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一章 魔法戦士養成学校編
最後の晩餐
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「……ここまでやっちまったからなぁ。お前らの退学は免れねえだろ。だが、せめて命くれえは守ってやらねえとな」
師匠としては。そう言いかけて、シンディは言葉を続ける事が出来なかった。自分を守ろうとした弟子達は退学に追い込まれ、自分は生き恥を晒しながら学校に残る。何が師匠だ。そう自嘲する。
彼女は気絶してしまったデヴィッドを見下ろしながら、血が滲む程に自らの拳を握りしめる。この、己の欲の為に自分を、そして教え子を陥れようととした。いや、少なくとも今ここにいる四人の生徒の将来は摘み取られた。いっそこの手で殺してやろうかと思う。
しかし、チューヤの言葉がそれを思い止まらせる。
――自分が辞めたら、残された生徒はどうなってしまうのか。
残った生徒と、デヴィッドへの恨み。その葛藤の結果が握り締めた拳から滴り落ちる血だ。
「教官……」
その拳を見かねたカールが近付き、水系統魔法でシンディの手を洗い流した。そしてデヴィッドに向き直り、詠唱しながらワンドを向けた。
「水流斬」
ワンドの先に展開された魔法陣から放たれたのは超水圧の放水。刃のように薄く鋭い水流がデヴィッドの右腕を切断した。
「氷結」
さらに同時に展開していた魔法陣から冷気が放たれ、切断された傷口を凍らせた。
「これで収めて下さいって事ですよ、教官」
命までは奪わない。しかし自分達の将来を奪ったこの男からは、それ相応のものを頂く。自分の手で。その思いや覚悟をみなまで言わぬカールに代わり、スージィが代弁する。
「シンディ君。話を聞かせてもらおうかな。生徒諸君は今日は帰宅してよろしい」
いつの間にか現れた学校長がこの場を収めるべく解散を命じた。
「スージィ。お前もみんなと一緒にアタシん家で待機だ。結果はその時に伝える。チューヤ。お前にも特に話しとく事があるからな? 大人しく待っとけよ」
そう言い残して、シンディは学校長と共に校舎へと戻っていった。
「ねえチューヤ、コレどうするのさ?」
「あン? 知らねえよ。ほっとけほっとけ」
こうしてデヴィッドを放置したまま、四人はシンディの家へと向かった。
△▼△
「……以上が事の顛末です。私個人としては、我欲の為に生徒を利用したデヴィッドを到底許す事は出来ません。また、奴に同調した教官方もです」
事情の説明を終えたシンディが厳しい表情で教員一同、そして最後に学校長を見据えた。
「事情を鑑みても片腕を斬り落とすとは些かやりすぎた。やはり退学は免れん。それに……」
苦渋の表情の学校長が沙汰を言い渡し、途中で言葉を切った。そして大きく一呼吸してから続ける。
「学校としてはそれで済ます事もできるが、デヴィッド教官の家が追い込むであろうな」
そう、貴族の権力で彼等を潰しにくる。学校長はそう警告してきた。
(それでも、アタシが絶対に守ってやるさ)
シンディがそう決意した瞬間、教官室にいた全員が、嫌な汗が止まらなかったという。
△▼△
その頃シンディの自宅で待ってた生徒四人は暇を持て余していた。四人掛けのテーブルを囲み、言葉少なに勝手に入れた紅茶で喉を潤している。
「師匠、遅いね」
マリアンヌがそう零す。確かに事情聴取はあるにしろ、とっくに日は暮れている。帰ってきてもいい頃だろう。
「晩御飯の支度でも、する?」
スージィはこの家は初めてだ。どことなく居心地悪そうにそう語る。
「そだね。やろっか」
意気投合とまではいかなくても、スージィとマリアンヌの間にわだかまりは無いように見える。それはスージィがマリアンヌを強者として認めたからか。
そんな女子達を余所に、チューヤとカールは目を合わせる事なく、無言を貫いている。
そこへ、重苦しい空気から二人を救うかのように、家主の帰還を知らせる物音がした。
「おー、遅くなった。すまねえな! 今すぐ飯の支度すっからよ!」
何やら荷物を抱えながらの帰宅。シンディが遅くなったのは買い物をしていたからだと察した二人は、特に文句をいう事もなく、軽い挨拶だけを返した。
「お疲れッス」
「お帰りなさい」
「おう。ん? なんかイイ匂いがすんじゃねえか?」
台所から漂ってくる香りに鼻をクンクンとひくつかせているシンディに、チューヤが状況を説明した。
「へえ、折角だから待たせてもらおうかねぇ」
そこへスージィが出来上がった料理を運んできた。
「あ! シンディ教官、お帰りなさい! お台所をお借りしていました」
「おう、構わねえよ? いや、すまねえな。手間かけさせちまって」
さらにマリアンヌが配膳の為に台所から出てくる。
「さすがに師匠の味には及ばないと思うんだけど、ボク達頑張ったんだよ!」
「ほうほう、そりゃ楽しみだな。遠慮なく頂こうかねぇ」
テーブルの上に並べられた料理を見て、シンディが目を細めた。
そして四人掛けのテーブルに椅子が四脚。一人分足りない事に気付いた彼女は、魔法発動媒体のタクトを振るい、土系統の魔法で直方体の石を作り出した。腰掛けるのに丁度良い、石の椅子と言ったところか。
