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二章 立志

チューヤ、行動を見通される

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 傭兵組合支部に着くと、両手の塞がっているチューヤは乱暴に扉を蹴り開けた。

「すんませーん。こいつらって傭兵組合の奴らっすかー?」

 そう言いながら、引き摺っていた二人を無造作に放り投げた。マリアンヌもそれに倣って一人を追加でぽいっとする。
 そんな二人に集まるのは、先日以上に敵意にギラついた視線と、恐怖に怯える視線。
 二人の姿を見た職員が、大急ぎで奥の方へ駆けていく。その間、チューヤの問いに答える者はいない。
 少しすると、奥から巨漢が現れた。支部長だ。

「……君か。彼等がどうしたのだ?」
「この三人がここの傭兵かどうかを聞いてるんだけど?」
「私の質問に答えたまえ」
「先に聞いてんのはこっちなんだよおっさん」

 チューヤの目が細く鋭くなる。その殺気に、先日の訓練場の惨劇が思い出された。

「……確かにこの支部の傭兵だ。彼等がなぜこうなっているのか説明はしてもらえるんだろうね?」

 気を失ったままの三人に視線を投げかけ、次いで職員に視線を移す。すると何かに気付いた職員が三人を運んで行った。救護室かどこかに運ぶのだろうと、大した興味も示さずにチューヤとマリアンヌはそれを見送る。

「街中でそいつらが殺気むき出しにしてたんだけどよ。おっかねえから裏通りに逃げたら短剣抜いて襲って来たんで返り討ちにした」

 それを聞いた支部長の顔から血の気が引いた。チューヤの話が事実かどうかは分からないが、もし事実なら傭兵組合の評判を貶める大事件だ。訓練場でのいざこざならどうとでも処理できるが、傭兵が街中で一般人いっぱんじんを襲撃したとなれば……
 それにしてもおっかねえからとは片腹痛いと支部長は思う。そんなタマではない事くらい身に染みて分かっている。あの三人はおびき出されたのだろう。
 それに、このチューヤという少年が回りくどい手段を取って組合を嵌めるような真似をするとも思えなかった。

(彼の戦い方は真っ直ぐで純粋だった)

 支部長とて腕っぷしだけで今の立場になった訳ではない。経験が培ってきた洞察力もある。
 彼の目的は、おそらく警告だろうと察する。普通なら官憲なり役人に突き出すところを、こうして組合支部に運んできたのだから。

「……確かにあの三人はこの支部の構成員だ」
「そうかい。じゃあその構成員全員に伝えてくれよ。これは警告だ。ケンカなら売られたら全部買う。その代わり……」

 チューヤの魔力が高まっていく。それは物理的な圧力を感じさせるほど濃縮され、彼の身体から放出されていく。
 魔力を感じられない者や戦場の経験のない者ですら、そのプレッシャーを肌で感じた。

「全員ブッ殺す」

 その一言で、腰を抜かした者すらいる。そんな殺気漲るチューヤの頭を、マリアンヌがジャンプして小突いた。

「こらチューヤ! ビビらせすぎ!」
「ってーな、分かったよ」

 チューヤが殺気を引っ込めたお陰で空気が弛緩し、その場にいた全員がどっと脱力した。それじゃあ用は済んだとばかりに戻ろうとする二人だが、途中でマリアンヌが立ち止まり振り返って言った。

「あ、謝罪も見舞いもいらないよ! ただ、今後こんな事が無いようにしてほしいなあ? じゃないと、ボクも襲撃者の命の保証はできない」

 そして二人が去った後の組合支部では。

「おい、あの小娘やべえぞ……あの殺気の赤髪の頭小突くなんてよ」
「ああ、何があってもあの小娘にゃ手出ししちゃいけねえ」
「きっとあの小娘が最強なんだぜ……」

 マリアンヌが最強認定されていた。その後、ピットアインではマリアンヌが最重要危険人物として周知されていった。

 所変わって四人が生活する屋敷の庭では、カールとスージィが魔法の訓練に精を出していた。
 スージィが土系統の魔法で的を作り、カールが様々な魔法でその的を攻撃する。またはその逆。
 的を正確に破壊する為の座標設定、魔法の構築の速度と威力。それらの精度に磨きをかける為の訓練だ。的を出現させる場所はランダムなため、思った以上に臨機応変さが求められ、実戦的な訓練になっている。
 
「……すごいです。こんな魔法使いが二人も……」

 それを少し離れていたところで控えていたメイドのミラが、呆気にとられながら見ていた。そして、訓練に一段落つけた二人が用意してあるチェアに戻ってくると、グラスに冷たい果実水を灌ぐ。

「カール様もスージィ様も、すごい魔法使いなのですね」

 確かに二人の技量はシンディのスパルタで格段に上がっており、その後も修練を欠かさない二人は既にスクーデリア王国軍の中枢にいる魔法戦士と比べても遜色ないレベルに達していた。
 元々の才能とそれを引き出したシンディの導き。さらにはたゆまぬ自己研鑽。その全てをしっている訳ではないミラは、自分とそう違わない歳の二人の才能が羨ましく感じる。

「あたしもカールもね、最強の魔法戦士を目指しているの。でも師匠に比べたらまだまだ」
「それに、真の最強になるにはヤツを倒さねばならない」

 その二人の発言に、ミラを驚きを隠さなかった。自分のくらいの歳頃でこの強さなら、少しくらい天狗になってもおかしくはない。というか、自分なら多分そうなっていると思う。それなのにこの二人は強さに関しては非常にストイックだ。

「お二人が敵わない相手が?」
 
 そのミラの質問にはスージィが答えた。

「そうね。まあ師匠は別格としても、一人だけいるのよ。今頃どこほっつき歩いてるのかしら?」
「フン。ヤツの事だ。その辺りでケンカでも売られて、相手を半殺しにしているに決まっている」

 そしてカールもそれに補足をいれる。中々に酷い言い草に、ミラは苦笑いだ。

「あ、ほらほら、噂をすれば、よ」

 スージィに言われて門の方を見れば、燃えるような赤髪を逆立てた長身の男と、小柄で可憐な少女が連れ立って入ってきた。

「いやあ、またチューヤが街で絡まれちゃって! 傭兵三人が被害にあったよ!」
「おいマリ、被害にあったのはこっちだろが――お? 美味そうなモン飲んでんな! 俺達にもくれよ!」

 カールが言ったままの行動を取っていたチューヤ達に、屋敷にいた三人は呆れ顔だ。そしてミラも、このチューヤこそが凄腕魔法使い二人が目標としている人物だと知る。
 出自も性格もまるで違うし、仲は悪くないが慣れ合ってる風でもない、いや、むしろチューヤとカールに至っては犬猿の仲と言っていいかもしれない。そんな四人の不思議な関係に、ミラの興味は増していった。

(この四人と一緒なら、楽しそう)

 内心そう思いながら、ミラは果実水のグラスを二つ追加した。
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