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★本編★
婚約式
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「おめでとうございますアリス妃殿下」
「まだ婚約しただけなんだけど……」
「本日より妃殿下と呼ぶようにと殿下のご命令です」
本当に何を考えているのか分からない。僕はアーロンの言葉にそっとため息をついた。
今日は婚約式当日。
冬本番にもかかわらず空は晴れ渡り暖かい陽射しが降り注いでいる。
「早く妃殿下の装いを殿下にご覧頂きたいですね」
「何も思わないでしょ。舞踏会の衣装と変わらないデザインだし」
前生のルドルフは結婚式の正装でさえチラリと見ただけでさっさと一人で司祭の元に歩いて行ったんだから。
「何を仰います。淡いピンクのベストに白いコートがとてもお似合いですよ」
「ほんと?」
「はい。嘘など言いません」
そっか似合うかな。僕はふわっと回ってみた。長い上着が風を抱いて踊る。うん。悪くないかも。
「ではそろそろ参りましょうか。殿下の禊も終わっている頃でしょう」
「はい」
王家の人間は婚姻を結ぶ時や、こうして伴侶をお披露目する時には禊として神殿で一人きり神様に誓いを立てる。神様嫌いのルドルフにとってはさぞや苦痛だろう。
機嫌が悪くなってないと良いんだけどな。
そんなこと考えながら一歩踏み出したその時。
音もなく突然目の前に黒ずくめの男が三人立ちはだかった。
「妃殿下!このまま廊下を走って下さい」
どこに隠してあったのかアーロンが短剣を抜き僕を背中に庇う。
「分かった!人を呼んでくる!」
足手纏いになると承知しているので神殿に向かって走り出そうとした途端、目の前に同じ黒ずくめの男が待ち構えていた。
ああ、どうしよう。気絶させるくらいは出来るか?
ジリジリ後ろに下がりながら手のひらに精一杯の魔力を込める。なるべく至近距離がいい。そう思い、少しずつ進んでくる男を待った。そして急所に力を叩き込もうと手を上げたところで男が僕の名を呼んだ。
「え?誰?」
「俺だ、リカルドだ。静かに捕まったふりしてろ」
「!!」
覆面に覆われてはいるがその声は確かに彼のものだった。
僕を後ろから抱え込み、手際良く首にナイフを当てるふりをするリカルドはそのままアーロン達が見える位置に移動する。
「こんなとこで何してんの?アーロンを助けて」
命乞いをしているかのような表情を作り小声で話しかける。だがリカルドは動かない。
「あいつらはかなり腕が立つ。俺一人じゃ逃げるのが精一杯だ。様子を見よう」
「そんな……」
相手は長剣を持っている。圧倒的不利にも関わらずアーロンは互角にやり合っていた。けれど相手は三人。長くは持たないだろう。
それにしても警備の厳しい場所にこんな目立つ格好でどうやって入り込んで来たんだ。先程まで周りを守っていた騎士達も姿が見えない。
まるで誰かの命令でわざと居なくなったかのように
そのうちアーロンがチラリとこちらを見た。目を合わせたリカルドが軽く頷く。アーロンはそれだけで瞬時に今の状況を判断したらしい。動きに迷いが無くなった。
「何してる!早くそいつを殺せ!」
暴漢がリカルドに向かって叫ぶ。その隙をついて男の喉元をアーロンの短剣が真っ直ぐに走った。
「うわあああっ!!!」
返り血を浴びたアーロンは残りの二人も追い詰めるべく一歩踏み出す。
「アリス!!」
「え?」
この声はルドルフ?
