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本編

40話 千客万来? その1

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翌日、今朝はテラと一緒に事務所へと入ったエレインが事務机に向かっていた、テラは日課となった作業をこなしており、やがて、

「おはようございます」

昨日と同じように玄関へ来客である、テラが出迎えに走りエレインはうーんと伸びをしながら席を立つ、すぐにテラがマフダを連れて事務室へ入ってきた、その後ろにはフィロメナの姿もある、

「おはようございます」

エレインに向かってマフダとフィロメナは綺麗なお辞儀を見せ、

「おはようございます、朝からすいません」

エレインはニコリと微笑みつつ木簡を手にして入口付近のテーブルへ向かう、テラは二人に席を勧めると、

「お茶をお持ちします」

そう言って厨房へと踵を返す、

「昨日はありがとうございます、先日のロールケーキもですが、何とかクッキーも美味しかったです」

フィロメナが腰を下しつつ柔らかい笑みを浮かべる、しかしその目はどこか焦点が合ってないようにも思える、恐らくであるが朝早いのに慣れていないのであろう、どこか虚ろな感じを全身から漂わせているように見えた、

「クレオの一時だよー、大事な名前なんだからー」

マフダが口を尖らせた、

「あー、そうだっけー、ごめんねー、朝弱くてさー」

フィロメナは瞬時にだらしない顔でマフダへ笑みを見せる、

「あ、失礼でしたね、ごめんなさい、でも、ほら、夜の仕事だから、普段はまだ寝てる時間なんだよねー」

フィロメナは謝意を示しつつも実に明け透けである、同性であるから気を使っていないのか、自身が経営する店の外であるからなのかは分からないがなんともだらしない、

「構いませんよ、でも、あれでしょ、自宅でも作れるでしょ」

エレインも腰を下しつつ木簡をテーブルに置いた、

「はい、今度作ろうと思ってました、でも、あの型がいいんですよね、妹達もはしゃいでました、これなにーって、猫を上下逆にしてスライムーって言ってましたね、ワンコは最後まで何だか分からなかったみたいです」

マフダは嬉しそうに微笑む、

「ふふ、そうですか、楽しんでもらえたのであれば嬉しいですね」

「そうだ、あの挟まってるのがカスタードっていうの?あれはあれでしょ、ベールパンにも入ってるやつでしょ」

「そうですよ」

「あれ美味いよねー、ホイップクリームもいいけど、カスタードの濃厚な感じが好きだなー、あれだけで食べたいなーって」

「今度、家でも作るからー、もー」

馴れ馴れしい雰囲気の姉にマフダは苛立ちを隠さない、

「えー、お前さんが作るとさ、甘くないからなー」

「それはだって、お砂糖高いんだよー、もー」

「あれはそれほど砂糖は使ってないんですよ、なんでもかんでも甘くするのは違うかなってお店で提供している商品はそういう発想なんです」

「へー、そうなんだー、確かになー、お客に貰う菓子ってやたら甘いからなー、全部同じ味なんだよね、見た目と食感は違うんだけどねー、違いが分かりづらいっていうか、素材の味が消えちゃっているっていうか」

「そうなんですよね、なので、カスタードは卵の味を感じられるように、ホイップクリームはミルクの味を感じられるようにとその点に気をつけているんです」

「なるほどねー、確かに・・・うん、言われてみればそうだよね・・・なるほど」

フィロメナが大げさに頷いた頃合いでテラが茶道具一式を持って入って来る、3人は静かにその作業を見守りテラがエレインの隣りに座ると、

「さて、早速ですが、条件の方提示しますね、何かあれば御意見を下さい」

エレインは木簡を二人の前へ置いた、木簡には就業場所と就業時間、業務内容、賃金等が記載されている、二人はザッと目を通し、マフダはえっと驚き、フィロメナはフムーと奇妙な唸り声を上げた、

「いかがでしょうか、こちらの条件は今後の商会の展開、及び遊女向けの店舗等、諸々の諸条件で変更していく事になりますが、その点も御理解頂ければと思います」

「えっと」

マフダが口を開いた瞬間に、

「あー、これを見るとあれかしら、公務時間とそれ以外の時間の業務があるとそう思っていいのかな」

フィロメナがマフダを制して口を開く、

「はい、こちらの要望としまして昨日、マフダさんにも話しましたが、最初の内・・・そうですね、10日程度かな・・・は公務時間に店舗の方に入って頂きたいのです、商会としては一番大事な仕事ですので、しっかりと調理にしろ販売にしろこなして頂きたいと思います、で、それ以外の作業に関しては別途給金を計算します、研究所での業務や事務所での作業等も発生しますから、その点も業務として見るべきと考えます、ですので、テラさんにも話しておりますがその日どのような業務に就いたかを記録に残す様にして下さい、それと・・・」

