20 / 35
第20話 おそらく平和な日常
しおりを挟む「おにーちゃんおっはよー!」
翌朝、元気のいい挨拶と共に布団が勢いよく剥ぎ取られた。
「………………はっ!」
同時に、僕は悪夢から目覚める。
「ふぇ……な、なにごと…………?」
「おにーちゃんおっはよー!」
いきなり起こされたせいで頭が働かない。僕は周囲をきょろきょろしながら何度も瞬きをする。
ベッドのすぐ横に立っていたのは、花柄の浴衣を着た湊の姿だった。
いつも通りだから特に驚きはない。
「う、うぅ……っ」
――それにしても、眠い!
昨晩も黒いローブを着た変な人達に召喚される悪夢を見ていたので、全然寝た気がしないな……。
「おにーちゃんおっはよー!」
「も、もう少しだけ……寝かせて……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「うぅ……もう少し……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「おはよう……ございます……」
根負けした僕は、大人しく起き上がった。
「ちゃんと起きられて偉いねお兄ちゃん!」
「…………ど、どうも」
快眠するためにお祓いにでも行こうかな。……というか、月城さんにお願いしたら祓ってもらえるかも。
でもそんなことしたら、呪いじゃなくて僕の人格の方が祓われそうだ。中学生の時、裏で幽霊って言われてたし……。
「うっ…………!」
悲しいからこれ以上は考えないようにしよう。
「と、ところで湊……」
僕は気を取り直して、朝早くに起こしにきた湊の方を見る。
「聞きたいことがあるんだけど……」
「なに?」
「今日……休みの日だよね……?」
「そう! 今日は土曜日だよ!」
「じゃあお兄ちゃん、もっと寝てても良いよね……?」
「だめ!」
満面の笑みで答える湊。
「ど、どうして――」
「お兄ちゃん、今日の予定は?」
僕の問いかけを遮《さえぎ》り、そう聞いてくる。
「お、お家でゲームして、ごろごろします……」
「知ってた! お兄ちゃんに予定なんてあるわけないよねー!」
「………………」
僕はもう一度布団をかぶり、目を閉じた。
「ご、ごめんねっ! 言いすぎちゃった!」
「本当のことだから……言いすぎなんかじゃないよ……でもつらいから寝るね。おやすみ……」
「おにーちゃん……」
次の瞬間、僕の布団が再び勢いよく剥ぎ取られる。
「どさくさに紛れて寝ようとするんじゃないッ!」
どうやら、目論見がバレてしまったらしい。
「ど、どうして寝かせてくれないの……?」
このままでは埒があかないので、仕方なく理由を聞いてみることにした。
「まさかお兄ちゃん……忘れちゃったの!?」
すると、湊は驚いた様子で言う。
「えっと……?」
まったく心当たりがないけど、何かあったっけ? 記憶を探って必死に思い出そうとしていると、湊が言った。
「今日は、ボクとお兄ちゃんと渚の三人で映画を見に行くって約束だったでしょ!」
「えいが…………?」
おかしいな。そんな約束をした覚えはないけど……。
「忘れちゃうだなんて、お兄ちゃんはひどいよ……ボクは今日という日をこんなにも楽しみにしてたのに……ぐすっ」
湊は目を潤ませて僕のことを見つめる。
「ご、ごめんね……!」
「まあ、ウソなんだけどね」
慌てて謝ると、湊は平然とした様子で言った。
「今の嘘……つく必要あった……?」
「ないよ! お兄ちゃんの反応が面白かったからついからかっちゃった! ごめんね!」
「このぉ……!」
まったく、湊は人のことをからかうのが好きだから困る。一体誰に似てしまったのだろうか。
そういえば、小さい頃の僕もこんな感じだったような気がするな。
……僕だった。
「本当はボクと渚とお母さんの三人で見に行くはずだったんだけど、お母さんは急に仕事が入って行けなくなっちゃったんだって。だからお兄ちゃんに連れてってもらえって言われたー! ――チケットもちゃんと三枚買ってあるよ!」
「そうなんだ……」
たぶん、母は最初から僕を外へ引っ張り出すつもりでそんな約束をしたのだろう。湊も映画を楽しみにしてるみたいだし、チケットまで買われていたら断り辛い。
僕はお家でごろごろしていたいのに……。罠にはめられた。
「頼りにしてるよおにーちゃん!」
「う、うん……」
そんなことを言われても、渚と湊と僕の三人で外出する場合、一番頼りにならないのは僕だ……!
