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二章
41.シル学ぶ
しおりを挟む「え? ママとラル……」
朝起きると、シルが驚いた声をあげた。ラルフ様、悪戯成功したみたいですね。
「シル、おはよう」
「うん……ぼくみつかっちゃったの?」
残念そうに俯くシルは、やっぱりかくれんぼをしていたんだろうか?
「なかなかかくれんぼが上手かったぞ」
「でもみつかった。まだぼく、ママをまもれない」
シルが言うには、逃げたり隠れたりがちゃんとできるようになったら、ラルフ様が認めてくれて戦いを教えてくれると思ったらしい。そんなこと考えてたのか。
「守る方法は敵を倒すだけではない。マティアスは俺が守るが、シルに大切な人ができたときに戦わずに守る方法を教えてやる」
そんな方法があるなら僕も知りたいんだけど。盾になって立ちはだかるとかじゃないよね?
戦いの許可が降りなかったのは残念そうだったけど、戦わなくても守る方法があると聞いて、シルは真剣にラルフ様に向かって「おしえてください」と頭を下げた。
そんなのどこで覚えたの?
なんとなく見たことある光景に思えて、記憶を辿ってみる。
騎士団か。ラルフ様がみんなに指導している時に同じようなことを言っていた騎士がいた。
まだ実力が足りないと却下されていたけど、彼も何か守りたいものや守りたい人がいるのか、頭を下げてお願いしていた。
ラルフ様はシルに何を教えるんだろうと思って見ていたら、敵の侵入をいち早く察知する方法を教え始めた。これを覚えたら、大切な人を逃すことができると言われて、シルは俄然やる気になった。
僕はそれよりも逃げ足を鍛えたり、隠れることを学ぼうと思う。
いざとなったらシルを抱えて逃げられるように。
その日から、シルは毎日ラルフ様が帰ってくると敵を察知するってことを学ぶようになった。
どういうところから敵はやってきて、どうやって侵入するか、襲撃が起きやすい時間や環境、そんなのをシルは真剣に学んでいるらしい。
興味があることは学ばせてあげたいけど、四歳児にこんな知識をつけることが正しいことなのか、僕には分からない。
ラルフ様の部下が侵入者の役をやってくれる時もある。実践形式で学ぶってやつなんだろうか?
しかしそこで躓いたことがある。僕たち大人は教えてもらったことを忘れないようメモしたりするんだけど、シルはまだ文字が読めないし書けない。理屈を教えても理解しきれないんだ。
そうだと思うよ。難しい言葉は分からないし、やっぱりちょっと早かったんじゃない?
「ラルフ様、シルにはちょっと早いのでは?」
今日はバニラの甘い香りのキャンドルに火を灯しながら、ベッドに寝そべるラルフ様に話しかけた。
「子どもの才能は未知数だ。学びたいなら学ばせてやりたい」
早いか遅いかは分からないけど、学びたいのをダメだと言うよりはラルフ様の意見の方が正しいのかもしれない。
そのうち飽きてしまうとしても、何かを学ぶのは悪いことじゃない。
「来年の春から文字や計算を習わせるぞ」
「え? もう?」
「五歳なんだから始めてもおかしくないだろ?」
「そうですね」
僕も文字や計算を習い始めたのは五歳だったなと、遠い記憶を思い出す。文字や計算は危ないわけではないし、初めは遊びの延長で教えてあげればいいだろう。
「文字を覚えたら兵法を教える。計算を覚えたら兵糧の計算をさせようと思う」
それは絶対に早すぎる。文字を覚えたらお伽話の本を読ませて、計算を覚えたら買い物を教えてあげたい。
なぜ子どもに兵法や兵糧の計算を教えようと思うんだろう? ラルフ様はシルを何者にしようとしているのか……軍師?
「俺がどうしても家を空けなければならない時、シルが強ければ安心だ」
「リーブもバルドも強いから大丈夫ですよ。それにこの家はラルフ様がしっかりとした塀を建ててくれていますから安全です。騎士の巡回もされていますし十分です」
シルを戦力として考えるのは早すぎます。せめてあと十年経ってからにしてください。それでもまだ早いか……
ん……
「マティアス、嬉しいか?」
十年後のシルってどんな感じなんだろうと考え事をしていたら、急にラルフ様にキスされた。そしてヒョイっと抱えらえて、仰向けになったラルフ様の上に乗せられた。だいたい僕は下にいるから珍しい。
いつもラルフ様は上にいても僕に全然体重をかけてこないけど、僕は全体重をラルフ様に預けている。僕がこんな風にラルフ様に全体重を乗せられたら潰れてしまいそうだ。
腕立て伏せをするみたいにラルフ様の顔の横に手をついて体を浮かせてみたけど、結構この体勢を保つのは難しい。諦めてラルフ様の上に寝そべる。
「嬉しいですよ」
「そうか、俺も嬉しい」
ラルフ様は僕の頭を引き寄せて、唇を啄むようにキスを繰り返している。ラルフ様はこのキスが好きみたいだけど、僕は焦らされてる気分になるんだ。もっと深くキスしてほしくて、上にいるのをいいことに両手でラルフ様の頬を挟んで唇を押し当てて、舌を滑り込ませる。
甘いバニラの香りに酔ったまま、ラルフ様の熱に溶けていく。
夢中で舌を絡めていると、いつの間にか僕は下になってて、裸だった。
「今日もマティアスを満足させられるよう頑張る」
「頑張らなくても、僕はラルフ様に愛されるだけで嬉しいです」
「マティアス……愛してる」
今日もまた二人だけの甘い夜が始まる。
次の日、ラルフ様は大きな壺を持ち帰った。ラルフ様は軽々と持っているけど、僕が両手で抱えるくらいの大きさだから、かなり重そうに見える。どこに飾るんだろう?
「ラルフ様が壺を買うなんて珍しいですね。てっきり美術品には興味がないのかと思っていました」
「これは美術品ではない。蜂蜜だ」
蜂蜜? 上に被せてあったワックスペーパーをペラッとめくって中を見せてもらったら、琥珀色の蜂蜜がたっぷりと入っていて、甘い香りが広がった。
「え? こんなに買ってどうするんですか?」
「マティアスは喉が弱いからな。寝室に置いておく。そうすればマティアスが喉を痛めた時にすぐに対処できる」
僕は喉が弱いの? 全然気付かなかった。もしかして、度々僕の声が枯れてしまうから?
それは喉が弱いというより、ラルフ様が僕の弱いところばかり攻めるからだよ。そんな大量に蜂蜜を買って、どれだけ僕を啼かせる気なの?
ラルフ様が加減してくれればいいだけの話なんだけど……
大きな蜂蜜が入った壺は、ベッドの横の床に置かれていたんだけど、邪魔すぎた。キャンドルに火をつけるときに度々躓いて、とうとう移動することになった。
大きな壺はチェルソが食糧庫に回収して、今はキャンドルスタンドが置いてあるサイドテーブルに、ジャム用の小瓶に移し替えられた蜂蜜を置いている。
チェルソも強かったりするのかな? 僕が躓いても、まるで岩みたいにびくともしなかった蜂蜜が入った壺を、一人で抱えていったんだけど……
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