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二章
146.侵略が始まる時
しおりを挟む「ラルフ様、大好きです」
「俺も大好きだ」
明日休みって言ったのは僕だけど『加減』って言葉をラルフ様はたまに忘れてしまう。
ラルフ様が欲しいって言ったご褒美は、僕にとってもご褒美だった。いっぱい愛されて、さっき体が冷えていたから風邪を引くといけないって蜂蜜を与えられて、でもその蜂蜜は全部ラルフ様に舐め取られてしまった気がする。
抱っこの日の僕は、ラルフ様に抱えられて食堂に向かい、朝食を一緒に食べた。抱っこの日ではあるんだけど、ラルフ様はお仕事だから、酷い匂いの湿布を貼って頑張って過ごすしかない。
ラルフ様を見送ると、ゆっくりと歩いて庭に向かう。
すると、向こうから腰をさすりつつゆっくり歩いてくるニコラを見つけた。
「ニコラ、今日はお休み?」
「そうです。マティアスさんもお休みですか?」
「うん。庭でお茶しない? 僕は今から行くところなんだけど」
「いいですね」
お互いに、体力が有り余っている相手がいると大変だよねと、無言で頷き合った。
「この前、シルくんにまたチンアナゴをもらいました」
「そうなんだ。なんか最近シルはチンアナゴに絵を描くのにハマってるみたいでね」
パンの小屋にも増えていたけど、ニコラにもあげていたのか。他のみんなにもあげてそうだ。
「あ、聞いた? ハリオとルカくんやっとくっついたこと」
「聞きました。二人でわざわざ報告しにきてくれました。あのやりとりを見られないのは少し寂しい気もしますね」
ニコラとそんな話をしていると、噂のハリオとルカくんの声が聞こえてきた。
「だから、いいって言ってるじゃん!」
「いや、まだ早いというか」
「無理やりキスしたくせに!」
「それはごめん」
「キスならいいってこと?」
「ごめん、もうしない」
「違うだろ! もっとしてよ!」
二人はまだ拗れているらしい。ルカくん大変だね。ハリオも頑張れ。
「なんか拗れてますね」
「だね。大変そうだよね」
「ですね」
僕とニコラは庭でシルとパンが遊んでいるのを見ながら、ゆっくりとティータイムを楽しんだ。
フェリーチェ様は最近、ルカくんとも話しているけどシルとパンのところによく行っている。
シルがすごいすごいと褒めるから、嬉しいのかもしれない。
ルカくんは前よりは深刻そうではないけど、まだハリオとの関係は上手くいっていないみたいだ。夜になるとルカくんの部屋の前でハリオが座っていることがあるけど、あれは何でなんだろう? 一緒に部屋で寝ればいいのに。もしかして追い出されてる? それともまた寝ずの番ってやつをやってるとか?
毎日のようにフェリーチェ様が来るから、副団長も自動的に毎日のようにうちに来るようになった。フェリーチェ様を迎えに。
初めの頃は玄関からフェリーチェ様を呼んでいたけど、最近はパンの小屋を初めに見に行って、パンを撫で回してからフェリーチェ様を呼んでいる。
パンはいつの間にか副団長のことも虜にしていたらしい。
花屋の仕事が終わると久々にグラートが迎えに来てくれた。
「グラートが迎えに来てくれるのは久しぶりだね」
「はい! 今日もシルは騎士団にフェリーチェと行ってますよ」
「じゃあこのまま騎士団に向かおうか」
グラートと並んで歩く。グラートは機嫌がいいのか、鼻歌なんか歌いながら歩いている。新しい彼女でもできたんだろうか?
「シルが可愛いスカーフを首に巻いていましたが、あれってマティアスさんが作ったんですか?」
「何の話? 僕はスカーフなんて作れないよ」
僕はスカーフなんて作り方も知らない。布を切って縫うってだけかもしれないけど、僕はお裁縫とか、貴族の令嬢や奥様たちがやっている刺繍ってやつもやったことがない。
「そうなんですね。可愛い刺繍が入っていたのでてっきりマティアスさんが作ったのかと思いました」
「刺繍?」
刺繍ってことは誰かが刺繍を入れたのかもしれない。だとすると編み物が得意なミーナかな? もしくはメアリーだろうか?
「あれ、なんでしたっけ? 武器じゃない武器、木彫りのやつ」
「もしかしてチンアナゴ?」
「あ~それそれ!」
まさかチンアナゴが木彫り界から進化を遂げて、いや侵略を始めたのか? 刺繍にまでなっているとは……誰がチンアナゴの刺繍をしたのか気になる。
とにかくシルに会って、噂のスカーフってやつを見てみなければいけない。
「グラート! 急ぐよ!」
「え? 急ぐんですか? 分かりました! 背中に乗ってください!」
僕はヒョイっとグラートに背負われて、すごいスピードで騎士団へ向かった。馬車より速い。乗り心地はよくないけど、急ぐならこれが一番なのかもしれない。
騎士団に着くと、シルとメアリーとフェリーチェ様が一緒に見学をしていた。
見学っていうか、指導かな? フェリーチェ様は騎士たちの動きが気になったのか、大きな声でダメ出しをしている。シルとメアリーはそれを見ている。
「ママー!」
僕に気づいたシルが大きく手を振っている。シルの首には水色のスカーフが巻かれていて、あれが噂のポポの侵略かと少し身構えた。
「ママおしごとおわったの?」
「終わったよ。そのスカーフは誰にもらったの?」
スカーフの端には三センチほどのポポがいて、つぶらな瞳でこっちを見ている。
「チェーがくれたの」
チェー? それは誰? まさか僕が知らない人?
「マティアス様、私があげたんですよ」
フェリーチェ様がニコニコしながらそう言った。チェーってフェリーチェ様のことだったのか。
ってことは、まさかフェリーチェ様がポポの刺繍を?
「そうなんですか、ありがとうございます。フェリーチェ様は刺繍を嗜むのですね」
「少しだけね。結婚して暇になったから教えてもらったんだけど、あんまり上手くできない。うちの旦那の方が上手いと思う」
え? 副団長って、あの筋肉の塊みたいな体格で刺繍なんてするの? 大きな体を丸めてチクチクと縫い物をする姿を想像すると面白すぎる。
「ではシルがいただいたスカーフの刺繍は副団長が?」
「これは私が縫ってみた。可愛いでしょ? シルくんがお気に入りだって見せてくれたポポをモチーフにしてみたんだ~」
上手くできないと言っているけど、上手だと思う。マジマジと見てみても、小さいのにちゃんとポポだと分かるあたり、実に精巧に仕上がっている。
しかしこれは可愛いんだろうか? 小さいと可愛いような気もしてきた。きっと可愛い。
シルも可愛い可愛いと喜んでいるし、可愛いってことにしておこう。
僕はシルたちと一緒に家に帰ると、シルにせがまれてまた木彫りのポポファミリーを増産することになった。
僕が木を彫り、シルが色を塗り、その横ではフェリーチェ様がハンカチにポポの刺繍をしている。確実にポポの侵略は進んでいる。
「それは誰かにあげるんですか?」
「うん。旦那にあげるよ。シルくんにあげるスカーフの刺繍を見て可愛いって言っていたから、たぶん喜ぶと思うんだ」
ポポがリヴェラーニ家にまで侵略を始めた。
副団長が喜ぶ顔を想像したのか、フェリーチェ様はニコニコしている。新婚生活、楽しそうですね。
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