78 / 91
第72話 料理長の演武
しおりを挟む「これが魔王妃様の身体ね、そんでこの粒々が魔力粒とするよ」
私とロキが世間話をしているうちに、ラティスは黒板に説明用の図を描き上げていた。
妙にリアルで上手な人体の絵と、身体のあちこちに散らばってついている「魔力粒」の様子が黒板上にある。
私が彼の精巧な絵に「ほぅ」と感心していると、横にいるロキが「お医者さんだからですかねえ」と先読みの相槌を打つ。
一瞬彼の理論に納得しかけた私であるが「魔物達ってみんな体のつくりが微妙に違うよな……?」と小さな疑問を抱えるのだった。
「まず、歩行術を使うためにはどうすればいいと思うオーキンス?」
教師役のラティスは、小さな机と椅子に収まりきっていないオーキンスに質問する。
それに対してオークの料理長は「そりゃあ、疲れないように動きたいんだからなあ……」と呟いて少し考えていた。
厨房で悩んでいる時の様に腕を組んで「ううむ」と唸るオーキンスの姿は、ここ最近で既に見慣れたものである。
ただ、一緒に授業を受けている人狼隊の部下たちは物珍しそうにその様子を見ていた。
「動かしたい部位に魔力を溜めることだな」
唸りをあげて考えた割には意外とあっさりとした回答が返ってきたことに私は驚く。
オーキンスの答えに他の人狼たちは「うんうん」と頷いているあたり、おそらく間違っているわけではないのだろう。
微妙に納得がいかない様子の私を見たロキは「料理長や他の隊長達、あとこいつら部下たちも結構『感覚』で使ってるんすよ……」と小声で私に耳打ちするのだった。
つまり、歩行術の使用や戦闘スキルに関しては持って生まれた武人としての『センス』みたいなものに頼っている側面が強いのだという。
何となくとはいえ、原理っぽいものを一応理解できているオーキンスや部下の人狼たちはまだ「賢い」部類に入るのだろう。
「まあ、正解かな」
とりあえず及第点といった様子でオーキンスの回答を評価するラティス。
それに対して小さくガッツポーズをするオーキンスはなんだか少年のようで微笑ましかった。
喜んでいるオーキンスに黒板の前に出てくるように言ったラティスは、実際に「歩行術」を見せてみなさいという。
そして、褒められて気を良くしているオーキンスは「おう!」と喜び勇んで前へと出ていった。
まずは歩行術「なし」での演武を見せてくれと指示するラティス。
どうやら、歩行術の有る無しでどんな変化が現れるのかということを実際に見せてくれるらしい。
私としては、学校の授業のようなスタイルで技の紹介をしてくれるラティスの教え方はありがたい。
グレイナル山脈を越える途中でガウェインにシグマが教えていたやり方では困る。
典型的な文科系人間の私には、運動神経に訴えかけるスパルタ教育は向いていないのだ。
「それじゃあいくぜ」
そう言うと先ほどの組手で振り回していたハルバードのような武器をブンブンと振り出すオーキンス。
そして私や人狼たちは、彼の武術レベルが著しく優れていることを理解することとなる。
歩行術の凄さを確認するための演武であるはずなのに、歩行術なしの演武に見とれてしまっているのだ。
魔物的なサイズ感をもってしてもデカいオーキンスよりもさらに大きい武器を振り回す姿に一切の隙が無いのである。
「お前ら、よく見とけよ。軍の隊長格達とはまた違ったタイプだからな」
オーキンスの見本動作を見ている人狼たちにロキが注意する。
ロキが言うには、オーキンスは武器の扱いが恐ろしくうまいのだという。
純粋に戦闘センスが天才的な獣人シグマや、種としての能力が異常に高い竜人ドレイクとは違い、理論と実践が程よくミックスされたオーキンスの武術は魔王軍には珍しいタイプらしい。
というか、魔王軍は「脳筋」が多すぎるのよね。
「こんな人が一介の料理人だった時代ってどんな時代だよ……」
授業に参加している人狼の一人がボソッと声を漏らす。
それを聞いたロキも「俺も話には聞いてたが、これほどとは……」とオーキンスの腕前に息を飲んでいた。
先ほどの対部下組手は「一撃」で終わってしまったため、私たちは彼からあまり情報は得られなかったのである。
戦闘素人である私ですら「大戦期」に生きた魔物のすさまじさを感じざるを得なかった。
0
お気に入りに追加
1,680
あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
盲目の令嬢にも愛は降り注ぐ
川原にゃこ
恋愛
「両家の婚約破棄をさせてください、殿下……!」
フィロメナが答えるよりも先に、イグナティオスが、叫ぶように言った──。
ベッサリオン子爵家の令嬢・フィロメナは、幼少期に病で視力を失いながらも、貴族の令嬢としての品位を保ちながら懸命に生きている。
その支えとなったのは、幼い頃からの婚約者であるイグナティオス。
彼は優しく、誠実な青年であり、フィロメナにとって唯一無二の存在だった。
しかし、成長とともにイグナティオスの態度は少しずつ変わり始める。
貴族社会での立身出世を目指すイグナティオスは、盲目の婚約者が自身の足枷になるのではないかという葛藤を抱え、次第に距離を取るようになったのだ。
そんな中、宮廷舞踏会でフィロメナは偶然にもアスヴァル・バルジミール辺境伯と出会う。高潔な雰囲気を纏い、静かな威厳を持つ彼は、フィロメナが失いかけていた「自信」を取り戻させる存在となっていく。
一方で、イグナティオスは貴族社会の駆け引きの中で、伯爵令嬢ルイーズに惹かれていく。フィロメナに対する優しさが「義務」へと変わりつつある中で、彼はある決断を下そうとしていた。
光を失ったフィロメナが手にした、新たな「光」とは。
静かに絡み合う愛と野心、運命の歯車が回り始める。

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

お父様、お母様、わたくしが妖精姫だとお忘れですか?
サイコちゃん
恋愛
リジューレ伯爵家のリリウムは養女を理由に家を追い出されることになった。姉リリウムの婚約者は妹ロサへ譲り、家督もロサが継ぐらしい。
「お父様も、お母様も、わたくしが妖精姫だとすっかりお忘れなのですね? 今まで莫大な幸運を与えてきたことに気づいていなかったのですね? それなら、もういいです。わたくしはわたくしで自由に生きますから」
リリウムは家を出て、新たな人生を歩む。一方、リジューレ伯爵家は幸運を失い、急速に傾いていった。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる