あなたを喰べてもいいですか?

スケキヨ

文字の大きさ
上 下
2 / 25
第1章:レオポルトの悪夢

1-2.蜜の匂い

しおりを挟む
 その場を動けないでいるレオポルトに向かって、女がゆっくりと近づいてきた。女が動くたびに、水面に波紋が広がる。
 泉の深さは女の腰までしかなく、形の良い臍や、たわわな乳房がレオポルトの眼前にはっきりと晒されている。
 裸を見られているにも関わらず、女は顔色ひとつ変えない。

「ぁ、……ぁ、あ」

 レオポルトは口を開いたが、苦しげな呻き声を出すのがやっとで、言葉にならない。
 女はいつのまにか、手を伸ばせば届くほどの距離にまで近づいてきていた。
 喉は充分潤したはずなのに、夜の闇の中でもはっきりと分かるアメジストの瞳に見つめられて、身動きが取れない。

 まるで人ならざるものに魅入られてしまったかのように――。

「……道に、迷われたのですか?」

 それが女の発した問いかけだとレオポルトが気づいたときにはもう――女は彼のすぐ鼻先に立っていた。
 ぷぅんと匂い立つ、甘い香り。
 女の蜜の匂い。
 レオポルトはごくりと唾を飲み込んだ。

「……あ、あぁ」

 なんとか返事をしたが、言葉が喉の奥につかえてしまった。女の耳には届かなかったかもしれない。

「お怪我もされているようですね」

 続けて言った女の視線はレオポルトの傷ついた太腿に向けられていた。傷口に巻きつけていたスカーフは彼の体内から流れ出た血を吸ってどす黒く変色している。

「ここの近くに私の家がありますから、よかったら養生なさってください」

 そう言って女が微笑んだ。
 大輪の白い花がほころぶような可憐な表情に、レオポルトはつい我を忘れて見惚れてしまう。

「さあ、行きましょう。歩けますか?」

「あ、いや……ありがたいが、迷惑ではないだろうか……?」

 女の呼びかけで我に返ったレオポルト。
 本音では女の申し出に縋りつきたい思いであったが、騎士の意地を見せた。

「こんなところで寝ていたら、夜の間にオオカミに食べられてしまって、二度と朝日を拝めなくなりますよ」

「……っ!」

「さぁ、行きましょう」

 女がレオポルトの手を取った。
 冷たい。
 先ほどまで泉に浸っていたせいか、女の指は氷のように冷たかった。

 レオポルトは女を観察した。
 しっかりとした面差しに知性を感じさせる話し方……どうやら、普通の人間みたいだ、とレオポルトは安堵する。
 ついさっきまで、彼は本気で、この女を「女神の化身」かと思っていたのだった。

 前を歩く女の白い裸身が眩しい。
 月光を受けて銀色に艶めく長い髪。
 なだらかな曲線を描いてくびれる細い腰。
 むっちりと肉のついた形の良い尻。
 しなやかに伸びる脚と引き締まった足首。

 女の身体の何もかもが、この世のものとは思われぬほど美しく、また、どうしようもなく淫靡いんびであった。

 女に手を引かれて連れてこられた小屋は、粗末ではあるが、小ざっぱりと片付いていた。
 彼女の他には誰もいないみたいだ。
 レオポルトは導かれるがまま、一つしかない寝台に寝かされる。
 決して心地のいいものではない、固い寝床ではあったが、ほのかに熟れた果実のような甘い匂いがした。

「身体を拭いたほうがいいですね。ちょっと待っていてください」

 女が桶を持って外へ出て行く。
 ひとり残されたレオポルトは、横になったまま、暗い天井を見つめた。暗闇の中に、女の裸の残像が浮かび上がってくる。彼は頭を振ってその像を振り払おうとしたが、何度振り払っても、消え去ってはくれない。
 レオポルトは同世代の友人たちと比べても自分はストイックなたちだと思っていた。なのに、あの女の幻像がこびりついて、頭から離れない。

「お待たせしました」

 女が桶に水をたたえて戻ってきた。
 あの泉の水だろうか?
 レオポルトは女のほうを見ないようにして、そんなことを考えた。

「身体、起こせますか? お背中をお拭きしましょう」

 寝台に腰かけた女がレオポルトの肩に触れた。

「んっ……」

 軽く触られただけだというのに、肌がじんわりと熱を持つ。

 なんだ、これは……!?

 レオポルトは自分の身体であるにも関わらず、その過敏な反応に戸惑った。
 女の方はというと、レオポルトの戸惑いなど一向に意に介した様子もなく、慣れた手つきで彼の衣服を脱がせていく。
 ひんやりとした空気が肌に触れて、レオポルトはようやく自身の上半身が裸に剥かれていたことに気が付いた。

「あらあら、傷だらけじゃありませんか」

 レオポルトの背中に回り込んだ女が彼の耳元で囁く。
 女は水を含ませた布を彼の背中に当てて、ゆっくりと撫で始めた。

「い、いや、あの……自分でやる、から!」

 レオポルトは慌てて振り向いたが、女は微笑むだけで手を止めはしない。

 気持ちいい。

 女の力加減は絶妙で、レオポルトは自然と目を閉じて、うっとりと身を任せてしまった。

「あぁ……」

 あまりの心地よさに思わず身体を震わせると、

「お寒いですか?」

 女が心配そうに彼の目を覗きこんできた。

「そ……そうだな。少し、寒いかもしれない」

 本当の理由は言えないレオポルトが彼女の話に合わせて適当に答えると――ふいに、熱く柔らかな肉が背中に押し付けられた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...