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5.笹ならアイテムボックスさ

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 前にパンダ、後ろにカルミアとサンドイッチ状態になる俺。
 動けん。

「分かった。俺の負けだ。だから、離してくれ」
「神獣をいじめないでくださいますか?」
「うん。誠に遺憾ながら、笹をこいつの目の前に持ってくる」
「分かりました」

 ようやくカルミアが体を動かしてくれたので、パンダの生暖かい腹から顔を離すことができた。
 勝ち誇ったようなパンダの顔にまたしてもイラっとするが、グッと堪える。
 お前のためじゃないぞ。カルミアのお願いを聞くだけだからな!
 
「パンダが食べるのは笹でいいんだっけ?」
「はい。色が変わった笹は暖めなければ、葉が枯れて落ちてしまうのですが、わたし一人ですと手が回らず……」
「寒くなると紅葉して葉が落ちる、自然なことじゃないか」
「落ちてしまうと神獣の食べ物がなくなってしまいます」

 笹の木は落葉樹らしい。
 彼女の物言いからすると、人力で暖め、葉を維持する手段があるってことか。
 ここに連れてこられた生贄は彼女だけじゃない。
 「一人になってしまった」と彼女は言っていた。つまり、彼女以外にも人がいたってことだ。
 つまりだな。
 人が減る。笹を暖める人手が足りなくなる。寒くなるとパンダの食べる笹が減る。パンダの腹が鳴る。生贄が補充される。
 というサイクルでパンダが維持されているんじゃないだろうか。
 
「ところでカルミア」
「はい」
「パンダは自分で木に登って笹を食べるのか?」
「元気な時はそうです。落ちていく笹の葉に心を痛めており」
「……もういい……笹をあいつにやってから聞きたいことがある」
 
 こくこくと頷くカルミアをよそに、笹の木へ手をやる。
 収納!
 笹の木から緑色の笹だけ一瞬にして無くなった。

「な、ななな、何を」

 大きな目を見開いたまま、カルミアはペタンと尻餅をつく。

「うまくいった。暖めるってのをやってみてくれないか?」
「は、はい」
 
 立ち上がったもののカルミアの脚が小鹿のように震えている。
 彼女の肩を支えると、自分で体重を支えきれないのか俺に寄りかかってきた。
 さっきから彼女を驚かせ過ぎだな……。
 ようやく脚に力が戻ってきた彼女は木に手のひらをつけ、目を瞑る。
 ふわりと彼女の新緑の髪が浮き上がり、紅葉した葉がみるみるうちに緑色に変わっていく。
 
「すげえ!」
「そ、そうでしょうか。ここは森の精霊の力が非常に強く、これくらいなら誰でもできます」
「できないって。すかさず、回収」
「はわわわ」
 
 今度はカルミアが驚きの声をあげた。
 残った葉を全てアイテムボックスに収納する。

「少しだけ待ってくれ。確認する」
「はい?」

 ええと、確か「表示」と念じるんだったな。
 心の中で表示と呟くと、アイテムボックスに収納されたアイテム一覧が視界に映る。
 目で追うと目録が流れていき、笹の葉があることが確認できた。
 同じアイテムはスタックできるようになっていて、笹の葉の数が表示されている。
 5200枚だってさ。木をまるまる一本となると中々の数だな。
 
 パンダの元に戻り、手のひらを掲げる。

「ほら、たんと喰え」

 ドサアアアっと先ほど収納した笹の葉をアイテムボックスから出す。
 積み上がった笹の葉を掴み貪り喰らうパンダ。
 その様子をガクガクと脚を振るわせながら見守るカルミアであった。

「座った方がいいんじゃ」
「そうします」
「そうだ。紅茶でも飲むか?」
「紅茶? ハーブティみたいなものですか?」
「そんなところだよ」

 王宮での晩餐会の際にいろいろ拝借してきたんだよね。
 アイテムボックスの効果を確かめるため、いくらでも収納していいって言うからさ。
 思えばあれが最後の晩餐だったというわけだ。
 あいつら。覚えていろよ。
 いかんいかん。あいつらのことは後から後から。
 熱々のティーポットとティーカップをアイテムボックスから出し、紅茶をティーカップに注ぐ。

「ま、また。出てきました!」
「アイテムボックスというやつらしい。結構便利なんだ」
「便利すぎます!」
「は、はは。でも俺は精霊の声なんてものは聞くことができないから、お互い様だよ」
「……そういうことにしておきます……熱っ。あ、やっぱり、そういうことにはできません!」
「ん?」
「アイテムボックスという空間魔法は、時間も止めちゃうんですね! そんなとんでも魔法と一緒にはできません!」
「は、ははは。紅葉した笹の葉を元に戻した瞬間に収納すれば、維持する必要もなくなる」
「はい! レンさんはわたしにそれを伝えるために、紅茶を出してくださったのですね!」

 そう言うわけじゃないんだけど、まあいいか。
 パンダの腹も膨れたことだし。
 本題に入る前にいろいろやったわけだけど、ようやく彼女から事情を聞くことができる。
 
「不思議に思っていたのだけど、森エルフの集落には沢山の人がいた。何で『生贄』と呼ばれる人たちだけが笹の木の維持をしつつ、パンダの世話をしているんだ?」
「わたしもここに来て、同じ疑問を抱きました。いくつか理由があります」
「ほほお」
「まず、ここには見えない壁があります」
「何だって!」
「わたしは神獣が結界を張っているのだと思っています。『生贄』を呼ぶ時だけ、一時的に結界が開きます」
「開くなら開いた時にみんなで入れば」
「恐らくですが、入ることはできないと思います」

 森エルフの二人が俺を見送った場所が中と外の境界線付近らしい。
 「この先だ」と麗人が言っていたのだけど、何故パンダの元までちゃんと連れて来なかったのだろうか、少し不思議だったんだ。
 入りたくても入れないなら辻褄があってしまう。
 
 悩む俺に向け、カルミアが言葉を続ける。
 
「他にはわたしも含め、森エルフはみな、神獣が『肉を欲している』と勘違いしていることです」
「餌がなくなり、生贄を求める……だよな。確か、俺をここに連れてきた森エルフたちもそんなことを言っていた」
「はい。生贄は事情を知っていますが、外に出ることが出来ず、外にいる人も中の事情を知ることができない。更には神獣が求めた時にしか見えない壁が開かない」
「開いても、生贄になる人以外を通さない、ってわけか」
「はい。ですので、今の状態になっているというわけです」

 つまり、全部呑気に笹を貪り喰らっているこいつが原因ってわけか!
 やはり一発殴らねば。
 
「だから、暴力はダメですうう!」
「ええい、離せ。森エルフの悲しみは相当だったんだぞ。生贄に捧げる犠牲者を出したくないがために、大金を払って人間の国から俺を買って生贄にしたんだが、俺に相当同情していたくらいだったんだ!」
「でも、神獣もわたしたちの事情なんて知りません!」
「それでもだよ! ええい、離せ、離すのだ!」
「離しませんー!」

 ゴロゴロと地面を転がる俺とカルミア。
 後ろから羽交い絞めにされていたのだが、俺が抵抗するうちに体勢が変わり向かい合う姿勢になってしまう。
 息がかかるほどの距離でお互いを見つめ合うことに。
 
「すまん」
「分かってくれたんですね!」

 そっちじゃないと突っ込むのも気が引けるため、彼女から離れ、憮然とした顔であぐらをかく俺なのであった。
 
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