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二章 立志

朴念仁が二人

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「いや、一緒にってお前ら……ベッドは二つしかねえぞ?」

 さすがのチューヤも、マリアンヌとスージィが言い出した内容には困惑する事しきり。
 シンディの家に住み込みで修行に明け暮れた日々も、一つ屋根の下で一緒に暮らしていたとは言え寝室は別。それにあのシンディの目が光っているところで甘酸っぱい展開になどなろうはずもなく、何より特訓の後はとにかく眠って身体を休ませる。それ以外に選択肢はなかった。

「さすがにそれはマズいと思うのだが……」

 一方、養成学校時代からそのルックスで女子生徒から絶大な人気を誇っていたカールも、こういった場面にはあまり免疫がないらしく、視線を逸らして動揺しているように見える。
 そんな普段は見せないような二人の態度に、美少女たちは自分達が何を言い出し、そしてそれがどういう意味を持つのかを悟ったらしい。

「あ! いや、そういう意味じゃなくて! ほら、チューヤとカールが同じベッドで寝るとか!」

 マリアンヌがあわあわしながらそう語るが、チューヤとカールからはノータイムで返答が来た。

「「死んでもお断りだ!」」

 しかしそれを聞いたスージィは目を丸くしたあと、ニヨニヨと頬を染めながら身を捩る。

「え? 男女ペアでひとつのベッドはまだちょっと早いよお……」
「「こんなヤツと一緒に寝れるか」」

 チューヤとカールは大きくため息をつく。そして同時に部屋から出て行こうとした。

「……テメエは残ってていいんだぜ?」
「フン。貴様こそ未練がましい顔をしているぞ? この助平が」
「ケッ! 抜かせ、このムッツリが」

 お互いに罵詈雑言を浴びせながら、二人はホールへと向かっていった。ソファにでも寝るつもりらしい。
 そんな二人を残念そうに見送るスージィだが、ふと視線を室内に戻せば、目を瞑り集中しているマリアンヌの姿が目に入る。

「ちょっとマリ、あんた何やってるの?」
「こっちだ! ボク、こっちで寝る!」

 どうやらマリアンヌは嗅覚強化でチューヤの使っていたベッドを判別していたらしい。

「はあ……あんた、ホントにチューヤが好きなのね」
「……チューヤはボクの恩人だからね! 命の恩人、そしてボクの可能性を見出してくれた恩人。だからボクはずっとチューヤをサポートし続けていきたいんだ」

 スージィの問いかけに、マリアンヌは真っ直ぐに答えた。
 そしてそのままスージィに問いを返す。

「スージィはどうなのさ?」
「私は……チューヤもカールも、ライバルだと思っていたの。でも、敵わないわよね、あんなバケモノみたいな二人だもの。でもね、カールは私に道を示し続けてくれた。授業の時も、特訓の時も。だから私はカールについて行きたいと思っているわ」

 そう答えるスージィだが、それが微妙に本心ではない事くらい、マリアンヌは察している。

「もう。素直に好きって言えばいいのに」
「ぐぅ……でも、私は平民の娘。向こうは貴族だし……」
「ああ……でも、そういう垣根のない世界にしていきたいよね!」

 なるほど、身分の壁か、とマリアンヌは納得するが、魔法使いを至上とするスクーデリア王国の在り方に真っ向から立ち向かったチューヤと、彼と反発しながらも互いを高めあっていくカールの二人なら、将来世の中を変えてしまうのではないか。そんな事を期待してしまうのだった。




「おい」
「あン? ベッドが恋しいなら戻っていいんだぜ?」
「茶化すな。真面目な話だ」
「……」

 宿の待合のソファを陣取り、それぞれ横たわる二人。
 いつもなら嫌味か苦言のカールが、真剣な声色で話しかけてきた事から、チューヤはソファから身を起こし、座り直して聞く体勢を取る。

「マリアンヌ……彼女は貴様について行くぞ?」
「何が言いてえ?」

 カールも同じく座り直してチューヤと向かい合った。

「貴様の事だ。傭兵登録したとして、より過酷な戦場を選ぶのだろう? 当然マリアンヌも同行するだろうな」
「それはアイツが決める事だろうが」
「この朴念仁が」
「はぁ?」

 チューヤの答えにカールが全力で呆れ果てた。
 マリアンヌがチューヤに惹かれているのは明らかだ。それはもう恋慕とかそういうレベルを超越して、崇拝と言っていい。自分の人生を導くような出来事があったのだから無理もなかろう。しかしチューヤにはその自覚が全くない。

「例え貴様が死地に飛び込もうとも、彼女はお前から離れはしない。むしろ貴様の盾になろうとさえするだろう」
「……」

 そこまで言われては、チューヤとしても神妙な表情になる。

「貴様の選択は、マリアンヌの命に対して責任を負う事になる事を忘れるな」
「死なせねえよ。んで、俺も死なねえ。親父やお袋みてえにはならねえ。大事なモンを守ったとして、自分が死んじまったら何にもならねえじゃねえか。俺があれからどんな思いで生きて来たと思ってんだ」
「……」

 チューヤの言葉を聞いて、今度はカールが言葉を失う。主君を逃がす為に命を懸ける。それは確かに美徳かもしれないし、後々まで語り継がれる英雄譚となり得る。しかし残された遺族に残るのは悲しみと喪失感。チューヤはそれを嫌というほど分かっている人間だ。

「甚だ不本意だが、私も貴様に同行させてもらう」
「あ? なんでだよ!?」
「貴様の両親は我が親の恩人だ。その忘れ形見の貴様には借りを返さねばならん。これは私の貴族としての矜持だ」
「ふん、いいのか?」

 今度はカールの言葉を聞いたチューヤがニヤリと笑う。

「テメエの行くとこには、必ずスージィが付いて回るぜ?」
「なぜだ?」
「この朴念仁が」
「くっ……」

 ここまでのやり取りで、話は終わりとばかりにチューヤがゴロリと横になる。
 
「テメエこそ、自分に惚れてる女を死なせるんじゃねえぞ」

 背中越しにそう語り、チューヤは眠りについた。
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