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本編

40話 千客万来? その2

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「でも、そんなに高給払って大丈夫?」

フィロメナが再び身を乗り出した、今度はエレインにではなく、テラへと視線が注がれている、

「そうですよね、私も驚きました」

テラはやわらかく受け取る、

「うん、私もほらこれでも経営者だからね、その辺気になるかな、いくら薪も炭も使わないとはいえ、常時3人は勤務しているでしょ、それが2交代?そうなると・・・」

フィロメナは黙して暗算をしている様子である、そして、

「うん・・・かなり利益率がいいという事かな?それでも・・・ちゃんと商会ぶんの金額って確保してる?」

フィロメナの追及の手は緩まず、マフダは何を言い出すんだと不満顔でフィロメナを睨んでいる、

「その点は大丈夫ですね、同じ経営者として申し上げられる事は少ないですが・・・はい、会長はまがりなりにも子爵家令嬢でありますし、資本金はある・・・とだけ言えますね」

「あ、それもそうだよね・・・」

テラはニコニコと笑みを崩さずにどこまで話してよいかを測っている、フィロメナも経営者として悩む事が多いのであろうとテラは勘ぐる、それは経営者としては当然である、その最たるものが利益と経費であろうとは簡単に行きつく結果である、利益は当然であるが経費の問題はどこまでも頭の痛い事である、季節によって燃料の値段は変わるし、国内情勢によっても変わる、さらに食料品に関しても品質はおろか価格もまた大きく変動するのが常なのである、そしてそういった経費の中で最も頭が痛いのが人件費なのである、特にフィロメナの職種を想像するにそれが最大の問題点であり悩みの種なのであろう、

「そうですね・・・一つ・・・かな、幾つか・・・私がこちらにお世話になって思い知った事があります」

テラは静かに切り出した、フィロメナはさらに身を乗り出し、エレインは何を言い出すのかと不思議そうにテラを見ている、

「私も他の土地で商会の経営に携わっていたのですが、その時に考えたのは人件費を抑制する事でした」

テラは茶に手を伸ばし、少しずつ言葉を選びながら紡ぎ続ける、

「それが経営者の仕事だと、そう教えられたのですね、フィロメナさんもそうだと思うのですが」

「そうだね、うん」

フィロメナが頷く、

「なぜなら、何かあった場合・・・経営の失敗とか、一時的な不利益とか、戦時もそうですよね、そういう時に人件費・・・というよりも給与に手を付けなければ経営が立ち行かない事があります、それも割と頻繁に・・・」

「そういうものなんですの?」

エレインが目を剥いている、

「はい、そういうものです、ですので、経営者は給与を上げたがらないのですよ、抑制しておくことが賢い経営だとそういう風潮なのです、だって最初から人件費を押さえておけば経営に影響する事は少ないでしょ」

「そうですわね・・・」

エレインが渋い顔で納得し、フィロメナも確かにねと頷いた、

「でも、それが当然となってしまって、従業員を薄給で扱き使うのを当たり前と考えるようになるのです、なってしまったと言い換えてもいいのかしら、ま、そういう風潮になってしまったんでしょうね・・・でもそれは大きな間違いなのですよね、しかしそれに気付かないんですよ、世の中の一般的な無能な経営者は・・・」

「それは・・・言い過ぎではないですの?」

エレインが難色を示すが、フィロメナはそうだよねと一言呟く、

「はい、ちゃんと利益を出していて、支払える現金があったとしてもです、無能な経営者ほど、それが正しい経営で、自分だけが儲かる事が正しい・・・とそう考えるのでしょうね、さらに言えばどうしても雇用の関係上、上下の立場が生まれます、そうなると労働者は上には逆らえない・・・それでも労働者は納得できる・・・いや、納得せざるを得ない賃金で働くものなのですよね、その点で労働者もまた無能・・・とは違いますね、そこにあるのは雇用の関係と言うよりも生活を人質に取られた歪な関係と言えるのかもしれません」

テラは一息入れると、

「ですが、それでは経営は良いとしても経済が回らないのですね」

「あー、そうなるかー、テラさんはあれ?経済も勉強したの?」

フィロメナも一端の経営者である、さらに遊女という職業柄、その勉強量と情報量は並ではない、どうやらテラが言わんとしている事を先んじて理解した様子である、

「しっかりとはしてないですね、ですが、経営を考えるとどうしても経済も考えなければなりません、それが出来て初めて経営者と言えるかな・・・と、最近思い始めました」

「なるほど、貴族連中はそれを考えるのは我々だって喚いているやつもいるけどね、でも、実際に経済を回しているのは営利団体だからね・・・商会にしろ小さな商店にしろ経済の中心にあるのは為政者とはちょっと違うんだよね・・・あ、ごめん、それで」

「そうなんですよね・・・では経済を回すにはどうするか、です、これに関して商会や経営者が出来る事は一つですね、高給を支払う事・・・実はそれだけなんです」

「へー、そう思う?」

フィロメナはさらに食いついてくる、エレインは理解しつつも押し黙り、マフダは何の事やらと困った顔である、

「はい、経済を回すなんて高尚に聞こえますが、簡単に言えば売買を活性化する事なんですよ、その為にはまず生活資金以外に余裕のある貯蓄がある事、平民家庭は勿論、貴族でさえもです、実はこれだけで人は必需品以外を購入しようと思える、簡単ですよね、さらに、ちょっと良い物を買おうとも・・・思える、そうなると、生産者はより多くの品を市場に供給しなければならなくなり、さらに取扱う品をより良い品にしていかなければならなくなる、すると商会は潤いさらに労働者も潤う、税金も増える、敗者が存在しない状態になります、これが経済を回す事の要点だと思っております」

