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恨みの末に

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 そして一年の月日が巡る頃。

 衝撃的な事件が発生する。
 その日も、アイナは執拗な攻撃を受けていた。
 せっかく治りかけていた背中の皮膚がまためくれあがり、血が滲んで深い傷を作る。げほっ、とせき込むが、声は出ない。

 アイナの喉は何度も壊されては再生を繰り返していて、完全に変質してしまっていた。

 どれだけ声をはろうとしても、しゃがれた声しか出ない。

 だからもう普段の会話さえままならなくなってしまい、アイナはすっかり日常的に黙り込んでしまうようになった。
 しかしそれは、従順になったワケではない。

 ――こうなったのは、姉のせいだ。

 アイナの復讐心は深く深く芽生えていた。

 ——本来は姉がこんな目にあうはずだった。

 自分のしてきた罪など忘れ、自分の愚かな行為も忘れ。
 アイナは恨みを募らせていく。
 とてつもない衝撃を受けて、アイナはまた床を這いつくばった。顎を打って、ぐらりと視界が歪む。それなのに、背中を穿つ衝撃が止む気配はない。

 凄まじいばかりの罵倒もやってきた。

 辺境伯が喚いている。
 何を喚いているのか、頭が理解を拒否している。
 それだけヒトとしての尊厳を損ねるような言葉の数々だ。

「ゆる、さな、い……ゆ、る、さな、い……っ!」

 アイナは決心していた。
 決行日は、今日。
 本当なら、結婚記念日になるはずだった。誰よりも幸せのはずで、誰よりも祝福されなければならないはずの自分だった。
 なのに、どういうことだろうか。
 怒りのまま、アイナは起き上がる。

「なんだ? 今日は貴様が奴隷になった記念日だ。特別メニューだぞ? 泣いて喜べ。いつものように、いや、いつも以上に!」

 辺境伯がそう告げ、夥しい棘のついた鞭を取り出す。
 日頃から特別製だとうたっていた代物だ。
 アイナは構わなかった。
 棒立ちすら難しい身体を引きずって、ゆらりと動く。鮮やかに距離を詰めると、その鞭が容赦なく振り下ろされた。
 それは不覚にも顔面を捉え、皮膚を抉る。
 それでもアイナは止まらない。
 懐へ飛び込むと同時に、手に隠し持っていたナイフを突き出す。予想以上に軽い手ごたえで、ナイフは辺境伯の胸を深く突き刺した。

「あっ……?」

 一瞬だけ、信じられないような声を出す。
 次いで、真っ赤な血が服に滲み出る。その大量さは、明らかに助からないことを物語っていた。
 アイナははじめて嗤う。

「まだ。まだよ」

 声にならない声を出しながら、崩れ落ちる辺境伯に跨り、近くに転がっていた鞭を取り出した。
 そのまま、腕がちぎれるかのような勢いで鞭を振り下ろす。

「まだ、まだ。あんたが終わったら、アイツの番なんだから」


 ◇ ◇ ◇


 その日の農作業は、いきなりの大雨で作業中断せざるを得なくなった。
 外で作業するのだから、当然こういう日もある。
 慌てて雨宿りをするため、私は大木に身を寄せた。この大木は葉も大きければ密度も高く、雨も防いでくれる。
 とりあえずタオルで顔を拭っていると、足音がした。

 不気味な、足音だった。

 私は思わず顔を上げると、そこにはヒトが立っていた。
 ボロボロどころか、血塗れのドレスに、傷だらけでやせっぽちの体躯。雨に濡れたせいだろうか、長らく手入れされていない伸ばし放題の髪は顔を半分以上隠している。

「——誰?」

 誰何すると、それは嗤った。

「妹を忘れるなんて、ヒドい姉ね」

 しゃがれた、いや、潰れたかすれ声。そして髪がかきあげられ――顔に大きい傷を走らせる痩せこけた女。
 もはや面影すらないが、はっきりと分かる。

 義妹——アイナだ。



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