そう思った時には既に僕の体は彼の腕の中にあった。ルドルフはもう片方の手で剣をひらりと踊らせ二人の男の腹を一気に横に薙ぐ。
「うわああああっ!!!」
断末魔の悲鳴に飛び散る血。僕は恐ろしくてぎゅっと目を閉じた。
次に目を開けた時には大広間の前だった。
開け放たれた部屋では今まさに婚約式が行われようとしており沢山の貴族が僕たちを見ていた。
「あれ?殿下?」
「気が付いたか。もう始まるぞ」
……夢を見ていたのか?何となく頭もぼんやりする。
「怖い思いをさせないように少し眠らせていた。もうすぐ意識もはっきりするはずだ」
「アーロンとリカルドは?」
「怪我はない」
良かった。うっかりすると殺されていてもおかしくない立ち位置のリカルドもちゃんと無事なんだ。あれ?殿下はリカルドを知ってるのかな?アーロンも彼のことを知らなかったのに。
「さあ行くぞ。しっかり目を覚ませ」
「あ、でも」
暴漢の返り血で汚れたであろう自分の服を見下ろす。けれどさっきの出来事が嘘だったかのように衣装は元のままの美しい光沢を放っていた。
「魔術?」
「そうだ」
凄いな。まだ僕はこんな事出来ない。
差し出されるままにルドルフの腕を取った僕は彼と一緒に大広間に足を進めた。
広間に陛下と皇后はおらず、宝石で飾られた玉座だけがいつもと同じ煌めきを放っていた。
僕の事を認めてないから参加したくないんだな。でも皇太子の婚約式に陛下不在ってアリなの?貴族もざわざわしてるけど。
そんな空気はお構いなしにルドルフはドカリと玉座に座り長い足を組んだ。貴族達の戸惑いの声は更に大きくなる。
「殿下?」
驚く僕の手を引いたのはアーロンだ。あ、良かった。本当に怪我はないみたい。
そんな事を思っているうちに僕も隣の椅子に座るよう目で指示された。
仕方なく腰を落ち着けるがとんでもなく居心地が悪い。
「皆、今日はよく来てくれた」
朗々としたルドルフの声が大広間中に響き渡り人々はシンと水を打ったように静まり返った。
「今日は我が妃となるアリスのお披露目だ。この国の皇后となる者だ。軽く扱えば首が飛ぶと心得よ」
皆の視線が集中して居心地の悪さが更に増えたような気がした。
「もう一つ。本日より国王は世代交代となる」
えっ?!どういう事?
流石に黙っていられなかったのか陛下の宰相が慌てて口を挟んだ。
「殿下、陛下はご了承されたのですか?」
ルドルフはそんな男をジロリと見遣りそして少し笑った。
「どうだろうな?あの世で聞いて来い」
そう言うなり立ち上がり剣で宰相を振り払う。夥しい血が吹き出し近くにいた令嬢が甲高い叫び声を上げた。
「……殿下?」
こんな事あるはずがない。血の匂いに先程の恐怖が蘇り立ち上がることも出来ず震える。
そんな僕に血に濡れた男はこの世のものとは思えない美しい微笑みを見せた。
「アリスもう何も恐れることはない」
そんな言葉と一緒に。
「まだ婚約しただけなんだけど……」
「本日より妃殿下と呼ぶようにと殿下のご命令です」
本当に何を考えているのか分からない。僕はアーロンの言葉にそっとため息をついた。
今日は婚約式当日。
冬本番にもかかわらず空は晴れ渡り暖かい陽射しが降り注いでいる。
「早く妃殿下の装いを殿下にご覧頂きたいですね」
「何も思わないでしょ。舞踏会の衣装と変わらないデザインだし」
前生のルドルフは結婚式の正装でさえチラリと見ただけでさっさと一人で司祭の元に歩いて行ったんだから。
「何を仰います。淡いピンクのベストに白いコートがとてもお似合いですよ」
「ほんと?」
「はい。嘘など言いません」
そっか似合うかな。僕はふわっと回ってみた。長い上着が風を抱いて踊る。うん。悪くないかも。
「ではそろそろ参りましょうか。殿下の禊も終わっている頃でしょう」
「はい」
王家の人間は婚姻を結ぶ時や、こうして伴侶をお披露目する時には禊として神殿で一人きり神様に誓いを立てる。神様嫌いのルドルフにとってはさぞや苦痛だろう。
機嫌が悪くなってないと良いんだけどな。
そんなこと考えながら一歩踏み出したその時。
音もなく突然目の前に黒ずくめの男が三人立ちはだかった。
「妃殿下!このまま廊下を走って下さい」
どこに隠してあったのかアーロンが短剣を抜き僕を背中に庇う。
「分かった!人を呼んでくる!」
足手纏いになると承知しているので神殿に向かって走り出そうとした途端、目の前に同じ黒ずくめの男が待ち構えていた。
ああ、どうしよう。気絶させるくらいは出来るか?
