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御守り
しおりを挟む「もう、大丈夫です。お茶、淹れますね。あ、お酒の方がいいですか?」
「どっちでもいいが、無理すんなよ」
「はい」
ギンロウ様に気遣っていただけるなんて。今日はいい日だ。ギンロウ様を見れただけでも嬉しいのに、私の家にいるなんて。
浮かれ気分で鍋に湯を沸かし、そこで徳利に入れた酒を温めた。
寒い日はやはり熱燗だよな。
つまみは……貝の干物と野菜の味噌漬けを切るか。
つまみを皿に乗せ、熱燗とお猪口を盆に乗せてすぐそこの居間に戻ると、ローテーブルに置いていった。
「こんなことまでしなくていいんだぞ。コハクは調子が悪いんだから」
「いえ、これくらいさせて下さい。憧れのギンロウ様をお招きしたのですから」
「憧れ?」
「はっ! なんでもありません。私は着替えてきます」
浮かれて思わず口が滑ってしまった私は、慌てて寝室に駆け込んだ。
そして寝巻きにしている浴衣に着替えて、ドキドキしながら戻った。
ギンロウ様はソファーに浅く腰掛けて、フサフサな尻尾を左右に揺らしながら手酌でちびりちびりと酒を飲んでいた。
はっ! 私としたことが、ギンロウ様に手酌させてしまうなど!
「すいません。ギンロウ様に手酌させてしまって」
「気にするな。ははは、お前耳がよく動いて可愛いな。それ狐のだろ?」
「はい」
ギンロウ様に可愛いと言われた。頬が熱くなるのが分かったけど、また心配させてしまうといけないからと思って唇の端をグッと噛んで気を紛らせた。
「あの、ギンロウ様は家が無いのですか?」
「まぁな」
「よろしければ、この家に……」
私は何を言おうとした? 言っているうちに、とんでもないことを言い出したと思い、口を閉じて下を向いた。
「いいのか? あーでもコハクにとっては迷惑だよな」
「そんな迷惑などでは全然! ギンロウ様をこのような小さな家に泊めることが申し訳ないし、私のような男と2人など、嫌、ですよね……」
元々ない自信がどんどん無くなって、言葉の最後は消え入るような小さな声だった。
「俺は大きさなど気にしない。むさ苦しいゴツい男ならともかく、コハクは可愛いしな」
可愛い……また言われた。そんなに何回も言われたら、また顔が赤くなってしまう。
「じゃあ、ギンロウ様が嫌になるまで、ここに……」
「おぅ、ありがとなコハク。そうさせてもらうわ」
こうして俺は、ギンロウ様と一緒に住むことになった。
そして、なぜ?
温かくて、お日様に包まれてるみたい。とボーッとしながら目を開けると、目の前に着物がはだけた分厚い胸板があった。
だ、抱きしめてられてる? 抜け出そうとしても力が強くて全然抜け出せない。
モゾモゾと動いていると、『ふはははは』頭の上から笑い声が降ってきた。
「あ、あの……ギンロウ様、お、おはようございます?』
「あ、ごめん。擽ったくて。おはようコハク」
そう言ってギンロウ様は腕を解いてくれた。
逃れたいと思ったのに、離れていくと少し寂しい。
「い、いえ」
昨夜、どちらがベッドで寝るかで揉めた。しかも床だと布団がないということで、一緒にベッドで寝ることになった。
寝た時は、ギリギリまで端に寄ったので、触れそうな距離ではあったが触れてはいなかったのに。
「ごめん。夜中に丸まって寒そうにしてたから。思わず抱きしめてた。おかげで温かくてよく眠れた」
肘枕で私を見るギンロウ様が眩しい。
正面を向くと、はだけた浴衣から胸板が見えてしまうので、ギンロウ様の発言に思考停止しながら上を向いて彼の顔をじっと見ていた。
「どうした? そんなに俺を見つめて。そんなに見つめるとキスするぞ」
「あ、すいませんっ」
キス? キスって言った? いや、そんなわけない。
私は慌てて布団から出ようとして、ベッドから転げ落ちた。
ドサッ
「おい、大丈夫か?」
「はい。すいません」
それだけ告げると私は洗面所に走った。
ザーっと水を流しながら、冷たい水でゴシゴシと顔を洗った。
無理かもしれない。昨日はここに住んでいいって言ってしまったけど、毎日こんなんでは私の心臓がもたない。
でも、一緒にいたい気持ちもある。
「風呂借りていいか?」
「は、はい。もちろん。タオル用意しますね」
「あぁ、ありがとう」
ギンロウ様が着物を脱ぎ出したので、慌てて背を向けて風呂に続く洗面所を出て、タオルを持ちに行った。
タオルを持って戻ると、きちんと畳んだ浴衣の上に、見たことのある御守りが、乗せてあった。
コレ……かなり擦り切れているけど、見間違うわけがない。コレは私が助けてくれたお礼に下駄箱にこっそり入れたもの。
時間が経ったからなのか、何度か危機を防いだせいか、加護が弱まってる感じがして、神気を補充しようと御守りに手を伸ばしたら、ガラッと風呂のドアが開いて、
「それには触るな!」
凄い剣幕で怒鳴られた。
「す、すみません」
私はビクッと一瞬硬直して、なんとか謝罪を口にするとすぐに立ち去った。
少し怖くて、違う意味でドキドキしながら、朝食の支度を進めた。
怖かったけど、大切にしてくれてるなんて思わなくて嬉しかった。もうとっくに捨てられていると思ってたし。なんなら、下駄箱で見つけた直後にゴミ箱にポイされているかもしれないと思っていた。
「あー、すまん。怒鳴ったりして」
「いえ。私こそ、勝手に人のものに触れようとしてすみませんでした」
後ろから声をかけられて、私はまだ少し怖くて、頭を下げながら後ろを振り向いて、彼の顔は見れなかった。
「あの御守りは大切なものなんだ。俺を何度も危機から救ってくれた」
「そう、ですか」
よかった。役に立ってたんだ。
それを聞けただけで嬉しい。そして、大切なものなんて言ってもらえるなんて思わなかった。
まだ顔を見るのは怖くてできなかったけど、本当に嬉しい。
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