「わかりました」

フィロメナは理解したようでみなまで言うなとエレインを止めると、

「私の意見を言わせてもらえば、ちょっと貰い過ぎかな?一経営者としてね、私もほら一応その立場だから、これだとあれだね、日中働き続けると、うちの店だと5年目以降のまとめ役の裏方さんと同じ給料になっちゃうかな?ま、うちではほら接客担当に良い給料払ってるけど、裏方は一般的な給与だと思っているんだけどね、ま、業務内容がそもそも違うから単純に比較は出来ないんだけどさ」

接客担当とは遊女の事であろうなとテラは推測する、

「うん、貰い過ぎの気がします・・・その、そんなに儲けてるんですか?あの店舗だけで・・・」

マフダも社会人経験は十分にある、自身の市場での価値はある程度理解しているのであろう、不安そうにエレインをみつめる、

「そうですね、利益はしっかり確保してますよ、これは大っぴらにしないで欲しいのですが、マフダさんが昨日見たように、薪も炭とかも使用していないんですよね、それと店舗にかかる費用も殆ど無いのです、単純に原材料費と人件費だけです」

「えっ、でも、そっか、確かにそうですね・・・」

「へー、薪使わないのか・・・それはすごいな・・・羨ましい・・・」

マフダは納得し、フィロメナは羨望の眼差しを店舗の方へ向けた、

「はい、なので利益率として考えるとかなり良いですね」

エレインがテラへ視線を向ける、

「そうですね、フィロメナさんに話したらきっと驚きますよ、私も素直に驚きましたから」

テラもエレインの言葉を肯定する、

「・・・それ、聞いてもいい?」

フィロメナがズイッと半身を乗り出すが、

「それはそれです、まずはこちらから」

テラはニコリと追撃を躱し木簡へ視線を向ける、フィロメナはもーと呻きつつ、

「でも、あれだ、つまり、貰い過ぎ、公務時間の給料で一日働くって事でいいと思うよ、あまり貰っても申し訳ないしね・・・うん、そうだね、半年毎に査定って事でいいんじゃない?向こう半年間はこっちの給料で、その後は当事者間で相談の上って事で・・・ほら、変に貰い過ぎてもさ、給料ってやつは責任や業務に伴うものじゃない?それをすっ飛ばすのはあまり良い事とは思えないかな?」

「そうですか、なるほど・・・」

エレインはフィロメナの言葉を噛み締めている様子である、ややあって、

「テラさんにも同じことを言われまして・・・やはりその辺は同意見なのですね」

若干寂しそうに呟く、テラはそうですよと小さく呟いた、

「はい、あの、あたしもそのお給料は嬉しいんですがまだその不安の方が先に立ってますし・・・ちゃんと出来るかどうかも・・・」

マフダが蚊の鳴くような声で囁いた、

「ならば・・・、基本給を別途支給しましょうか、経営陣に支払っている額を基本にして」

エレインがテラの表情を伺う、

「そうですね、それが良いかと・・・では」

とテラが腰を上げて石墨を事務机から持って来ると、

「勤務をした日にはこの額を上乗せします、それとフィロメナさんが仰る通り、午前の給与のみの支給としまして、これでいかがでしょう?」

テーブル上の木簡を修正し、二人の前に置いた、

「あの・・・経営陣って?」

マフダが不安気に問う、

「当商会の立ち上げから一緒に頑張っている学園の生徒です、その子達がいたからここまでやってこれたんですよ」

エレインがニコリと答えた、

「へー、学園生?それもすごいな、聞けば聞くほどあれだね、特異というか奇妙というか・・・」

フィロメナが言葉を無くした様子である、

「はい、私一人ではとてもとても、色んな人に恵まれました、大事な人達です」

エレインはふふっと優しい笑みを浮かべる、

「マフダさんにもそうなって頂ければ嬉しいと思いますね」

テラも優しい笑みをマフダに向けた、

「えっと・・・」

マフダは慌ててフィロメナの様子を伺う、フィロメナもどこか嬉しそうに微笑みを浮かべ、

「うん、ま、これだけ厚遇されているなら任せてしまってもいいかな、チンチクリンだけど宜しくね」

フィロメナは折衝を切り上げる事としたようである、

「こちらこそです、しっかりと働いて頂きますからその点は覚悟して下さい」

「それは勿論だよ、家の事はほら、任せてさ、ま、頑張んな」

フィロメナはマフダの頭を撫でつけた、

「えー、フィロメナ姉さんに任せたらゴミ屋敷だよー」

「はっはっは、その通りだ」

マフダの悲鳴にフィロメナは大きな笑いで答えた。
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