「全くだ、その通りだと思うね」

フィロメナは破顔しつつ、

「でも、それが出来ない」

「はい、何度も言いますが経営者が無能なのです」

「そうなるの?」

「はい、傲慢なんですよ、どいつもこいつも、だって、従業員には努力しろ利益を上げろ働け、数字が全てだーなんて怒鳴っておいて、自分が全く同じ事を言われるとゴニョゴニョ言って逃げるでしょ、さらに馬鹿なのはその取り巻きですね、あの人は努力しているとか言って上の立場に迎合する事が賢いって思ってるんですよ、はっきり言いますが、結果を得るために努力するのは当然で、さらに結果を出してやっと普通です、翻ると結果を出せるのであれば努力する必要は皆無なのです・・・暴論に聞こえますが・・・そうでしょう?」

「まぁね、その通りだけどさ」

フィロメナは笑顔を崩さない、

「さらに言えば当人とその取り巻きは当然のように高給を取りますからね・・・あ、でも、そういう人が相手のお仕事ですよね、言い過ぎましたかしら?」

テラはそこでフィロメナを慮る、

「いや、大丈夫、その通りだから」

フィロメナは一笑し、

「なるほどね、経営と経済に関してはどうしても背反する部分が多いんだよね、さらに経営者の資質っていうのかな?商会を維持するのは当然として、それにかこつけて従業員を搾取する傾向にあるのもその通りでね、でもそうすると経済は死んでしまうよね、うん、耳が痛いけど、その通りだわ」

「そうですね、その上で、こちらにお世話になって勉強になったのがエレイン会長の姿勢なんですよ」

テラがニコリとエレインへ視線を向ける、エレインはあら何かしらと背筋を伸ばすが、

「その姿勢ではないです」

テラは笑いつつ、

「エレイン会長は私から見てもかなり良い給料を従業員に支払っています、先程上げた諸々の好条件があった上での事ですが、さらに婦人部のように能力はあっても諸条件で働きにくい人を雇っている点も素晴らしいですね、とても有用な労働力なんですよ、田舎や農家では十分な労働力になっておりますが、都会だと労働の機会が少ないんですよね、奥様方は特に・・・家庭に入って子供が出来て、若干落ち着いたあたりの層と言いますか、そのあたりの浮いた層と表現すればいいのかな?とても重要な労働力なんだと思い知りましたね」

エレインは褒められているのかしらと首を傾げる、

「そっか・・・そうだね、高給もそうだけど、浮いた労働力か・・・」

「はい、この二つが重要なんだと思いますね、さらに言えば商会に対する信頼と愛情ですね、はっきり言えば高給のお陰で従業員は皆さん前向きですね、楽しそうですし明るい、不満の声も少ないです、店舗も良い雰囲気でしょう、あの独特の明るさは従業員さんがここの職場を大事にしてくれている証だと思います、婦人部もですが生徒部もそうですね、それはそうなんですよ、高給もそうですが、仕事もそれほど難しくない、その上厳しい監視下にあるわけでもなく、仕事をする日も自分で決められる、働きやすい環境なのですよ、従業員さんが苦しむこと無く悩むこと無く仕事が出来ているわけですね」

「あ、それわかるわ、働きやすい環境・・・それ大事だよね」

フィロメナはなるほどと鼻息を吐き出す、

「ただ、若干難しいのは勤務の公平性でしょうか、やっぱり、勤務を増やしたい人とそれほどではない人は別れますね、でも、それも上手い事割り振っておりますね、彼女達同士で・・・あ、それと無駄話・・・は、まぁ、お客様を相手にしてはしないようだからいいかしら・・・何にしろ・・・高給は全てに勝る解決策でそれと同時に組織としての防御策でもありますね、無用な諍いが生まれにくいです、それも経営者や経営手法とかそういう方向に向けられる負の感情が殆ど無いのです、これは凄い事ですよ、特に御婦人方は不満を言い出したら、ほら、永遠にしゃべれる人達で、さらに尾ひれが付いて際限なく大きくなる話題ですから・・・勿論、問題が無いわけではないですが、それはほらどんな組織も結局、人ですからね、人が二人いれば諍いは生まれます、そういうものです」

「まぁね・・・なるほど・・・」

フィロメナは腕を組んで沈思する、大きく頷くと、

「分かっていても・・・かな・・・でも、高給に関しては言い続けないと駄目かもね、経営を第一に考えた場合、高給を支払う事で市場を広げる事が出来るんだぞ・・・って、それと・・・あれだ、それが経営者の能力を示すってのはどうかな?給与もまともに払わない経営者は無能とはっきり言える事も大事だよね・・・って自分の首を締めてるな・・・」

フィロメナは苦笑いを浮かべて、頭をかいた、

「そうですね、でも・・・」

テラも腕を組んで俯いた、

「うん、難しいね・・・自分の事と考えると・・・従業員に優しくしなきゃな・・・偉そうな事言えないな・・・」

「そうなんですよね、私もこちらにお世話になって考えを大きく変えましたが・・・結局・・・経営者も一個人に過ぎませんからね、無能と謗ったところでへそを曲げるだけですね、そこから考えを変える事が出来る人は一握り・・・それ以下でしょうね、難しいところです・・・」

「そうかもね」

テラとフィロメナはうんうんと頷いた。
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