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第71話 おもちゃの魔王妃
しおりを挟む全身に魔力粒を張られた状態で、快楽による肉体回復を体験した私であった。
恐らく、彼らの一連の会話内容から導き出されるストーリーは「ゾンビアタック」である。
「こんな方法だと体が壊れる前に心が壊れてしまいそうだわ……」
恐ろしい計画の対象に選ばれてしまっている私は、これから自らの身に起こることを想像して震える。
ゾンビアタックとは古来より伝わる脳死特攻スタイルの一つであり、簡単に言うと「倒れた人を蘇生して再出撃させる作戦」と言えるだろう。
この作戦を使えば人海戦術を「一人」でできるというわけだ。
今回の場合は訓練で疲れた体を魔法で回復することで「休息の時間」をゼロにすることができるということである。
これによって、私の体力不足によって起こり得る「訓練時間の減少」を無視することができるわけだ。
「なあ、もしかしてやばいことになってないか……?」
私に電流が流れた瞬間を近くで見ていた人狼の一人が震えた声を出す。
その隣に立つ女人狼も「ちょっと他には見せられない顔になってたわよね……」と私の身に起きた惨状を物語る。
今までに見たことのない強引な訓練方法を目の前にした人狼達の心境は、当事者の私にも痛いほどによく分かった。
これはもはや「拷問」に近いのではないかとすら思える。
本当に冗談じゃないわよ。
「おっと、魔王妃様、逃げてはいけませんよ」
こっそりその場から逃げ出そうと走り出した私を抱きかかえるラティス。
彼は心底楽しそうにニコニコとしながら、腕の中でバタバタと藻掻く私を見ていた。
そんな私たちの様子を見て「なんだか平和でいいなあ」と呟くオーキンスとロキ。
私はこれからこの異常なサイコ集団の「おもちゃ」にされてしまうのだと心の底から悟った瞬間であった。
それからラティスの腕に捕まったままの幼女は、じたばたして拘束から抜け出そうとしたのだったが、持ち前の体力の無さによりほんの数分で脱出をあきらめるのだった。
先ほどまでの動くぬいぐるみのおもちゃのような様子とは一変し、グッタリとした雑巾のように腕にぶら下がる私。
「分かったわよ……好きにしなさいよ……‼!」
万策尽きた私は結局、彼らの地獄の訓練に身を任せることにするのだった。
もはや開き直って「おっしゃあやってやるわよ!!」と細くて小さな腕をブンブンと振ってやる気を見せる私だったが、その勢いはあっさりと削がれることになる。
「魔王妃様のやる気は分かったんだけど、まずは理論からね」
落ち着きのない子供をあやす様な口調で優しく私の頭を撫でるラティス。
私は近くで同じように撫でられて喜んでいるワタアメを見ながら「なんだか王国で暮らしていた頃を思い出すわね」と妙に冷静になるのだった。
あの頃は常に「小さいお嬢さん」という扱いだったので、久しぶりに当時を思い出したというわけである。
なんでこんなことになってるのかしら本当に。
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刹那的にこれまでの経緯を思い出しながら感慨に浸っていた私であるが、聞こえてくる声によって現実世界に引き戻される。
「それじゃあ、まずはさっきも言った通り『歩行術』の説明からいくね」
どこからか用意された黒板と机を訓練場のだだっ広い土の上に置き、ラティス先生による「授業」が始まるのだった。
あれ?今回の訓練の講師はロキじゃなかったかしら?
「俺よりもラティさんの方が教えるのには適任ですからねえ」
隣に座っているロキが器用にペンを回しながら私の心中を読むかのように答える。
どうやら、普段から個人的に親交があるらしいロキはラティスが説明上手であることを知っているらしい。
その辺の伝手で今回も訓練に協力してくれているのかと思い「仲が良いのね」とロキに聞く私。
するとロキは「まあ、訓練のたびにあれこれとお世話になってますんでねえ」と頭を掻いていた。
ロキによると魔王軍の兵士たちは訓練でも結構負傷するらしく、その一つ一つに的確にラティスが対処してくれるという。
まあ、なんだかんだでこのお医者様は有能なエルフってことである。
ただ、私を弄繰り回している時に見せる悪い笑みが私の中で彼の評価を著しく下げているのだった。
「こらこら、私語は慎みなさい」
そして、教師に成りきって楽しんでいるお茶目さというか純真さも、彼の印象を不思議なものにしている要因の一つであった。
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