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第12話 魔王城の厨房

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「おい、誰かこいつを厨房に案内してやれ」

 げっそりと疲れた様子の魔王が、食堂の中央方向へ向かって雑に声をあげる。
 すると、魔王とメルヴィナの話を聞いていたオークの料理長が「はい、私が責任をもって厨房へお連れします」と立ち上がった。
 自らの自慢の料理を私に酷評され、多くの魔物たちがいる空間で恥をかかされたであろう彼の表情は硬い。
 確かに、そのことに関しては申し訳ないと私も思っている。
 だが、だからといって不味い料理を許していい理由にはならない。

 トラブル発生を危惧してついてきたアドルと、不機嫌なオークの料理長、その他のコック達に連れられて私は再び廊下を歩く。
 私の後ろの方を歩くコック達からは「料理長は先代の時から修行してるんだぜ?」と不思議そうにしていた。
 どうやら、コック達の間では絶対的な存在であった料理長が貶されたことに納得がいかない模様である。

「ここが厨房です」

 扉を開けろ!と部下に命令する料理長。
 身長が2m以上あるオークの料理長でも軽々と入れるほどの大きな扉である。
 彼に連れられて私たち3人は厨房へと入っていった。

「早速なんだけど、今朝の食事をどうやって作ったのか教えてもらえるかしら?」

 厨房の大きいアルミ製のテーブルの前の台の上に立つ私がコック達に問いかける。
 すると、料理長が「もう一度、目の前で用意します」と力強く答えた。
 コック達が持ってきた材料を熟練の手さばきで、手際よく調理していく。
 その様子は「ベテランコック」のそれであった。

「さすが料理長!動きに無駄がねえ!!」

 テーブルの周りを囲む下っ端コック達がその様子を賞賛する。
 たしかに、動きに無駄はなかった。
 そこに関しては私やアドルも「ほう」と感心する。
 そして、卓上に野菜のスープ、豆と肉の煮物が出来上がった。
 遅れて、ふかふかパンもあらかじめ作っておいたタネを焼き上げたものが到着する。

「魔王妃様、料理が完成しました」

 どうだ!と言わんばかりの表情と態度でメルヴィナに報告する料理長。
 改めて、人間3人は料理の味見をすることになる。
 コック達にとっては緊張の一瞬であった。

「やっぱり駄目ね」

 スープの野菜を一口食べた私は、容赦なく料理に対する低評価を下した。
 隣で食べるアリシアとガウェインも同様に「やはり、あまり美味しくはないですね……」と申し訳なさそうにしている。
 その様子を見ていたオークがバンッ!とアルミ製のテーブルを叩く。
 「何がいけない!」と感情をむき出しにするオークに対して、宰相のアドルが「料理長、落ち着きなさい」と諭した。

「しかしアドラメレク様、こうも私たちの料理を貶される理由が知りたいのです!」

 拳を強く握りこんだままの料理長が、歯噛みしながらアドルのほうを見る。
 長年食べてきた魔王軍の料理の味を知るアドルも「彼の料理がそんなに気に入りませんか?」と私に問いかけた。
 周りのコック達も「人間の味覚はおかしいのか?」と不思議そうにしている。
 そんな様子に呆れた私は、料理長たちに「料理」をふるまうことにした。

「同じメニューを私が作るわ。材料を用意して頂戴」

 まったく同じものを自分で作ると言い出した私に、アドルや料理長、その他のコックが驚く。
 いくら魔王妃様といえど、料理はそんなに簡単じゃないぞと言いたげな様子であった。
 しかし、横に控えるアリシアは「下ごしらえなどお手伝いします」と当たり前のような顔をして動き出す。
 料理は特にできないガウェインも「それじゃあ自分は材料運びます」と力仕事を買って出た。

 小さな女の子である私が見せる巧みな包丁さばきに、料理長を始めとするコック達は息を飲む。
 料理長の見せた「力強く速い」カットとは異なり、素材を慈しむような「優しくも鋭い」手際の良さに驚く一同。
 そして、スープの野菜を水の張った寸胴鍋に投入しようとしたところで料理長から待ったがかかる。

「魔王妃様、お言葉ですが「湯」が沸いておりません」

 オークの料理長は「お湯を沸かし忘れていますよ」とアドバイスをくれたが、私は「それではだめなのよ」と答える。
 その返答に「何をいってるんだこいつ」みたいな目で見てくるコック達。
 アドルも「水に野菜を入れても意味がないのでは?」と疑問を投げかけてきた。

「いえ、スープの野菜を煮るときは水から煮る方がいいわ」



 厨房の空気が変化した瞬間だった。


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