ジリジリ後ろに下がりながら手のひらに精一杯の魔力を込める。なるべく至近距離がいい。そう思い、少しずつ進んでくる男を待った。そして急所に力を叩き込もうと手を上げたところで男が僕の名を呼んだ。
「え?誰?」
「俺だ、リカルドだ。静かに捕まったふりしてろ」
「!!」
覆面に覆われてはいるがその声は確かに彼のものだった。
僕を後ろから抱え込み、手際良く首にナイフを当てるふりをするリカルドはそのままアーロン達が見える位置に移動する。
「こんなとこで何してんの?アーロンを助けて」
命乞いをしているかのような表情を作り小声で話しかける。だがリカルドは動かない。
「あいつらはかなり腕が立つ。俺一人じゃ逃げるのが精一杯だ。様子を見よう」
「そんな……」
相手は長剣を持っている。圧倒的不利にも関わらずアーロンは互角にやり合っていた。けれど相手は三人。長くは持たないだろう。
それにしても警備の厳しい場所にこんな目立つ格好でどうやって入り込んで来たんだ。先程まで周りを守っていた騎士達も姿が見えない。
まるで誰かの命令でわざと居なくなったかのように
そのうちアーロンがチラリとこちらを見た。目を合わせたリカルドが軽く頷く。アーロンはそれだけで瞬時に今の状況を判断したらしい。動きに迷いが無くなった。
「何してる!早くそいつを殺せ!」
暴漢がリカルドに向かって叫ぶ。その隙をついて男の喉元をアーロンの短剣が真っ直ぐに走った。
「うわあああっ!!!」
返り血を浴びたアーロンは残りの二人も追い詰めるべく一歩踏み出す。
「アリス!!」
「え?」
この声はルドルフ?
そう思った時には既に僕の体は彼の腕の中にあった。ルドルフはもう片方の手で剣をひらりと踊らせ二人の男の腹を一気に横に薙ぐ。
「うわああああっ!!!」
断末魔の悲鳴に飛び散る血。僕は恐ろしくてぎゅっと目を閉じた。
次に目を開けた時には大広間の前だった。
開け放たれた部屋では今まさに婚約式が行われようとしており沢山の貴族が僕たちを見ていた。
「あれ?殿下?」
「気が付いたか。もう始まるぞ」
……夢を見ていたのか?何となく頭もぼんやりする。
「怖い思いをさせないように少し眠らせていた。もうすぐ意識もはっきりするはずだ」
「アーロンとリカルドは?」
「怪我はない」
良かった。うっかりすると殺されていてもおかしくない立ち位置のリカルドもちゃんと無事なんだ。あれ?殿下はリカルドを知ってるのかな?アーロンも彼のことを知らなかったのに。
「さあ行くぞ。しっかり目を覚ませ」
「あ、でも」
暴漢の返り血で汚れたであろう自分の服を見下ろす。けれどさっきの出来事が嘘だったかのように衣装は元のままの美しい光沢を放っていた。
「魔術?」
「そうだ」
凄いな。まだ僕はこんな事出来ない。
差し出されるままにルドルフの腕を取った僕は彼と一緒に大広間に足を進めた。
広間に陛下と皇后はおらず、宝石で飾られた玉座だけがいつもと同じ煌めきを放っていた。
僕の事を認めてないから参加したくないんだな。でも皇太子の婚約式に陛下不在ってアリなの?貴族もざわざわしてるけど。
そんな空気はお構いなしにルドルフはドカリと玉座に座り長い足を組んだ。貴族達の戸惑いの声は更に大きくなる。
「殿下?」
驚く僕の手を引いたのはアーロンだ。あ、良かった。本当に怪我はないみたい。
そんな事を思っているうちに僕も隣の椅子に座るよう目で指示された。
仕方なく腰を落ち着けるがとんでもなく居心地が悪い。
「皆、今日はよく来てくれた」
朗々としたルドルフの声が大広間中に響き渡り人々はシンと水を打ったように静まり返った。
「今日は我が妃となるアリスのお披露目だ。この国の皇后となる者だ。軽く扱えば首が飛ぶと心得よ」
皆の視線が集中して居心地の悪さが更に増えたような気がした。
「もう一つ。本日より国王は世代交代となる」
えっ?!どういう事?
流石に黙っていられなかったのか陛下の宰相が慌てて口を挟んだ。
「殿下、陛下はご了承されたのですか?」
ルドルフはそんな男をジロリと見遣りそして少し笑った。
「どうだろうな?あの世で聞いて来い」
そう言うなり立ち上がり剣で宰相を振り払う。夥しい血が吹き出し近くにいた令嬢が甲高い叫び声を上げた。
「……殿下?」
こんな事あるはずがない。血の匂いに先程の恐怖が蘇り立ち上がることも出来ず震える。
そんな僕に血に濡れた男はこの世のものとは思えない美しい微笑みを見せた。
「アリスもう何も恐れることはない」
そんな言葉と一緒に。
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