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7.誰にも奪われたくないけど自分のものでもない彼
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「驚いた……こんな所で会えるなんて、何してたんだ?」
うつむきながら激情を耐えていた楓にかけられた声のやさしさに、びくりと肩が揺れる。
当然されるであろう質問を案の定されただけ、というのに目に見えて戸惑ってしまった。
転校生の時のように即座に追い払いたいのに声帯が動かない。
恥ずかしい。悔しい。
こんな姿を、こいつに見られたなんて。
「あ……いや、言いたくないならいいんだ。というか、俺が聞いていいような立場じゃなかったな……ごめん」
「………」
何かを察したように、悲しみを声に混ぜる男に複雑な気分になる。
これは【演技】だ。
そうでないと、白里財閥の御曹司がここまで来るはずがない。しかし、この男はこんなにも演技が巧みだっただろうか。
《記憶喪失》にでもなったのかと疑いたくなるような態度の変わりように、どう対応していいのかがわからない。
転校生を貶めるたびに、殺人的な目線で自分を睨み、手ひどく突き放した男。その男の手のひらを返したような姿に、これで記憶喪失でもなんでもない演技だとしたら――こいつは相当なサイコパスだ。
「痩せたな……食事、とれてるのか?」
雨でぬれた楓の頬に、そっと裕次郎が手を伸ばす。
指先が触れた途端、その指から伝わるぬくもりが猛毒のように体に広がり、恐怖でその手を叩き落とした。
「………触らないでくれ」
これが《正解の対応》だと思うのに、本当によかったのだろうかと狼狽えている自分がいる。
「……ごめん、そうだよな」
「話すことは何もない」
精一杯、毅然とした声を出す。
語尾が微かに揺れてしまったが、気づかれることはないだろう。
男は、まさか手を振り払われるとは思っていなかったのか、呆然としていた。
「……でも、元気そうな楓を見て安心したよ」
はっきりとした口調で彼が言う。
驚いて、伏せていた顔をあげると真っ直ぐな彼の瞳とぶつかった。『やっと目を合わせてくれたな』と彼がほほ笑んでこちらを見ている。
「心配していたんだ、あんな別れ方したから」
やめて。
お願いだから。
その気がないからって
今更優しい言葉、かけないで。
だめだ、これはきっと罠だ、と思うのに早鐘のように脈打つ心臓をとめられない。
同情だとわかっていても脳が困惑して、頬が赤く染まる。
「今度、また時間を設けて正式に謝罪させてほしいんだ。もちろん、断ってもらってもいい」
初めて、裕次郎と会った時が蘇る。
突然現れた王子様。
「いつまでも待ってるから」
本当は探しに来てくれたのではないか。
あのボロボロの上靴を探し出してくれたように。
この地獄から、連れ出してくれるんじゃないかって。
「………」
期待してしまうから、それ以上こちらを見ないでほしい。あの悲惨な思い出だけで終わらせてほしい。
こんなに未練が残っていたなんて、自分でも信じられない。
「あぁ、ごめん……時間だ」
裕次郎が腕につけていたスマートウォッチをみて、申し訳なくほほ笑む。
この後、人と会う予定があるらしい。瞳の変わりようできっと転校生なんだろうな、と聞かなくてもわかる。
身体を温めかけていた血流が、すっと急激に落ち着いていく。
「それじゃあ――この傘使って」
「いらない」
「でも……」
「本当に、いらないから」
早く帰ってくれ。
それだけ言うと、裕次郎は残念そうに眉を下げながらも「体に気を付けて」と去っていった。
結局、最後までろくに話すことはなかった。
しかし、不遜すぎる楓の態度に、裕次郎が顔をしかめることもなく、最後まで優しく笑っていた。
あの笑顔が好きだった。
すべてを包み込んでくれるような笑顔が大好きで、誰にも渡したくなかった。奪われたくなくて、必死になっていたら、自分のモノではなくなっていた。
そもそも、最初から彼は【モノ】ではなかったのだから、変わってしまった自分に気持ちが離れてしまうのは当然の結末なのに。
雨が降っていて本当に良かった。
これなら、顔が濡れていても気づかれない。
「さよなら」
自分で言った別れの言葉をきっかけに、楓はその場に蹲り、泣き出してしまった。
さすがに、この状況であの男との再会は辛すぎた。
絶対に泣かないと決めていたのに、ぐちゃぐちゃの心を更にかき乱されてどうしようもなかった。
相変わらず降りしきる雨。
置き去りのゴミ袋に打ち付ける雨音。後頭部から伝う雨水で、ぼさぼさの髪が顔に張り付いて気持ち悪い。
手がかじかんで感触がなくなってきた。
でも立てない。
足が動かない。
誰か。
「―――ひぃぃいいい!!! すみませッ……すみませんん!!!」
ドンッ!!
