僕の過保護な旦那様

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二章

147.マティアスと刺繍

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 旦那様のために一針一針心を込めて縫っていく刺繍は喜ばれそうだ。
「フェリーチェ様、僕でも刺繍ってできますか?」
「できると思うよ。マティアス様は器用そうだし」

 ラルフ様に何かあげたいって思ってた。刺繍の入ったハンカチなんてどうだろう?
 ハンカチならいつも持ち歩けるし、いっぱいあっても困らない。想いを込められるってところがいいなって思ったんだ。

 僕はフェリーチェ様に刺繍を教えてもらうことにした。
「じゃあさ、たまにはうちに来ない? いつもこの要塞にお邪魔してるけど、刺繍の道具や糸なんかはうちのがいっぱいあるし」
「いいんですか?」
 僕はフェリーチェ様の提案に乗ることにした。うちのことを要塞と呼んでいるのは、スルーしておこう。

「ぼくもいく!」
「いいよ。シルくんもおいで~、美味しいお菓子用意しておくからね」
「やったー!」
 シルは筆を持ったまま「やった!」と手を上げたから、筆が顔に掠って顔に塗料がついてしまった。

「ママ、かおについた」
「筆を持ってる時は注意しないとね。洗いにいこうか」
 シルの手を引いて顔を洗いにいく。家具や誰かの服に付かなくてよかった。
 絵を描くのは楽しいけど、油断するとこういうことが起きる。僕も油断して失敗したんだ……失敗したピエール二号は今もラルフ様の手元にある。


 数日後、ラルフ様にもフェリーチェ様の家に行くことを伝えて、僕とシルとリズでリヴェラーニ邸に向かった。
「ようこそ~」
 地図通りに馬車で向かったんだけど、なかなかの要塞具合だった。そびえ立つ塀はうちと似たような感じだ。副団長がフェリーチェ様のために塀を作り替えたのかもしれない。
 門も立派な門だ。櫓はないけど、建物も石造りで堅牢な感じだ。

 庭には頭に布を巻いたガタイのいい庭師が一人で花壇を整えている。色んな貴族の屋敷の庭を見てきたけど、ここはそれほど大きくないのにとても綺麗に整えられている。この庭師はセンスがいい。

「ここの庭師さんはセンスがいいですね」
「おーい! 庭師! センスいいってマティアス様が褒めてくれてるよ~、よかったな!」
 フェリーチェ様が大きな声で叫ぶと、庭師がこっちを向いた。
 え? 副団長!?
 庭師ではなく、庭を整えていたのは副団長だった。

「庭師ではなく旦那様が整えているんですね」
「私が喜ぶように整えてくれてる」
「素敵な旦那様ですね」
「うん、でもあいつ無理するし、そのうち庭師を雇いたい」
 副団長はフェリーチェ様が喜ぶために無理して、フェリーチェ様はそんな旦那様を心配してる。いい夫夫ですね。

 刺繍はなかなか難しかった。
「難しいですね……」
「初めてにしては上手くできてると思うよ」
 フェリーチェ様にそう言われて、なにこれって感じの手元の刺繍を眺めた。
 全然ポポには見えない。というか、何にも見えない。ただ糸が絡まっているだけのように見える。
 刺繍って難しいんだな……
 心を込めるだけではダメなのだと知った。

 シルは副団長とリズと一緒に庭で遊んでいる。初めて会った時は泣いていたのに、もうすっかり仲良しだ。
 やっぱり上に立つ人というのは面倒見がいいんだろうか?

 僕の方はというと、一日習っただけでは基本的な針と糸の使い方くらいしかマスターできなかった。これはしばらく練習してからラルフ様のためのハンカチの制作に入らないと、いきなりハンカチに縫うってのは無理そうだ。
 ピエール二号の件があるから、失敗したものがいつの間にかラルフ様の手に渡らないよう、リヴェラーニ邸で保管してもらうことにした。

 それと、刺繍をしようと思うとその前に図案を考えなければならない。そこでセンスが試されるのだと知った。絵があまり得意ではない僕は、そこでも苦戦していた。

「初心者だからポポの体は無地がいいんじゃない? 複雑な模様はもう少し上達してからってことで。一枚しか縫っちゃいけないってこともないんだし」
 フェリーチェ様にそう言われて、その通りだと思った。いきなり上級者向けのものを作ることはない。
「そうですね。この小さいところに模様まで描こうとするのは初心者の僕には無理みたいです」

 明日は花屋の仕事があるから、また次の休みの日にお邪魔するってことで、今日は帰ることにした。あまり遅くなるとラルフ様が心配しそうだし、暗くなる前に帰ろう。
 フェリーチェ様と一緒に玄関に向かうと、ラルフ様が迎えにきていた。

「ラルフ様、お迎えに来てくれたんですか?」
「当たり前だ」
 そうなの? もしかして、フェリーチェ様をいつも副団長が迎えに来るから、それに対抗してラルフ様も僕を迎えに来たとか? 考えすぎかな?

「ラル、いつきたの? リオが遊んでくれたの!」
「そうか、よかったな」
 シルが駆け寄ると、ラルフ様はシルを抱き上げて、僕の手を取ると「うちのが世話になった」と言って馬車へ向かった。
 僕たちのことを「うちの」って表現するあたり、独占欲ですか?

「シル、副団長のことリオって呼んでるの?」
「うん。リオってよんでいいって」
 副団長ってリオって名前だったのか。いつも副団長とかリヴェラーニ様とか呼んでるから名前を知らなかった。

「そっか。ラルフ様、副団長ってリオって名前だったんですね。知りませんでした」
「リオは愛称だろう。名前はリヴェリオだったと思う。気になるのか?」
「僕が副団長の名前を呼ぶことはないですが、ラルフ様の上司にあたる人ですし、友達の旦那さんなので気になります」
 そういえばフェリーチェ様は旦那様の名前を呼ばない。だから僕は今まで知らなかったんだ。
 いつも「お前」とか「あいつ」とか「旦那」とか言っている気がする。二人きりの時には名前を呼ぶんだろうか?

 ルカくんがハリオに好きって言えなかったみたいに、フェリーチェ様も旦那様の名前を呼べないとか、夫夫や恋人にはそれぞれ言えないことがあるのかもしれない。
 ラルフ様も何かあるのかな? 僕も何かあったかな?
 考えてみたけど思い当たる言葉はなかった。

 
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