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第1章:レオポルトの悪夢
1-2.蜜の匂い
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その場を動けないでいるレオポルトに向かって、女がゆっくりと近づいてきた。女が動くたびに、水面に波紋が広がる。
泉の深さは女の腰までしかなく、形の良い臍や、たわわな乳房がレオポルトの眼前にはっきりと晒されている。
裸を見られているにも関わらず、女は顔色ひとつ変えない。
「ぁ、……ぁ、あ」
レオポルトは口を開いたが、苦しげな呻き声を出すのがやっとで、言葉にならない。
女はいつのまにか、手を伸ばせば届くほどの距離にまで近づいてきていた。
喉は充分潤したはずなのに、夜の闇の中でもはっきりと分かるアメジストの瞳に見つめられて、身動きが取れない。
まるで人ならざるものに魅入られてしまったかのように――。
「……道に、迷われたのですか?」
それが女の発した問いかけだとレオポルトが気づいたときにはもう――女は彼のすぐ鼻先に立っていた。
ぷぅんと匂い立つ、甘い香り。
女の蜜の匂い。
レオポルトはごくりと唾を飲み込んだ。
「……あ、あぁ」
なんとか返事をしたが、言葉が喉の奥につかえてしまった。女の耳には届かなかったかもしれない。
「お怪我もされているようですね」
続けて言った女の視線はレオポルトの傷ついた太腿に向けられていた。傷口に巻きつけていたスカーフは彼の体内から流れ出た血を吸ってどす黒く変色している。
「ここの近くに私の家がありますから、よかったら養生なさってください」
そう言って女が微笑んだ。
大輪の白い花がほころぶような可憐な表情に、レオポルトはつい我を忘れて見惚れてしまう。
「さあ、行きましょう。歩けますか?」
「あ、いや……ありがたいが、迷惑ではないだろうか……?」
女の呼びかけで我に返ったレオポルト。
本音では女の申し出に縋りつきたい思いであったが、騎士の意地を見せた。
「こんなところで寝ていたら、夜の間にオオカミに食べられてしまって、二度と朝日を拝めなくなりますよ」
「……っ!」
「さぁ、行きましょう」
女がレオポルトの手を取った。
冷たい。
先ほどまで泉に浸っていたせいか、女の指は氷のように冷たかった。
レオポルトは女を観察した。
しっかりとした面差しに知性を感じさせる話し方……どうやら、普通の人間みたいだ、とレオポルトは安堵する。
ついさっきまで、彼は本気で、この女を「女神の化身」かと思っていたのだった。
前を歩く女の白い裸身が眩しい。
月光を受けて銀色に艶めく長い髪。
なだらかな曲線を描いてくびれる細い腰。
むっちりと肉のついた形の良い尻。
しなやかに伸びる脚と引き締まった足首。
女の身体の何もかもが、この世のものとは思われぬほど美しく、また、どうしようもなく淫靡であった。
女に手を引かれて連れてこられた小屋は、粗末ではあるが、小ざっぱりと片付いていた。
彼女の他には誰もいないみたいだ。
レオポルトは導かれるがまま、一つしかない寝台に寝かされる。
決して心地のいいものではない、固い寝床ではあったが、ほのかに熟れた果実のような甘い匂いがした。
「身体を拭いたほうがいいですね。ちょっと待っていてください」
女が桶を持って外へ出て行く。
ひとり残されたレオポルトは、横になったまま、暗い天井を見つめた。暗闇の中に、女の裸の残像が浮かび上がってくる。彼は頭を振ってその像を振り払おうとしたが、何度振り払っても、消え去ってはくれない。
レオポルトは同世代の友人たちと比べても自分はストイックな質だと思っていた。なのに、あの女の幻像がこびりついて、頭から離れない。
「お待たせしました」
女が桶に水をたたえて戻ってきた。
あの泉の水だろうか?
レオポルトは女のほうを見ないようにして、そんなことを考えた。
「身体、起こせますか? お背中をお拭きしましょう」
寝台に腰かけた女がレオポルトの肩に触れた。
「んっ……」
軽く触られただけだというのに、肌がじんわりと熱を持つ。
なんだ、これは……!?
