星間のハンディマン

空戸乃間

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第一話 Killer Likes Candy

PULL THE CRTAIN 6

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 はじめは――、そう、守りたかった。

 身を粉にし、心を潰し、全てを犠牲にしているおねえちゃんを少しでも守りたかった。優しいおねえゃんが酷い目に遭うなんて、絶対におかしい。だから救ってあげたかった、恩返しをしたかった、ただそれだけだったのに。

 二度、三度、四度。それからは目が覚める度に手を血で染めた。おねえちゃんを騙した連中にいつか地獄を見せてやる。その決意を胸に言われるがまま刈り取った。天罰と言ってもいい、連中は死に値する糞虫だ。

 ……でも、もう、そんなことはどうでもいい。今はただこの血の臭いと〈キャンディ〉の慰撫が全て。甘き飴玉のもたらす多幸感。この一粒に口付ければ苦痛に勝る幸福が母の胎内の温かさで包んでくれる。不条理な世界が溶け落ち、幸福のトリップに堕ちる。苦痛の全てを忘れさせてくれるのだ。

 〈キャンディ〉を舌の上で転がし恍惚の笑みを浮かべるカーラ。蕩ける瞳、その甘美は有象無象を蕩けさせ、舐るだけで達してしまう。

 獲物はどこに、血の味を、死の感触を、速く早くハヤク。

 あぁダレか――――。

 足下の獣人相手じゃ楽しめなかった。恐怖した表情を、悲鳴を聞かせて欲しい。ダレでもイイ、刃を突き立て、あなたの死で私に生の実感を与えて。

「うううぅ……」

 髪を鷲掴みカーラは呻く。頭が割れそうに痛い、視界が揺れて気持ち悪い。いくら塞いでもちらつく影はダレの物か。
 ダレだ視界に入るのは。考えたくない、死んでしまえ消えてしまえ、呪いを吐き、殺したくなる。でも何故だか会いたいのだ、殺したいからなのかもしれない。
 万力に締め付けられるような鈍痛が段々と酷くなる。

 イタイ、キモチワルイ。
 スゴク寒イヨ、ドウシテコンナ思イヲシナクチャナラナイノ。ヒ、一ツジャ足リナイ――……モット、モット――――……ッ!

 救いを求めた少女の手は小さな包み紙を解く。だが、魅惑の〈キャンディ〉は禁断症状に震えるカーラの手から滑り落ち、血の海に沈んだ。

「あ、……あアあああァアアアァァアアァァァ!」

 床に突っ伏し、カーラは〈キャンディ〉を拾う。ヒトを壊す魅惑の宝石はぬらぬらと血を滴らせているが、彼女は構わず口に放り込むと、屍肉を貪る狂狼が如く血液ともに相食んだ。口内に拡がるのは血の味、命の味だ。脳細胞が弛緩し酩酊に身を預けた彼女は、脱力した口元から涎を垂れ流し薄ら笑いを浮かべていた。

 アイツが悪い、全部ソウダ。

 オネエチャンが泣クノは。

 守ラナクちゃ、その為ニワタシガいル。

 カーラって誰? ワタしの名前ハ?

 考えたくない、頭が痛い。

 モット、アト一つ――。

 死ねばいいんだ、みんな。

 ――だめ。

 生キテイタイナラ、害スル全テヲ刻ンデシマエ。

 やめて――。

 今度はちゃんと首を落とそう。同じ人間を二度殺せるなんて、どんなに素敵なことだろう。それも一人じゃない、二人もだ。こんなに嬉しいことがあるだろうか。きっと楽しい、綺麗に飾ればお姉ちゃんも喜んでくれる。

 ……オネエチャンって誰だっけ?

 もういいや、楽しいから。些事は忘れてもっと刎ねよう、一つと言わず、二つと言わず、数珠に繋いで飾れるくらいに。もっと、モット、モットモットモット――。

 ぐずぐずになった言葉は泡と共に吐き出され、最早言葉として聞き取れない。狂気の末のある絶頂を望み、彼女の血走った目は楽しげに歪んでいた。

「まずハ……あ、ああノ、ふダリがら…………」
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