 うっかりしなくても一撃で首をもぎ取られ、後はナマの食材になってしまう。

 幸い、数は少ない様子だ。

 うーん。仕方ない。コイツらは私が相手しよう。
 三つの集落は微妙に近い。それぞれで連携はしないだろうけど、一度に襲わないとバラバラに逃げ回られそうなのがイヤなのよね。
 特に今回の討伐戦は殲滅戦じゃない。あくまでここはお前らの住処ではないと教えるために戦う。だから、憎しみを生む殺傷ではなく、痛めつけて退却させるのが目標になるので、まとめてお引取り願いたいのである。

「このウェアウルフは私に任せて」
「……一人で大丈夫なの?」
「うん。大丈夫。斧持っていくから」

 自分の得物を見つつ、私は答える。
 一瞬チャーリーが顔を引きつらせたけど気にしないことにする。いや、気にしてはいけないのである。

「……危なかったらちゃんと逃げること。それなら、僕が騎士団を二つに展開させて二つの集落を一網打尽にするよ。副団長なら、もう片方は指揮できるだろうし」
「分かった。じゃあその手はずで。進軍ルートはどうしよっか。こっちから?」
「そうだね。兵站も確保しやすいし……うん、数は大体これくらいで」

 そこからの話し合いはスムーズで、あっという間に作戦会議は終わった。後は実行するのみ、である。
 ふう、と一息ついたタイミングで、旅行プランナーがたずねてきた。

「もう手配できたの? 早いわね」
「いえ、あの、そうではなく……」

 出迎えるなり、旅行プランナーの顔は青かった。
 あ、あれぇ? これって、ピンチ?
 そこはかとなくイヤな予感がした私に、旅行プランナーは今にも酸欠を起こしそうなくらいの表情で私を見た。

「あ、あの、お願いですので、これから話すことを聞いても食べたりしませんか……?」
「食べるって、誰が、何を?」
「あ、あの、奥方様が、私を……」
「私にそんなアブない趣味はないわよっ!? 誰からそんなおぞましいこと聞いたの!?」
「王様と王妃様です……」

 よし殺そう。

「落ち着いてメイっ!?」

 ぬらりと能面で立ち上がった私の手を、チャーリーが慌てて掴んで制してくる。
 う、いけない。今本気でヤりにいこうとしていた。
 私は一生懸命深呼吸してから、席に座る。

「とりあえず話を聞かせてくれないかな。旅行プランに何か問題でも?」
「はい。今朝方に手配のメドがついたので、プランの説明に上がったのですが、その……」

 チャーリーに促されても尚、プランナーは言いよどんでしまう。

「ムチャ振りされたんだ?」
「率直に申し上げますと。王様と王妃様が更なる要望を出してこられまして……その、旅行の、特に食事について、その」
「グレードアップしろって言われちゃった?」

 チャーリーに誘導されて、プランナーはうなずく。どうやら新しい無理難題を押し付けられたようだ。

「その、奥方様の食事代金や、移動費用などを削れば捻出できるだろう、と……」
「よし、処そう」
「っと待ったチャーリーっ! 落ち着いてっ!」

 無表情で立ち上がったチャーリーの袖を、私は慌てて引っ張った。
 あ、危ないっ! 今絶対に本気だったよこの人!

「とめないでくれ、メイ。僕の愛する人がここまで無碍にされて黙ってられる程、僕は人間できてないから」
「うん。それはすっごい嬉しいんだけど……」
「ああ、メイ。僕の大事なメイ」

 チャーリーは泣きそうになりながら私を抱きしめ、背中をさすってくれる。
 うん、ああ、落ち着く――。

「あの。一応私がいるんで、イチャコラは……」
「「ごめんなさい」」

 申し訳なさそうに苦情を申し立てられ、私とチャーリーは二人して赤面しながら居住まいを正した。
 ともあれ、ここにきて予算増額はいただけない。
 しかも、机に置かれた資料を見ると結構な増額だった。国庫が決して豊かじゃないし、これから吐き出す予定としてはあまりよろしくない。

「これ、どうしよっか」

 とはいえ、断ったとしてもウトとトメの期限が悪くなるだけだ。百害あって一利なし、である。
 チャーリーは少しだけ腕を組んで考え込み、うん、と頷いた。

「よし、こうしよう。ニセモノを食わせればいい」

 しれっとあっけらかんと、チャーリーは爆弾を投げ込んできた。




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