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第74話 新技
しおりを挟む人の山から現れたのは、第2部隊隊長の竜人ドレイクである。
魔王軍の中では有名すぎて、さすがに知らない魔物はいないだろう。
久々に旧友の武器回しを見たドレイクも、他の魔物達同様に興奮した様子で言葉をかけていた。
二人は大戦当時に肩を並べて戦うこともあったという情報をラティスから聞いた私は「本当に料理人だったのかしら?」とまたしても疑問が増える。
「昔は模擬戦もよくやってたよね」
楽しそうに談笑を始めたオーキンスとドレイクの前で、ニコニコと笑うラティスが余計な一言を口にするのだった。
彼の言葉に二人はピクリと体を一瞬だけ動かし、隠しきれない戦闘の気配を醸し出す。
この時、オーキンスとドレイクの中には「魔王妃様の訓練の時間ではあるが……」と抑えきれない感情が湧き上がるのだった。
そんな二人のオーラを感じ取った周囲の魔物達も「料理長と隊長の組手‼?」と期待感を隠しきれずに盛り上がり始める。
「今度は隊長さんとバトるのかしら……」
次から次へと戦闘が始まる魔王軍の訓練現場に辟易する私であった。
隣に座ったままのロキも「この人方がこうなったら俺には止められませんねえ……」と諦めの表情を見せている。
しかし、次の瞬間ラティスの口から出た言葉によって、その表情は絶望に染まるのだった。
「お二人さん、盛り上がってるところ悪いんだけどさ、ちょっと試したいことがあるんだよねえ」
心底楽しそうに笑いながら言うラティス。
彼のこういう悪戯っぽいところが、少年っぽさというか無邪気さを演出しているような気がする。
そして、心当たりがあるのか頭を抱えるロキの姿があった。
----
盛り上がるオーキンス達に水を差すような形で介入するラティス。
彼の掴みどころのないマイペースさというか、意外性みたいなものがここでも発揮される。
そして、料理長と竜人隊長の模擬戦に興味津々だった魔物たちの雰囲気は盛り下がるのだった。
「ラティさん、もしかしてあれやるんすか……?」
苦虫を噛み潰したような顔でおずおずと話しかけるロキ。
そんな彼の表情から漂うのは、これから始まる厄介事への不安や拒絶の意であった。
しかし、ロキのそんな抵抗も無駄に終わることになる。
「うん、俺とロキ君 対 隊長達二人で試そうと思う」
笑顔のラティスの口から出た言葉によって、観客と化してる魔物達は声をあげる。
私はいきなり湧き上がる周囲の空気に驚きながら、熱狂で揺れるビリビリとした大気の振動を肌に感じていた。
意外な提案を受けたオーキンスとドレイクも「なんかやるのか?」と興味津々でラティスの方へと近づく。
スラリと背の高いラティスとロキであるが、巨体のオーキンスとドレイクと並び立つと小兵に見えてしまう。
「でも、今回は姫さんの訓練なんで、料理長や隊長と組手やってもあんまり意味なくないですか?」
両の手を重ねてコネコネと動かしながら意見を言うロキ。
ロキの心底嫌そうな表情からも、この嘆願が通らねば何か彼の身に恐ろしいことが起こるのではないかと想起させられる。
なんとかしてイベントを阻止しようと低姿勢を貫く彼は、4人の中でも特に小さく見えた。
しかし、私にはロキの必死の抵抗の意味がよくわかる。
奴らの危険性を身を持って理解した人狼たちも、恐らく私と同じような心境だろう。
ロキの提案を聞いていたオーキンス達は「たしかになぁ……」と少し残念そうな顔をしていた。
周囲で反応を待っていた魔物達も「大戦準備期だし、隊長達の試合は見れないか……」としょんぼりとしている。
「とはいえ、この大人数の中で私の訓練をするのも恥ずかしいわね……」
ワタアメを抱きかかえて、身を強張らせている私は独り言つ。
この会場の具合では、運動会で忙しなく動く娘の授業参観のようになってしまう。
人垣の所々から「メルヴィナ様の訓練がみたいわ!」というお姉さんの声や「魔王妃様!」という野太い声が聞こえてきたりするが気にしないことにする。
全身の随所が光るチビッ子が動く様子を見守る会という謎イベントを発足させるわけにはいかない。
「いや、魔王妃様の訓練にも役立つ『技』を試しておきたくてね……」
ラティスの意外な言葉に、解散ムードになりつつあった現場に一陣の風が吹いた。
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