「まあ、色々と聞きたい事もあるだろうが、今は飯にありつこうじゃねえか。おお、こりゃあ美味そうだ」
こうして五人は、最後の晩餐を囲むのだった。
師匠としては。そう言いかけて、シンディは言葉を続ける事が出来なかった。自分を守ろうとした弟子達は退学に追い込まれ、自分は生き恥を晒しながら学校に残る。何が師匠だ。そう自嘲する。
彼女は気絶してしまったデヴィッドを見下ろしながら、血が滲む程に自らの拳を握りしめる。この、己の欲の為に自分を、そして教え子を陥れようととした。いや、少なくとも今ここにいる四人の生徒の将来は摘み取られた。いっそこの手で殺してやろうかと思う。
しかし、チューヤの言葉がそれを思い止まらせる。
――自分が辞めたら、残された生徒はどうなってしまうのか。
残った生徒と、デヴィッドへの恨み。その葛藤の結果が握り締めた拳から滴り落ちる血だ。
「教官……」
その拳を見かねたカールが近付き、水系統魔法でシンディの手を洗い流した。そしてデヴィッドに向き直り、詠唱しながらワンドを向けた。
「水流斬」
ワンドの先に展開された魔法陣から放たれたのは超水圧の放水。刃のように薄く鋭い水流がデヴィッドの右腕を切断した。
「氷結」
さらに同時に展開していた魔法陣から冷気が放たれ、切断された傷口を凍らせた。
「これで収めて下さいって事ですよ、教官」
命までは奪わない。しかし自分達の将来を奪ったこの男からは、それ相応のものを頂く。自分の手で。その思いや覚悟をみなまで言わぬカールに代わり、スージィが代弁する。
「シンディ君。話を聞かせてもらおうかな。生徒諸君は今日は帰宅してよろしい」
いつの間にか現れた学校長がこの場を収めるべく解散を命じた。
「スージィ。お前もみんなと一緒にアタシん家で待機だ。結果はその時に伝える。チューヤ。お前にも特に話しとく事があるからな? 大人しく待っとけよ」
そう言い残して、シンディは学校長と共に校舎へと戻っていった。
「ねえチューヤ、コレどうするのさ?」
「あン? 知らねえよ。ほっとけほっとけ」
こうしてデヴィッドを放置したまま、四人はシンディの家へと向かった。
△▼△
「……以上が事の顛末です。私個人としては、我欲の為に生徒を利用したデヴィッドを到底許す事は出来ません。また、奴に同調した教官方もです」
事情の説明を終えたシンディが厳しい表情で教員一同、そして最後に学校長を見据えた。
「事情を鑑みても片腕を斬り落とすとは些かやりすぎた。やはり退学は免れん。それに……」
苦渋の表情の学校長が沙汰を言い渡し、途中で言葉を切った。そして大きく一呼吸してから続ける。
「学校としてはそれで済ます事もできるが、デヴィッド教官の家が追い込むであろうな」
そう、貴族の権力で彼等を潰しにくる。学校長はそう警告してきた。
(それでも、アタシが絶対に守ってやるさ)
シンディがそう決意した瞬間、教官室にいた全員が、嫌な汗が止まらなかったという。
△▼△
その頃シンディの自宅で待ってた生徒四人は暇を持て余していた。四人掛けのテーブルを囲み、言葉少なに勝手に入れた紅茶で喉を潤している。
「師匠、遅いね」
マリアンヌがそう零す。確かに事情聴取はあるにしろ、とっくに日は暮れている。帰ってきてもいい頃だろう。
「晩御飯の支度でも、する?」
スージィはこの家は初めてだ。どことなく居心地悪そうにそう語る。
「そだね。やろっか」
意気投合とまではいかなくても、スージィとマリアンヌの間にわだかまりは無いように見える。それはスージィがマリアンヌを強者として認めたからか。
そんな女子達を余所に、チューヤとカールは目を合わせる事なく、無言を貫いている。
そこへ、重苦しい空気から二人を救うかのように、家主の帰還を知らせる物音がした。
「おー、遅くなった。すまねえな! 今すぐ飯の支度すっからよ!」
何やら荷物を抱えながらの帰宅。シンディが遅くなったのは買い物をしていたからだと察した二人は、特に文句をいう事もなく、軽い挨拶だけを返した。
「お疲れッス」
「お帰りなさい」
「おう。ん? なんかイイ匂いがすんじゃねえか?」
台所から漂ってくる香りに鼻をクンクンとひくつかせているシンディに、チューヤが状況を説明した。
「へえ、折角だから待たせてもらおうかねぇ」
そこへスージィが出来上がった料理を運んできた。
「あ! シンディ教官、お帰りなさい! お台所をお借りしていました」
「おう、構わねえよ? いや、すまねえな。手間かけさせちまって」
さらにマリアンヌが配膳の為に台所から出てくる。
「さすがに師匠の味には及ばないと思うんだけど、ボク達頑張ったんだよ!」
「ほうほう、そりゃ楽しみだな。遠慮なく頂こうかねぇ」
テーブルの上に並べられた料理を見て、シンディが目を細めた。
そして四人掛けのテーブルに椅子が四脚。一人分足りない事に気付いた彼女は、魔法発動媒体のタクトを振るい、土系統の魔法で直方体の石を作り出した。腰掛けるのに丁度良い、石の椅子と言ったところか。
「まあ、色々と聞きたい事もあるだろうが、今は飯にありつこうじゃねえか。おお、こりゃあ美味そうだ」
こうして五人は、最後の晩餐を囲むのだった。
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