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三章 ギルド

カース―サイド

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 半日程進むと、ウェル村が見えてきた。イングラ村となんら変わらない規模だそうだが、山を縫うように流れる川の両岸に農地が広がっており、牧畜を主産業とするイングラ村と違って、こちらは農業が主幹産業らしい。
 山を背にした一角にやや大きい屋敷が見える。

「あれが領主の?」
「ええ、元々はウェル村の村長の屋敷だったんですが、前領主がそれを接収しましてね」

 ジョージがカールの質問に答えた。
 なんとも酷い話だった。元はと言えば、イングラ村に領主の居館があった。憲兵の詰所がそれである。だが前領主は家畜の臭いが気に入らないと癇癪を起こし、農業主体で山河の景観も美しいウェル村へと移動してしまった。ところが住まう屋敷も何も準備していない。

「それで村長を追い出して自分が住んだと?」
「はい……おかげで随分と村は混乱したようですな」
「わあ~、なんて言うか、領主様が変わって良かったわね」

 カールの表情に怒りが滲み、スージィはすっかり呆れているようだが、それでも幾分前向きな発言だ。
 それから暫く馬車の中は無言で進む。村に入り、ウェル村からイングラ村へ応援に出ていた人々がそれぞれ家へと戻り、スコティ村から来ていた人々はさらに三時間ほど先にあるという自分達の村へと戻って行った。
 カール達を乗せた馬車は、その領主の屋敷へと向かう。さすがにただの民家という訳にもいかないのか、屋敷の周囲には簡易的な柵が、そして正面には質素ながらも門が設けられていた。ジョージによれば、これも前領主の命令で作られたらしい。
 ミラがその門に横付けするように馬車を停めた。
 門を守る兵士が二人、槍を交差させて行く手を塞ぐが、どちらもカールが見知っている顔である。

「こ、これは坊ちゃま!」

 カールに気付いた兵が慌てて槍を引き、姿勢を正して言った。それにカールも気安く返す。

「やあ、ご苦労。父上に会いたい。火急の要件だ」
「は! 少々お待ちください!」

 このやり取りを一同は目を白黒させながら見ていた。
 一応は理解していた。このカールという男が貴族の血を引く者であり、物腰も行動理念も良い意味で非常に貴族らしくもある。しかし、その貴族の家臣がカールに向かってあのような態度を取るのは初めて見る光景であり、ああ、やはりカールは貴族なんだなという感想が込み上げてくる。

「実際に目にすると、やっぱりカールって貴族よね。あたし達が気安く話しちゃっていいのかしら?」
「今の私はただのギルド『アストレイズ』の構成員だ。人として必要最低限の礼儀さえ守れば問題ない」

 スージィとカールがそんな会話をしている所へ、兵士が駆け戻ってきた。

「今からお会いになられるそうです! どうぞこちらへ!」

 貴族として最下級の男爵位とは言え、領主がすぐさま客人と会う。しかもアポなしで訊ねてきた相手に対して。これはかなり異例な事であり、やはりスナイデル男爵とカールが親子である事は再認識させるものだった。



「ふむ……事は想像以上に深刻なようだな」

 屋敷の一室でスナイデル男爵と面会しているカール、スージィ、ジョージ、アンドリューの四人。他にいるのは何やら記述している書記らしき女性と、警護の兵が二人。どれもカールが見知っている顔らしく男爵家に仕えてそれなり長いらしい。
 ジョージとカールから一連の事件の報告を受けたスナイデル男爵が沈痛な表情を見せた。
 一応は極秘事項になっている領主交替、それに伴う戦力不在の情報流出の件。
 さらには村を襲撃した変異種の群れと魔族と思われる人物の件。

「それでも、危険を顧みずに我が領民を守ってくれた事、感謝するぞ」
「は」

 親子と言えどもここは公式の場。男爵とカールの間には一定の距離のようなものが感じられる。

「それから、領主様にこちらを」

 続いてジョージがスナイデル男爵に一塊のブロック肉と、白銀に輝く羊毛を糸にして巻いたものを献上した。

「これは?」
「例の羊の変異種のものです。普通の羊より数段上質なものですが、生憎と数に限りがあります」
「なるほど」

 ジョージは変異種となってしまった原因などが分からぬ以上、家畜化して量産などは不可能だろうという見解を示し、ここにいるカールをはじめとしたアストレイズの好意で数十頭分の肉と羊毛は確保している事を伝えた。

「私達はコレにどれほどの市場価値があるかは分かりません。一応は、チューヤ達がパーソン商会に鑑定を頼むようですが、父上にはこれを是非領地の復興のために役立てていただければと思います」
「うむ。赴任したばかりでもあるし、ここはお前達の好意に甘えるとしよう。今日はゆっくりしていきなさい。この肉でささやかながら宴でも開こう」

 そこまで言うと、漸くスナイデル男爵の表情が和らかくなった。
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