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一章 魔法戦士養成学校編

シンディはご機嫌ななめ

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 チューヤもカールも魔力欠乏。加えてチューヤの方は極度の肉体疲労。どちらも怪我をしている訳ではなく、必要なのは休養だった為、医務室には二人の付き添いをしているマリアンヌ以外は誰もいない。医務室の主である校医も特にする事はないため不在だ。

 ――ギィ

 木製のドアを軋ませながら、無言で入室してくる者の気配にマリアンヌが目を向けると、そこには不機嫌さを隠そうともしないシンディの姿があった。

「二人はどうだ?」
「……まだ、眠っていま――」

 不機嫌なシンディにビクビクしながらマリアンヌが答えようとしたが。カーテンの奥のベッドから声が聞こえてきた。

「私なら既に起きている。まだ寝ているのはそっちのポンコツだ」
「うるせえよ。俺だってとっくに起きてらぁ!」

 カールとチューヤだ。そこで漸くシンディの表情が緩んだ。

「ふん、元気でいいじゃないか。二人共……いや、マリアンヌもアタシん家に来な。ああ……カールは寮の荷物も纏めて来い」

 先程の教官会議での決定事項がいくつかあったが、その中でシンディの機嫌を損ねた理由の一つ。

 ――カールは魔法戦士養成クラスの生徒ではなくなったのだから、寮に住む資格を剥奪する。

「まあ、そういう訳だからよ。チューヤ。おめえがカールをウチまで案内してきな!」
「なんで俺g――」
「今日の訓練倍にすン――」
「イエス! マム!」

 シンディが訓練内容について口にした途端、チューヤがビシッと敬礼して答える。しかしその額からは汗が滴り落ち、視線は宙を彷徨っていた。

「マリアンヌも家……ああ、チューヤの実家の方な。――に一旦帰って荷物纏めて来い」
「……は!?」
「おら! とっとと行くんだよ!」

 突然の事に呆けているマリアンヌの尻を軽く蹴飛ばすシンディ。
 やっぱりシンディは機嫌が悪かった。

▼△▼

「まあ、みんな入って座れよ」

 仏頂面のチューヤ。無表情のカール。疲れた顔のマリアンヌ。三人がそれぞれの表情でシンディの自宅の玄関前に立っていたところを家主が迎え入れる。

「約束だからな。アタシの手料理を振舞ってやるから座って待ってろ」

 いつもの教官用の白いローブではない、ざっくりとしたニットのセーターにコットンのパンツ姿。そして花柄の可愛らしいエプロン。チューヤだけは見慣れてきたが、他の二人は、余りにも学校とは違う雰囲気に目を白黒させている。

「……味は俺が保証すんぜ」

 そう言ってチューヤがいつも自分が座っている席に腰かける。

「チューヤがそういうなら期待しちゃおうかな」

 シンディとチューヤが同居している事を知っているマリアンヌも、それほど動ずる事なくチューヤの隣の席に着いた。座ったあと、椅子を僅かにチューヤに近付けるのを忘れない。

「……なぜお前達はそんなに通常通りなんだ? それにチューヤ。大体、なぜ貴様が教官の料理の腕を知っている?」

 その中でカールが一人、状況について行けずに立ち尽くしていた。

「なんでって、そりゃおめえ……俺は毎日ここで修行つけてもらってんだよ。住み込みでよ」
「なんだと!?」

 面倒くさそうに答えたチューヤに、驚きで目を丸くしたカールが身を乗り出した。冷静さが人の形をしたようなこの男が、こんな表情を見せるのは非常に珍しい。

(コイツは……教官の中でも最強の使い手と噂されているシンディ教官に毎日修行を付けてもらっているというのか……)

 その話は、カールを途轍もなく焦らせた。今日の演習でも分かったが、脳筋クラスの生徒達は練度が高い。それは明らかに実戦訓練を積んでいるが故の経験値の差。
 ただでさえ開いている差が、チューヤに限って言えばさらに二歩も三歩も先に行っている可能性すらある。それであれば、カールがこの後どう行動するかを決めるまで、さして時間は掛からなかった。
 その時、台所からシンディの声が響いた。

「おーい、お前ら料理を運んでってくれ!」

 その声を聞いて、マリアンヌがトテテテテ……と台所へ小走りで駆けていった。
 そして、テーブルに次々と運ばれてくる料理の数々。大きなボウルに色鮮やかな野菜を盛りつけたサラダ。魚介の旨味が凝縮されていそうな具沢山のスープ。何の肉かは分からないが、分厚い肉がソテーされたものには濃厚そうなソースがかけられている。更には燻製肉をスライスしたものが皿に並べられていた。

「悪ぃな。流石にパンだけはパン屋で買ったモンだが、他は正真正銘アタシの手料理だ。さあ、たんと食いやがれ!」
「オシッ!」

 まずはチューヤが待ちかねたようにパンを手に取り、燻製肉とサラダを挟んで齧り付く。次いでスープを胃袋に流し込む。見ていて気持ちのよい食いっぷりだ。それをシンディが優しい視線で見守っている。
 また、カールも初めのうちはチューヤの食べ方に顔を顰めていたが、シンディの料理の味にそんな事はどうでもよくなってきたのか、黙々と、しかし貴族らしく上品に口に運んでいた。
 マリアンヌは小動物のようにはむはむと食べている。その表情はとろけそうだった。よほどシンディの料理が美味しいのだろう。
 シンディも、自分の料理がみるみるうちに減っていくのは見ていて気分がいいのだろう、学校では見せた事のないような優しい表情を崩さない。
 食事自体は和やかな雰囲気で進み、テーブルに並んだ料理は平らげられ、四人は食後の紅茶を喫している。

 ――カチャ……

 シンディが紅茶を飲み干し、ソーサーの上にカップを戻す。その表情は先程までと打って変わって神妙なものになっていた。

「あー、お前らに割とガチな話がある。一か月後、エリートクラスの教員相手に模擬戦やってもうらう事になっちまってな」
「「「――!!」」」

 その言葉に、チューヤ達三人は無言で立ち上がった。そんな反応も無理もないだろうとシンディは思う。生徒同士ではなく、相手は教員なのだから。

「まあ、そういう訳で、カールにマリアンヌ。お前らも一か月間ここに住み込みでチューヤと同じく特訓してもらうから」

 そう言い放ったシンディの顔は実に苦々しいものだった。彼女の機嫌の悪さが、その一か月後の模擬戦にある事は明らかだろう。
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