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★本編★

ドナテラ

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「動くな」
「ノエル!」

 いつの間にか音もなく近づいていたノエルはドナテラの背後に回りその首に剣の切先を押し当てた。

「ノエル!ダメだ。その人はカデナの皇族だ」
「たとえ誰でもこの皇后宮に勝手に侵入する事は許されません。拘束します」
「忠義に厚いんだね。いい事だ。アリスがカデナに嫁ぐ際には同行を許そう」
「皇后様はカデナには行かれませんので」

 珍しく苛立っているノエルのそんな言葉に僕は慌てて口を挟んだ。

「待って!ノエル気を付けて!その人は魔術師だ!」

 僕の言葉より一足早く、花壇にある薔薇の蔓がスルスルとノエルの足に絡みつく。

「はは!どうやってアリスを守る?」

 蔓は更に数を増やしてノエルの足を固定した。

「皇后様の大切な薔薇を!」
「いや、そんな事いいから!」

 服の上からでも薔薇の棘は結構痛い。それなのにノエルは素手で蔓を引き剥がそうとしている。

「アリス、ルドルフがいないうちに僕と一緒に行こう」
「どこへ?!」
「今カデナにはルドルフが来ているからね。隣の国に屋敷を持ってるんだ。そこでしばらく一緒に隠れて暮らそう」

 嫌に決まってる!

「離せ!」

 ルルテラごめん!ちょっと魔力を使うからね!
 心の中で謝って掌に熱を溜め始めた時、ガンと大きな音がして呻き声と共にドナテラがぐらりとこちらに傾いて来た。それを慌てて避けるとドサリと地面に倒れ込む。

 痛そう。

 視線を上げるといつの間にか薔薇の拘束を解いたノエルが剣を構えていた。

「なに?もしかして殺しちゃった??」
「剣の柄で殴っただけなので大丈夫です」
「この人本当にカデナの国王かな。このままほっといたらダメかなあ」

 今後の処遇を決めかねていると他の護衛騎士達が駆けつけて来たので後は任せる事にした。不法侵入である事に変わりはないし、何なら皇族の誘拐未遂だ。

「お怪我はないですか?」
「それは大丈夫。ところでよく魔力の蔓から逃げられたね」
「……無我夢中で」
「手を見せて」

 分厚く硬い掌には真新しい無数の傷が血を流していた。
 そこに治癒の魔力を流し込む。

「皇后様、ダメです!」
「これくらい大丈夫だよ。ね?ルルテラ」

 お腹を触ると返事をするような微かな胎動を感じた。







 その後、別室に監禁されていたドナテラは見張りが確認に行った時には既に消えた後だった。彼が言った事が本当かどうか結局分からず仕舞いだ。今夜ようやくルドルフが戻って来るので聞いてみようと思う。

「ねえノエル」
「はい」
「陛下にナイフで狙われた事言うべきだと思う?」
「勿論です」
「そっかー。そうだよな」
「はい、陛下なら必ず犯人を見つけられると思います」

 キッパリと言い切るノエルの目に迷いはない。

「前から思ってたけど凄い忠誠心だね」
「え?私がですか?」
「うん」
「私の忠誠は皇后様にしか向いてませんが?」
「だって……」

 これを忠誠心と言わずして何だと言うのだ。

「八雲先生の過去読みを見たせいですかね。陛下は本当に貴方を愛しておられます。……愛し方に問題があるだけで」

 それが一番タチ悪いんだよな。

「なので皇后様は陛下を信じて下さい。私も信じてます。そして出来れば私の事も信じて頂ければ嬉しいです」

 ほんのり色付いた耳に夏祭りの夜を思い出す。

「ノエル、僕はノエルを信じられないよ」
「……そうですか」

 ノエルは目に見えてガックリ肩を落とす。

「だってノエルは僕の名前を呼んでくれない」
「え?」
「ノエルが守っているのは僕じゃなくて皇后でしょ?僕が皇后じゃなくなったら一緒にいてくれないんじゃない?」
「なっ?!何を仰るんですか!」

 焦るノエルはとてもレアだ。ちょっとからかい過ぎかなと思いながらも意地悪が止まらない。

「私は!昔から貴方だけを見て来ました!」
「あなたって?」
「お分かりでしょう?!アリス様です!」

「じゃあずっとそう呼んでよ。公爵家の私生児でもなく教会の魔術師でもなくこの国の皇后陛下でもない。僕はアリスだよ」

「ア……アリス様」

 何故だろう。ノエルに皇后様と呼ばれる度に距離を感じていた。他の人と同じ呼び方はされたくなかった。まるで代わりのきく存在だと思い知らされているみたいで。

 けれど僕にとってノエルは唯一無二だ。


 この感情の名前を僕は知らない。もしこの先、僕に未来があったとしたら。

 その時は分かるのだろうか。










「おかえりなさいませ陛下!!」
「ああ」

 心のうちを示すかのような凄まじい豪雨の中、ルドルフは帰って来た。一列に並んだ使用人達が一斉に頭を下げる。

「それより早く湯の用意を」

 僕の言葉にメイド達が一斉に動き出した。

「変わりはなかったか?アリス」
「はい。と言いたい所ですが色々と」
「分かった。後で部屋に行く。寒いから暖かくして待っていろ」
「承知しました」

 駆けるように階段を上がり消えていくルドルフを見送り、僕は自分の部屋に戻った。






「その男はどんな風貌だった?」

 久しぶりに見るルドルフは少し頬が削げ目には僅かな疲れの色を宿していた。そりゃそうだ。隣国とは言え馬で十時間以上走って来たんだから。この嵐の中を。

「名前はドナテラ、歳は三十くらいで金色の髪でした。あと、目が金色で……」

 ハッとした。
 妙に既視感があると思ったあの目はルドルフと同じ色だ。

「……そいつは俺の弟だ」

 あの人が!

「魔術師なんですね。陛下と同じ」
「そうだ」
「何故カデナの王だと名乗ったんでしょう」
「それがどうも本当らしい」
「どう言う事ですか?」
「カデナに亡命して来たそうだ。その後、王室で保護していたが、突然王位を継ぐ事になったと今の王が言っていた」

 無茶苦茶だ。

「まさかドナテラの魔術は精神干渉?感情を操れるのでは」
「恐らくな。あいつとは仲が悪かったから知らなかったが。お前が操られなくて良かった」
「ほんとですね。操られてたら今頃どこかの屋敷に連れ込まれてましたよ」
「なんだと?」

 金色の目がギラギラとしている。

「あいつ俺の前には一向に姿を現さないんだ。逃げるのだけは一人前だ」

 獰猛な顔つきでそう言うルドルフを見て(会ったら最後だな)と僕は少しだけドナテラに同情した。



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