うつむきながら激情を耐えていた楓にかけられた声のやさしさに、びくりと肩が揺れる。
当然されるであろう質問を案の定されただけ、というのに目に見えて戸惑ってしまった。
転校生の時のように即座に追い払いたいのに声帯が動かない。
恥ずかしい。悔しい。
こんな姿を、こいつに見られたなんて。
「あ……いや、言いたくないならいいんだ。というか、俺が聞いていいような立場じゃなかったな……ごめん」
「………」
何かを察したように、悲しみを声に混ぜる男に複雑な気分になる。
これは【演技】だ。
そうでないと、白里財閥の御曹司がここまで来るはずがない。しかし、この男はこんなにも演技が巧みだっただろうか。
《記憶喪失》にでもなったのかと疑いたくなるような態度の変わりように、どう対応していいのかがわからない。
転校生を貶めるたびに、殺人的な目線で自分を睨み、手ひどく突き放した男。その男の手のひらを返したような姿に、これで記憶喪失でもなんでもない演技だとしたら――こいつは相当なサイコパスだ。
「痩せたな……食事、とれてるのか?」
雨でぬれた楓の頬に、そっと裕次郎が手を伸ばす。
指先が触れた途端、その指から伝わるぬくもりが猛毒のように体に広がり、恐怖でその手を叩き落とした。
「………触らないでくれ」
これが《正解の対応》だと思うのに、本当によかったのだろうかと狼狽えている自分がいる。
「……ごめん、そうだよな」
「話すことは何もない」
精一杯、毅然とした声を出す。
語尾が微かに揺れてしまったが、気づかれることはないだろう。
男は、まさか手を振り払われるとは思っていなかったのか、呆然としていた。
「……でも、元気そうな楓を見て安心したよ」
はっきりとした口調で彼が言う。
驚いて、伏せていた顔をあげると真っ直ぐな彼の瞳とぶつかった。『やっと目を合わせてくれたな』と彼がほほ笑んでこちらを見ている。
「心配していたんだ、あんな別れ方したから」
やめて。
お願いだから。
その気がないからって
今更優しい言葉、かけないで。
だめだ、これはきっと罠だ、と思うのに早鐘のように脈打つ心臓をとめられない。
同情だとわかっていても脳が困惑して、頬が赤く染まる。
「今度、また時間を設けて正式に謝罪させてほしいんだ。もちろん、断ってもらってもいい」
初めて、裕次郎と会った時が蘇る。
突然現れた王子様。
「いつまでも待ってるから」
本当は探しに来てくれたのではないか。
あのボロボロの上靴を探し出してくれたように。
この地獄から、連れ出してくれるんじゃないかって。
「………」
期待してしまうから、それ以上こちらを見ないでほしい。あの悲惨な思い出だけで終わらせてほしい。
こんなに未練が残っていたなんて、自分でも信じられない。
「あぁ、ごめん……時間だ」
裕次郎が腕につけていたスマートウォッチをみて、申し訳なくほほ笑む。
この後、人と会う予定があるらしい。瞳の変わりようできっと転校生なんだろうな、と聞かなくてもわかる。
身体を温めかけていた血流が、すっと急激に落ち着いていく。
「それじゃあ――この傘使って」
「いらない」
「でも……」
「本当に、いらないから」
早く帰ってくれ。
それだけ言うと、裕次郎は残念そうに眉を下げながらも「体に気を付けて」と去っていった。
結局、最後までろくに話すことはなかった。
しかし、不遜すぎる楓の態度に、裕次郎が顔をしかめることもなく、最後まで優しく笑っていた。
あの笑顔が好きだった。
すべてを包み込んでくれるような笑顔が大好きで、誰にも渡したくなかった。奪われたくなくて、必死になっていたら、自分のモノではなくなっていた。
そもそも、最初から彼は【モノ】ではなかったのだから、変わってしまった自分に気持ちが離れてしまうのは当然の結末なのに。
雨が降っていて本当に良かった。
これなら、顔が濡れていても気づかれない。
「さよなら」
自分で言った別れの言葉をきっかけに、楓はその場に蹲り、泣き出してしまった。
さすがに、この状況であの男との再会は辛すぎた。
絶対に泣かないと決めていたのに、ぐちゃぐちゃの心を更にかき乱されてどうしようもなかった。
相変わらず降りしきる雨。
置き去りのゴミ袋に打ち付ける雨音。後頭部から伝う雨水で、ぼさぼさの髪が顔に張り付いて気持ち悪い。
手がかじかんで感触がなくなってきた。
でも立てない。
足が動かない。
誰か。
「―――ひぃぃいいい!!! すみませッ……すみませんん!!!」
ドンッ!!
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