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三章 ギルド

装備はばっちり

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 チューヤとカールの模擬戦は、なんと四時間あまりも続いた。二人共、地べたに座り込んでいる。観戦していた者達からは両者魔力切れで引き分けという結果に見えた。
 しかし悔し気な顔をしているのはカールで、チューヤはどちらかといえばホッとしている表情だ。

「くっ! まだまだ精進が足りないか」
「バカ言ってんじゃねえ。テメーみてえなめんどくせーヤツとは当分やりたくねえぜ」

 継戦能力という点では、まだチューヤに若干余裕があり、カールは文字通り空っぽという感じだ。しかしカールの攻撃は接近戦に魔法を織り交ぜたバリエーションが豊富で、さすがのチューヤも一瞬たりとも気が抜けない。実際、チューヤ自身が傷だらけである。それはカールの攻撃が纏魔の鎧を貫通したという事でもある。

「まだまだ致命傷には程遠い」
「いや、致命傷ってお前……」

 確かにカールの言う通り、チューヤが負ったのはかすり傷程度。これが実戦だったら軍配はチューヤに上がっていたかもしれない。対するカールは怪我の程度で言えばチューヤよりも遥かに酷い。しかしそれは殆どがチューヤが得意な接近戦で負ったものだ。それは敵に飛び込んで行かなければならないという対魔族戦を見越したものである。

 やがて二人は観戦していたメンバー達の元へと移動し、着ていた防具類を外す。マリアンヌ、スージィ、ミラがすぐさま二人の怪我の手当を行い、ジルとマンセルは二人が来ていた防具の損傷具合の確認を始めた。

「いやあ、すげえぜその防具。そいつが無けりゃ、骨の一本二本じゃ済まなかったんじゃねえかな」
「うむ。強度、しなやかさのみならず、衝撃をやわらげるクッション性までも備えている。これが量産されれば、金属鎧など馬鹿馬鹿しくて使ってはいられないだろう」

 手当を受けながら、チューヤとカールは口々に防具を称賛した。言うまでもなく、希少な魔獣の素材を惜しみなく使用したものであり、量産などは不可能な話だ。アストレイズの四人分を揃えるのがやっとだったのである。
 見た目は何処にでもあるような皮鎧。グローブは肘まで保護するロングタイプ。ブーツも同様に膝までカバーする。さらに着用しているパンツやシャツすらも、魔獣の筋繊維を編み込んで作ったワンオフの品。一見軽装備にしか見えないこれらが、金属製の全身鎧の防御力を遥かに上回る。
 
「ふむ。これといった損傷はないようですな」
「あれだけの攻撃を……信じ難いな」

 マンセルもジルも、かなり激しい攻撃がヒットしているのを目撃している。しかし吟味した防具は、多少の傷などはあったものの、実戦に影響があるようなものではなかった。それだけに目を丸くして驚いている。

「ああ、コイツがあれば、ガンガン敵ン中に突っ込んで行っても無理が利くと思うぜ!」
「コラ!」
「てっ!? 何だよ?」
「チューヤは無理しちゃダメ!」

 手当を受けながら能天気な事を言うチューヤの脳天に、チョップを落としながらマリアンヌがクレームを入れる。しかしそこに以外なところからフォローが入る。

「変異種の大群を潜り抜けて魔族に肉薄するには、多少の被弾も覚悟しなければならない。そこのバカが言いたかったのはそういう事だ」
「そうそう、そういう事――って誰がバカだああン!? もっかいやるかこの野郎!」
「望むところd――ッ!?」
「イデッ!?」

 今度はチューヤ、カール、二人の脳天にゲンコツが落ちた。無論、マリアンヌとスージィである。

「君達は相変わらず仲がいいな。それでも、今日はそこまでにしておくんだな。ほら、お客さんだ」
 
 男子二人が女子二人に制裁を食らうまでがセットになっている寸劇を、生温かい視線で眺めていたジルだが、屋敷の入り口から入ってくる男に視線を移して残念そうにそう言った。

「ふむ、組合長と……あとは見慣れない方々ですな。お迎えいたしましょう」

 そう言ってマンセルが屋敷の門へと歩いて行く。
 やって来たのはピットアイン傭兵組合の組合長。そして見慣れない男が二人。一人は文官風の男で如何にも宮仕えといった雰囲気だ。そしてもう一人は傭兵らしい雰囲気はあるが、見た目は優男で荒事はあまり得意そうには見えない。
 マンセルが先導してその三人が近付いてくる間に、ジルがミラにテーブルとチェアをもう一組用意するように言う。

「やあ組合長、イングラでの会合の報告かい?」

 まだミラの準備は終わっていないが、ジルの方から気さくに声をかけると、まず組合長が軽く会釈をする。

「ええ、今ピットアインに着いた所です。商会長はこちらにいそうな気がしたので直接お邪魔させていただきました」

 組合長がそう言いながら苦笑する。最近のジルは商会の仕事を部下に任せ、アストレイズと共にいる時間が多いとのもっぱらの評判だからだ。そう言われたジルもやはり苦笑だ。

「そしてこちらの二人なのですが……」

 そういって一緒にいる二人の方へ視線を向ける。

「私は王立図書館長をしているショカという者です。お初にお目に掛かります、バロネス。そしてこちらがの皆さんが噂の……」

 ショカと名乗った文官風の男がジルに向かって頭を下げ、次いでアストレイズのメンバーに視線を移していった。

「どうしたのかな? あまりに若い美男美女ばかりで驚いたのかな?」
「あ、いえ。そのような事は……」

 美男美女かどうかはともかく、その若さに驚いた事については図星を突かれ、少しばかり慌てるショカ。

「構わねえよ。そういうのもいい加減慣れちまった」

 チューヤがそう言いながら手をヒラヒラと振った。ただしショカの方は、次は気を付けろという無言のプレッシャーを感じる。

「僕はピットアハトの傭兵組合から派遣されてきた、ナイルといいます。腕っぷしの方はからっきしですが。ハハハ……」

 ナイルと名乗ったのは二十代半ば程の若い男。人懐っこい笑顔を浮かべながら挨拶をする。
 そうしている間にミラとマンセルが彼等の分のテーブルと椅子、そしてお茶と軽食を準備した。

「せっかくの気持ちのいい午後だ。ここで話を聞こう」

 ジルがそう提案すると、そよ風が芝生を揺らしていった。 
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