レオポルトは自分の身体であるにも関わらず、その過敏な反応に戸惑った。
女の方はというと、レオポルトの戸惑いなど一向に意に介した様子もなく、慣れた手つきで彼の衣服を脱がせていく。
ひんやりとした空気が肌に触れて、レオポルトはようやく自身の上半身が裸に剥かれていたことに気が付いた。
「あらあら、傷だらけじゃありませんか」
レオポルトの背中に回り込んだ女が彼の耳元で囁く。
女は水を含ませた布を彼の背中に当てて、ゆっくりと撫で始めた。
「い、いや、あの……自分でやる、から!」
レオポルトは慌てて振り向いたが、女は微笑むだけで手を止めはしない。
気持ちいい。
女の力加減は絶妙で、レオポルトは自然と目を閉じて、うっとりと身を任せてしまった。
「あぁ……」
あまりの心地よさに思わず身体を震わせると、
「お寒いですか?」
女が心配そうに彼の目を覗きこんできた。
「そ……そうだな。少し、寒いかもしれない」
本当の理由は言えないレオポルトが彼女の話に合わせて適当に答えると――ふいに、熱く柔らかな肉が背中に押し付けられた。
泉の深さは女の腰までしかなく、形の良い臍や、たわわな乳房がレオポルトの眼前にはっきりと晒されている。
裸を見られているにも関わらず、女は顔色ひとつ変えない。
「ぁ、……ぁ、あ」
レオポルトは口を開いたが、苦しげな呻き声を出すのがやっとで、言葉にならない。
女はいつのまにか、手を伸ばせば届くほどの距離にまで近づいてきていた。
喉は充分潤したはずなのに、夜の闇の中でもはっきりと分かるアメジストの瞳に見つめられて、身動きが取れない。
まるで人ならざるものに魅入られてしまったかのように――。
「……道に、迷われたのですか?」
それが女の発した問いかけだとレオポルトが気づいたときにはもう――女は彼のすぐ鼻先に立っていた。
ぷぅんと匂い立つ、甘い香り。
女の蜜の匂い。
レオポルトはごくりと唾を飲み込んだ。
「……あ、あぁ」
なんとか返事をしたが、言葉が喉の奥につかえてしまった。女の耳には届かなかったかもしれない。
「お怪我もされているようですね」
続けて言った女の視線はレオポルトの傷ついた太腿に向けられていた。傷口に巻きつけていたスカーフは彼の体内から流れ出た血を吸ってどす黒く変色している。
「ここの近くに私の家がありますから、よかったら養生なさってください」
そう言って女が微笑んだ。
大輪の白い花がほころぶような可憐な表情に、レオポルトはつい我を忘れて見惚れてしまう。
「さあ、行きましょう。歩けますか?」
「あ、いや……ありがたいが、迷惑ではないだろうか……?」
女の呼びかけで我に返ったレオポルト。
本音では女の申し出に縋りつきたい思いであったが、騎士の意地を見せた。
「こんなところで寝ていたら、夜の間にオオカミに食べられてしまって、二度と朝日を拝めなくなりますよ」
「……っ!」
「さぁ、行きましょう」
女がレオポルトの手を取った。
冷たい。
先ほどまで泉に浸っていたせいか、女の指は氷のように冷たかった。
レオポルトは女を観察した。
しっかりとした面差しに知性を感じさせる話し方……どうやら、普通の人間みたいだ、とレオポルトは安堵する。
ついさっきまで、彼は本気で、この女を「女神の化身」かと思っていたのだった。
前を歩く女の白い裸身が眩しい。
月光を受けて銀色に艶めく長い髪。
なだらかな曲線を描いてくびれる細い腰。
むっちりと肉のついた形の良い尻。
しなやかに伸びる脚と引き締まった足首。
女の身体の何もかもが、この世のものとは思われぬほど美しく、また、どうしようもなく淫靡であった。
女に手を引かれて連れてこられた小屋は、粗末ではあるが、小ざっぱりと片付いていた。
彼女の他には誰もいないみたいだ。
レオポルトは導かれるがまま、一つしかない寝台に寝かされる。
決して心地のいいものではない、固い寝床ではあったが、ほのかに熟れた果実のような甘い匂いがした。
「身体を拭いたほうがいいですね。ちょっと待っていてください」
女が桶を持って外へ出て行く。
ひとり残されたレオポルトは、横になったまま、暗い天井を見つめた。暗闇の中に、女の裸の残像が浮かび上がってくる。彼は頭を振ってその像を振り払おうとしたが、何度振り払っても、消え去ってはくれない。
レオポルトは同世代の友人たちと比べても自分はストイックな質だと思っていた。なのに、あの女の幻像がこびりついて、頭から離れない。
「お待たせしました」
女が桶に水をたたえて戻ってきた。
あの泉の水だろうか?
レオポルトは女のほうを見ないようにして、そんなことを考えた。
「身体、起こせますか? お背中をお拭きしましょう」
寝台に腰かけた女がレオポルトの肩に触れた。
「んっ……」
軽く触られただけだというのに、肌がじんわりと熱を持つ。
なんだ、これは……!?
レオポルトは自分の身体であるにも関わらず、その過敏な反応に戸惑った。
女の方はというと、レオポルトの戸惑いなど一向に意に介した様子もなく、慣れた手つきで彼の衣服を脱がせていく。
ひんやりとした空気が肌に触れて、レオポルトはようやく自身の上半身が裸に剥かれていたことに気が付いた。
「あらあら、傷だらけじゃありませんか」
レオポルトの背中に回り込んだ女が彼の耳元で囁く。
女は水を含ませた布を彼の背中に当てて、ゆっくりと撫で始めた。
「い、いや、あの……自分でやる、から!」
レオポルトは慌てて振り向いたが、女は微笑むだけで手を止めはしない。
気持ちいい。
女の力加減は絶妙で、レオポルトは自然と目を閉じて、うっとりと身を任せてしまった。
「あぁ……」
あまりの心地よさに思わず身体を震わせると、
「お寒いですか?」
女が心配そうに彼の目を覗きこんできた。
「そ……そうだな。少し、寒いかもしれない」
本当の理由は言えないレオポルトが彼女の話に合わせて適当に答えると――ふいに、熱く柔らかな肉が背中に押し付けられた。
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