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番外編:人生の転機・前編(フィリップ視点)

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 番外編を三話アップします。お楽しみいただければ幸いです。
 本編だけでいいという方はスルーしていただいて構いません。


 *

 
 人生に転機は何度かある。
 苦痛を伴うものもあれば、何者かによってあっさりとその場を攫われるようなこともある。

 昔から貴族特有の貼り付けた笑顔が気持ち悪いと思っていた。
 なぜみんな楽しくもないのに笑っているのか、薄気味悪いとすら思っていた。
 俺は元々モテた。それは俺がベルガー辺境伯家の息子だからだ。それと、我ながらなかなか容姿に恵まれ、腕っぷしにも自信があった。

「フィリップ様は素敵ね。格好いいし、お強いわ」
「さすが辺境伯の子息だな。フィリップ様に敵う者はいないんじゃないか?」

 チヤホヤされたからいい気になっていたのはそうかもしれない。
 周りは俺の機嫌を取ってくるし、言わずとも俺が望むように動いてくれた。それが当たり前だった俺は、国内にはもう俺より強い奴がいないと思い、腕試しも兼ねて隣国に渡った。
 両親は反対したが、反対を押し切って西の隣国レーティルへ行き、身分を誤魔化して剣闘士になった。

 それが俺の苦痛を伴う初めての転機だった。
 そこで初めて自分がいかに甘い道を歩いてきたのかを思い知ったんだ。身分を伏せていたため、相手は容赦なく立てなくなるほど俺をボコボコにした。

「フィルとか言ったな、そんな弱っちいのに剣闘士だ? 笑わせてくれるぜ」

 痛む足を引き摺りながら、剣を杖代わりに退場し、初めて悔し涙を流した。
 何も見えていなかった。俺は辺境伯という鎧で守られていただけだった。周りの奴らは俺の機嫌を取るためにわざと負けていたんだと知った。

 勝てなければ金は入ってこない。俺は初め、金を稼ぐこともできなかった。金なんて家にいくらでもあったのに、パンを買うためのたった一枚の銅貨さえ稼げなかったんだ。

「あのフィルとかいうやつ、もうダメじゃねえか?」
「あいつなんであんな弱いのに剣闘士なんかやってんだ?」
「弱い奴は何されても文句は言えねえよな。ほら、金寄越せよ」
「つまんねえな、暇つぶしにもなんねえ」

 それでも悔しさをバネに這いつくばって耐えた二年だった。卑怯なこともたくさんされた。誰とも馴れ合うことなく、ただひたすらに強さを求めた。剣闘士としても名が売れ始めた頃、母親が倒れたと手紙が届き、家に戻ることにした。
 結果、母親は大病ということもなく、少し寝込んだだけで回復していったんだが、父に呼び出された。

「母さんは、ずっとお前のことを心配して心労が蓄積したんだ。元気そうにしているが無理をしている」
「まさか母上は死ぬのか?」
「今すぐにではないが、体が弱っているのは間違いない。それでもお前はまた家を出るのか?」

 父の言葉が重くのし掛かり、俺は何も答えられなかった。
 己の腕は闘技場でなくても鍛えることはできると、俺は家に残ることにした。いつまでも当たり前に元気でいると思っていた両親の弱々しい姿に怯んだのもあったかもしれない。

 俺が家に戻ってから、縁戚の奴らや学園で関わりがあった奴らから見合い話がどんどん送られてくるようになったんだ。うんざりだった。俺は強くなりたい。薄気味悪い笑顔を貼り付けた弱い女なんかに興味はない。色恋などにうつつを抜かしていればまた舐められる。俺は見合い話は全て相手に会うことすらせずに断っていた。
 貴族の義務として王家主催の夜会には出たが、陛下の挨拶を聞くとすぐに帰っていた。

 それからも領地の騎士を相手に剣の稽古は欠かさなかったし、父親について領地の経営についても学んでいった。そして23になると父は俺に当主の座を譲って母と共に隠居した。
 領地のことは家令も手伝ってくれたし、それほど大変ではなかった。たまに国境付近で小競り合いがあったが、難なく押し返すこともできていた。

「旦那様、お手紙が届いております」
「分かった」
 王家だと? 手紙を裏返すと、封蝋の印は王家のものだった。
 この前の小競り合いもきっちり押し返したし、何も問題はないはずだ。手紙を開くと、まさかの結婚話だった。
『見合いが苦手なようなので、こちらで其方の相手を見付けておいた。末長いベルガー家の存続と発展を願う』
 願うなど、俺に委ねるような言い回しを使っているが、ベルガー家の血を絶やすなということだ。そして王命での結婚が決まった。

 ふざけるなと思った。勝手に他人が俺の家に入ってくるなど、勝手に俺の人生を決められるなど。貴族なのだから国のため、家のために結婚するのは理解できるが、理解できても納得はできない。
 相手の素性を見てみれば、騎士団でも特攻隊長と呼ばれる、過去の戦争で活躍した男の息子だとか。王命のくせに姿絵さえ添付されていなかった。
 王家の息のかかった者か……勝手に隣国で剣闘士などをやっていた俺を、王家は監視下に置きたいようだ。思い通りになどなってたまるか。

 相手が逃げ出すよう仕向ければいいか。どうせ白い結婚で、数年の監視が終われば離縁するんだからな。
 騎士の息子なら、俺が強くなるための踏み台にくらいはしてやってもいい。

 *

「旦那様の結婚相手が送られてくるらしい」
「相手は孕み腹の男で、旦那様曰く監視のために来るんだってさ」
「旦那様はまだ当主を引き継いだばかりだ、我らがお守りするぞ」
「そうだな」

 そんな話が騎士団の中で囁かれると、それを陰から聞いていた者がいた。
 旦那様を陥れるような奴が送り込まれるだと? 絶対に許さない。何があっても旦那様を守って見せる。彼は密かに少し歪んだ決断をした。

 
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