【BL】アナザーシンデレラ

星式香璃

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6.雨模様の新生活

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「なぁんだ~~!! 驚いたぁ! 姉貴が色々言うから逆に期待してたけどやっぱ全ッ然可愛いじゃ~~ん! よろしくねぇかえでちゃん♡ あたしはユウコ! あ、漢字は夕日の子で夕子ゆうこね!」


 よろしく~!!
 女子高生顔負けの凄まじいテンション。流れる様な自己紹介をした後に、両手をぎゅうっと握りしめてくれた手の柔らかさに、楓は「あ、バイト頑張ろ」と年頃の少年として正しい反応ができた事に感動した。


 翌日。
 宣告通り、さっそく新人研修に入った楓はオーナーである黄嶋陽子きじまようこの妹だという《黄嶋夕子きじまゆうこ》を紹介された。


 夕子は20代後半といっていたが、それにしても若い。
 さほど年が変わらないんじゃないかと思うくらいフレンドリーに彼女は話しかけてくれた。

 この本格スパ【かぐや姫】は、1階が天然温泉、2階が岩盤浴・エステ・マッサージ、3階がレストランとわかれており、夕子は店長兼天然温泉フロアのリーダーらしい。


「うちの制服もよく似合ってるし! うんうん! 可愛いよ楓ちゃん!!」


 かぐや姫の制服はフロアごとに分かれているが、基本は上着が白で、下がベージュの甚平タイプだ。
 シックな色合いで動きやすく、楓も結構気に入っている。
 夕子からは、軽く大雑把な仕事の流れの説明をうけ、研修の内容を教えてもらった。


「とりあえず、はじめはゴミ出しとか、塩サウナの岩塩補充とかしてもらおうかな~」
「はい」
「あ、そうだ。言い忘れてたんだけど」


 思い出したように声を出すと、夕子声を潜めて楓に耳打ちする。


「うちの温泉《刺青・タトゥー》入ってる人は《入館禁止》になってるから、もしみつけたらそれとなく報告してね」

「いるんですか?」

「知らない? ここら辺多いんだよぉ~! 女性客メインのスパだけど男性客も結構多いからねぇ。たまにまぎれてるかもだよ!」


 異変探しゲームみたいで面白いでしょ! みつけたら報告してね!
 きゃははと軽く笑い飛ばしながら夕子は何の気なしに言う。
 こんなところは姉の陽子にそっくりだなと思う。


「あ、さっそくだけどゴミ出ししてきてくれない? 裏の勝手口でたところにあるから」
「はい」


 夕子が仕事に戻る姿を見送ると、楓は山積みの生ゴミに向き直り、袖をまくった。







 店の勝手口をあけると、ふわりと新緑の香りが漂っていた。
 よくみると、外は霧雨が音もなく降りしきっている。楓のシフトは昼から夜の閉店まで。理由は夜の方が時給が高いからだ。時刻は15時過ぎだが空はどんよりとした重い雲に包まれていて、夕暮れ時のように薄暗い。


「ゴミ捨て場……あぁ、ちょっと距離あるな」


 勝手口から指定のゴミ捨て場までは約5~6mあった。
 だからといって、傘をさしていかなければならないというほどの距離でもない。
 楓は、両腕にゴミ袋を持つと雨から逃れるように走った。


 深緑寺の家を逃げるように出て、翌日、学園でひと悶着起こした後。


 楓は実家からも学園からも離れた町のアパートで一人暮らしをはじめていた。
 大手の不動産サイトやネットには頼らず、愛染と不動の伝手で信頼できる大家さんを紹介してもらい、二人の名義を借りて内密に入居している。

 もちろん、愛染と不動による情報操作も行っているので、学園はおろか、深緑寺の連中に居場所がバレることはまずないだろう。

 父親は、まだ楓が学園の寮で過ごしていると思い込んでいるはず。
 万が一、楓が学園を出たという噂を耳にしたとしても、名前だけはまだ学園に在籍しているため、とやかくいわれることもないはずだ。
 あとの事は、理事長がうまく事をすすめてくれると信じている。


 一人暮らしを始めて、たまに愛染と不動が様子を見に来てくれる。おかげで、夜に白里や転校生の事を思い出す事も、夢に見ることも少なくなった。
 食欲もでてきて―――いまだに、街中で裕次郎に似た背中を見つけて胸が痛むことはあるが、時間が薬となって少しずつ回復していくだろう。


 初恋に夢中になっていた自分は死んだ。
 未練たらしく男の背中を追うのではなく、自分のために時間を使って、新しい自分をゆっくり育てていくんだ。



「―――楓?」


 
 声を掛けられ、見上げた先の光景に、楓は殴られたような感覚を受けた。
 両手の力が抜け、どさりとゴミが落ちる。

 どうして前向きに生きようと踏み出した時に。がんばろうとした矢先に、こんな目にあうんだ。

 神様がいたとしたら、おそらく自分は相当に嫌われているのだろう。努力を認めてもらえないばかりか、もがいた分だけ首を絞められていくようだ。


「楓、だよな?」


 確認するように名を呼びながらも、確信したように笑う彼。
 記憶の中と、全く同じ笑顔だ――楓が好きだった笑顔。
 彼は、まるで数週間前の事なんてなかったかのように、旧友との再会を喜ぶかのように笑っていた。


 こっちはトラウマで唇が震え、声すら出せないというのに。



「………ゆ……」



 裕次郎ゆうじろう
 言葉にする前に、ひどく心臓が痛んだ。


 
 霧雨が徐々に勢いを増してくる。
 雨粒の威力が増すたびに、頬を何者かに殴られているような錯覚を得る。

 悪夢だ。
 とり憑かれたように彼を凝視していると、彼は楓に駆け寄り、自分の傘をさしだしてきた。
 「風邪ひくよ」と心配そうな声を聞いた途端、泣き叫びたいような、殴りたいような。何しに来たんだ、嗤いに来たのか、と怒鳴りたいような、凄まじい激情が楓を襲った。

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