「え、映画見に行くだけなんだから、この世の終わりみたいな顔しないでよ……」
「い、いや、そういうわけじゃないよ……!」
湊が悲しそうに俯いてしまったので、僕は慌てて言った。
「ボクね、たまにはお兄ちゃんと一緒にお出かけしたいな……」
すると、上目遣いでこちらを覗き込んでくる湊。
すごくあざとい。研究された可愛さを感じる。
「…………ところで、何の映画を見るの?」
断るわけにもいかないので、僕は湊に問いかけた。
「ん……? 高校生が青春する恋愛映画だよ!」
すると、絶望的な答えが返ってくる。
「ひっ! ひっ! ひっ!」
「過呼吸になってる……」
湊は呆れた様子で僕の背中をさすってくれた。
「ウソだよ。ほら、最近話題のホラー映画、あるでしょ?」
「ふーっ、ふーっ……」
「ガチで追い込まれてるじゃん…… お兄ちゃんはいちいち反応が面白いね!」
「あ、あんまりいじめないでください……」
「人聞きが悪いなあ。ボクはからかってるだけだよ!」
だけど、ホラー映画なら僕でも見ることができそうだ。
なぜなら、仮にカップルが出てきたとしても生き残る確率が低いから。一安心である。
一つ問題があるとすれば、そもそも僕は怖いものが苦手だということくらいだろうか。
「……で? お兄ちゃんはもちろん一緒にお出かけしてくれるよね!」
「が、学校のお友達とかを誘えば良いんじゃ――」
「ありがとうお兄ちゃん! じゃあ早く着替えて準備してね!」
湊との会話が一番ホラーかもしれない。
「せっかくだし、今日はボクが美味しい朝ご飯を作ってあげる! お兄ちゃんのこと起こしちゃったお詫びも兼ねて!」
でも優しい……。
「だからお兄ちゃんは渚を起こしてきてね!」
「は、はい」
飴と鞭を使い分けられている……弟に。
「二度寝しちゃだめだよ!」
湊はそう言い残して僕の部屋を後にし、ばたばたと階段を降りていった。
「……起きるしかないか」
僕も自分の部屋を出て、階段のちょうど目の前にある渚の部屋を訪ねる。
「……渚、朝だよ。映画見に行くんでしょ?」
ドアをノックしてそう呼びかけてみるが、返事はない。休みの日の渚は僕以上に寝起きが悪いから、予想通りだ。
僕は仕方なく、ドアを開けて中の様子を伺う。
「うわぁ…………」
そこに広がっていた衝撃的な光景を目の当たりにし、思わず言葉を失った。
「こ、これは…………っ!」
壁にたくさん掛かっている謎の鎖。足元に転がる死神が着てるやつみたいな黒いマント。そして、無駄にかっこいい竜の意匠があしらわれた剣。
さらに、敷かれている絨毯《じゅうたん》には六芒星の魔方陣が描かれていた。
「す、すごい……」
あと豆電球が点いている。
漆黒のダークネスイリュージョン・ナギサは、部屋が真っ暗だと怖くて眠れないのだ。
――と、それはおいといて。
「前よりすごくなってる…………!」
ちょっと見ない間に、どんどんと部屋の内装が厨二仕様になっている。渚の部屋はどこを目指しているのだろうか。僕はとても不安な気持ちになった。
それと、所々センスが厨二というより小学生の男の子っぽいのはなぜなのだろう。竜の剣とか、小さい頃の僕が振り回してたやつだし。一体誰に似てしまったのだろうか。
……僕だった。
「二人とも……小さい頃の僕に似てるだけだ……!」
認めたくない事実だ。僕なんかに似てしまったら、二人の今後の人生が悲惨なことになってしまう……! どうにかしないと……!
「うーん……むにゃむにゃ……」
「…………はっ!」
一人で勝手にネガティブな妄想を膨らませていた僕だったが、渚の声で我に返る。
――とにかく、今は渚を起こさないといけない。
僕は足元の剣やマントを踏まないようにそっと移動し、どうにか渚のベッドへ辿り着く。
「渚、起きて」
そして、寝ている渚の体を軽くゆすった。
「う、ぅう、我を呼ぶのは……一体何者だ……!」
「お兄ちゃん」
「…………ふっ。何人も、我が眠りを妨げることはできぬ!」
「起きてるよね?」
僕は思わずそう問いかけるが、渚からの返事はなかった。
じゃあ、今のは寝言? 渚は寝言までこんな感じなの……?
そういえば、外国へ行ってずっと英語を話し続けていると、寝言まで英語になるって話を聞いたことがあるけど……渚も似たようなものなのだろうか。
思ってたよりさらに重症かも……?
