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二章
171.ルーベンの事情
しおりを挟む「ラルフ様、最近ルーベンを見ない気がするんですけど」
元々、ルーベンは騎士団の寮に住んでいたし、僕の送り迎えとか庭の罠を仕掛ける時とか、そんな時にしかうちには来ていなかった。それでもたまに見かけたのは、送り迎えをしてくれていたからだ。それなのに最近は送り迎えでも見かけない。
タルクは普通に花屋で勤務しているし、たまに鍛錬の進捗なんかを教えてくれる。だから元気だろうことは分かるけどたまには顔を見せてほしい。
「あいつはコレッティの家に滞在している」
「え? もしかしてタルクと結婚したとか?」
なんだ。また僕だけ知らなかったってこと? タルクもタルクだ。店でいつも顔を合わせていたのに、結婚したことくらい教えてくれたっていいのに。
「いや、私兵を鍛えるのを手伝っていると聞いた。なんでも領地の森で猪が大量発生して畑を荒らしているらしい。それで冬の間に私兵を鍛えて、春になったら一斉に猟友会を連れて討伐に行くらしい」
なんだ……二人は相変わらず師弟関係なのか。
それにしても害獣被害か……
僕が子どもの頃にフックス領でも一度あった。何度かあったのかもしれないけど、僕が覚えているのは一度だけだ。
牧場に入り込んで柵を壊したり、餌の格納庫を荒らしたりして大変だった。穀物の畑も荒らされたとか言ってたっけ? 僕は荒らされた畑は見ていないけど、壊れた牧場の柵を見たし、餌の格納庫の掃除を手伝ったことを覚えている。
猪なら、家から出なければ人間が襲われるってことはないけど、体は大きいし牙がある個体もいるから怖い。
「今はまだ要請はきていないが、あまり数が多いようなら騎士団が出るかもしれない」
「そこまでですか……」
「雪が降る前に柵や罠を張り巡らせたと聞いているが、油断して突破されれば街の中まで入り込まれる可能性がある。しっかり監視体制を整えなければならない」
猪の話ですよね? まるで敵に前線の守りを突破されそうになっているような緊迫感のある話し方に、僕も緊張して拳を握り込んだ。
「ふぅ、あとはルーベンが私兵をどこまで鍛え上げられるかだな。いずれにせよ街を完全に封鎖することはできない。守りを固めるよりも、打って出る方が隙を突かれにくい」
猪が隙を突くってことあるんだろうか? まさか僕が知らないだけで猪にも群の中に偵察や潜入を担当する個体がいるんだろうか?
あれ? ルーベンが鍛えているのは特攻部隊でしたっけ?
次に勤務が重なる日、僕はタルクに聞いてみた。
「タルク、領地大変なの? ルーベンが私兵のみんなを鍛えてるって聞いたんだけど」
「はい、師匠について、みんな必死に鍛えてます。だけどみんなまだまだですね。僕でもできることが彼らにはできなかったりするんです。怠慢ですよね」
そうなの? 僕から見たら、ルーベンと互角とまではいかなくても近いくらいの動きができるタルクが凄いんだと思う。決して私兵の皆さんが怠慢ではないと思うんだ。でもそれは僕の目から見たらってことで、実際には分からない。本当に怠慢って可能性もあるし、だから僕は何も言えなかった。
「師匠の動きは本当にすごいんです。先日も雪深い森に入って鍛錬をしたんですが、雪なんてないみたいに動けるんですよ」
「雪深い森にも行ったの?」
私兵の皆さん、大変ですね……
「うちの領地に大量発生したのは猪なんで、森に入る必要がありますから」
「なるほど。それはそうかもしれないね」
「それに、森の雪が完全に溶けてから動き出したのでは遅いと思うんです。まだ雪が残っている森に入るのなら、雪深い森に慣れておくことには意味があります」
そうなんだ。そこまで考えてルーベンは訓練の内容を考えているの? だとしたらルーベンって隊長に向いてるんじゃない?
「ラルフ様、ルーベンって人に教えるのが上手かったりしますか?」
「そうだな。下手ではない」
「じゃあそのうちルーベンもラルフ様の分隊を抜けて自分の隊を持つことになるんですか?」
「その話は何度か出たんだが、ルーベンが断っている」
そうなんだ。今回コレッティ家の私兵の訓練を引き受けたってことは人を育てることが嫌いってわけではなさそうなのに不思議だ。
「隊長をやりたくないってことですか?」
「俺の隊から抜けたくないと言われた」
そうなんだ。そっか、その気持ちは分かる。ラルフ様の分隊のみんなはとっても仲良しだし、ラルフ様の下にいたいって思う気持ち分かるよ。
「あいつは俺の部下だという認識しかない。クロッシーやイーヴォ、エドワードですら信用していない」
「そうなんだ……」
クロッシー隊長は頼りない感じはする。エドワード王子を信用できないのは僕も同じだ。でも僕はイーヴォ隊長や副団長のことは信用してもいいと思うんだけど、何かあったんだろうか?
ラルフ様は教えてくれた。ラルフ様の分隊に入る前、ルーベンの仲間は隊長の無茶な指示でたくさん亡くなったのだとか。それでルーベンは上を信じなくなった。
ラルフ様の分隊は結成から今まで一人も亡くなっていないし怪我による退役もないそうだ。生き残ることが最優先だと伝えてから、ルーベンはラルフ様と隊の仲間のことだけは信じるようになった。
捨て駒のように部下を使う悪い隊長に当たったから信用できなくなってしまったのか……
やっぱり戦場にはたくさん辛いことがあるんだ……
「ラルフ様は? ラルフ様は上司のことを信じられますか?」
「全く信じていない」
なんかそんな気はしてた。敬っているように見えないと思ってたんだ。
上司に逆らってでも自分と部下の命を守るから、ルーベンはラルフ様のことだけは信じるのか。
僕の旦那様って格好いいな。
「ラルフ様、格好いいです」
「そうか。ではこれからも騎士団は敵だと思おう」
「え! 違うよ。そうじゃなくて……」
僕はその後、格好いいのは自分と部下の命を優先することだと説明して、エドワード王子は信用できないけど副団長とイーヴォ隊長は信じられるんじゃないかって話をした。
「あいつらを信用する理由はなんだ。俺より信用するのか?」
「そうじゃないです」
しまったと思った時には遅かった。副団長とイーヴォ隊長は信用できるなんて迂闊なことを言ったせいで、もっと話はややこしくなって、必死に説明することになった。イーヴォ隊長はいいとしても、副団長に対抗心を燃やしているラルフ様に副団長の名を出したのは本当に失敗だった。
「俺のことを一番信じてほしい」
「そんなの当たり前です。ラルフ様のことを一番信じています」
「これからもずっとマティアスにそう言ってもらえるよう精進しよう」
「僕も精進します」
ラルフ様はいつだって僕に真っ直ぐ向き合ってくれる。僕もラルフ様に一番信じてもらえるよう真っ直ぐでいようと思う。
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