「ククク、どうした? 手も足も出ないのか……」
「渚、朝だよ起きて!」
「ん…………?」
僕が頑張って大きな声を出すと、ようやく渚は目を見開いた。
「あ……お兄ちゃん」
「寝言がすごかったけど……大丈夫……?」
「……ううん……だいじょうぶじゃない」
渚は眠そうに目をこすりつつ、ベッドから起き上がった。
基本的に寝起きが悪いので、すごくテンションが低い。
「顔……洗ってくる……」
「行ってらっしゃい……」
まだ寝ぼけているらしく、ふらふらと部屋のドアまで歩いていく渚。
「んぎゃっ?!」
途中で剣を踏んずけて悲鳴を上げ、悶絶する。
「だ、大丈夫?!」
「いったい……くそっ……」
「ちゃんと片付けないとだめだよ……!」
「……うん……ごめんなさい」
とても痛そうだった。哀愁漂うその後ろ姿を見送りつつ、僕は呟いた。
「寝起きは素なんだ……」
寝言はあれなのに。意外な発見である。
「まあ、当然か……」
それから、廊下にある洗面所でばしゃばしゃとする音が聞こえた後、渚が戻ってきた。
「ただいま」
「お、おかえり」
まだ寝ぼけてる。
「着替えないと……」
そう言って、僕の目の前でパジャマを脱ぎ始める渚。
「あの、いくら影が薄いからって、お兄ちゃんの存在を忘れないでね」
「あ。…………きゃあ」
そう指摘された渚は、全然恥ずかしくなさそうな悲鳴を上げた。そして、僕を部屋の外へと押し出す。
「へんたいだ、おまわりさんこのひとです」
「そういうのいいから、早く着替えようね」
「うわ……ノリわるすぎ……」
「ご、ごめんなさい……」
なぜか謝る僕。渚の謎のノリについて行ける人間がいるとしたら、湊くらいだろう。
「ふぅ……人を起こすのって大変だな……」
ともかく、これで使命は果たした。
することもないので一階のリビングへ降りようとしたその時、渚の部屋のドアが勢いよく開け放たれる。
「紡がれるフラグメント、刻まれるタイムレコード――秩序と混沌の狭間で、世界は尚も選択を続けるのか……」
どうやらスイッチが入ったらしい。でも、よく分からないのでここはスルー。
「おはよう兄者!」
そして、ゴスロリ服を身にまとったいつもの渚が登場した。着替えるのがすごく早い。
「お、おはよう、渚……」
「うん? なにやら下から良い匂いがするぞ?」
「湊が朝ご飯を作ってくれてるんだよ」
「女子力っ……!」
僕の言葉を聞いた渚は悔しそうな表情で言った後、ばたばたと階段を下りて行った。
「……僕も行こ」
かくして、リビングへ下りた僕たちは湊の作った朝食を食べるのだった。
ちなみに、メニューはジャムパンとスクランブルエッグとベーコン、それから野菜スープだ。女子力……っ!
なぜか僕も敗北感を味わうことになった。
でも、大和撫子なのにがっつり洋食……っ!
0
あなたにおすすめの小説
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活
髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。
しかし神は彼を見捨てていなかった。
そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。
これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。
薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。〜少年アレクの倫理で殴る学園ファンタジー〜
鮒捌ケコラ
ファンタジー
入学式から3週間目にして『退学」を言い渡された。
(早くない?RTAじゃないんだからさ。)
自分で言うのもアレだけど、入学してからは結構真面目に通ってた。
けど、どうやら教員の不況を買ってしまったらしい。
幸か不幸か、退学まで1週間の執行猶予が与えられた。
けど、今更どう足掻いても挽回する事は不可能だろうし、
そもそも挽回する気も起こらない。
ここまでの学園生活を振り返っても
『この学園に執着出来る程の魅力』
というものが思い当たらないからだ。
寧ろ散々な事ばかりだったな、今日まで。
それに、これ以上無理に通い続けて
貴族とのしがらみシミッシミの薬師になるより
故郷に帰って自由気ままな森番に復職した方が
ずっと実りある人生になるだろう。
私を送り出した公爵様も領主様も、
アイツだってきっとわかってくれる筈だ。
よし。決まりだな。
それじゃあ、退学するまでは休まず毎日通い続けるとして……
大人しくする理由も無くなったし、
これからは自由気ままに、我儘に、好き勝手に過ごす事にしよう。
せっかくだし、教員達からのヘイトをカンストさせるのも面白そうだ。
てな訳で………
薬師の名門ブレルスクに入学した私は、退学するまで暴れます。
…そう息巻いて迎えた執行猶予満了日、
掲示板に張り出された正式な退学勧告文を
確認しに行ったんだけど……
どういう事なの?これ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる